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駅前に何もつくらないことが見識(2024-12-18)

駒場東大前駅西口の国家公務員住宅跡地の再開発について、住民アンケートが集約され、目黒区を通して関東財務局に伝えることになるようです。どのような意見が出ているのかはわかりませんが、何もつくらない、という要望もあるのではないでしょうか。

暴論ではありません。目黒区の姉妹都市である金沢市で実施されたことです。1990年から2010年までの5期20年の期間金沢市長をされた山出保氏の著書『金沢を歩く』(岩波新書)にそのことが紹介されています。

 石川県の県庁舎が金沢城の南側にありました。築後約80年が経過していたのですが、当時の石川県知事が1993年に駅西地区への移転を表明します。その跡地については、「跡地の扱いは急がないほうがいい知恵が出る」(知事、市長)、「兼六園文化ゾーンとして考えよう」(知事)、「跡地利用のコンセプトは緑と歴史と国際性だ」(市長)といった意見で県知事と市長は一致していたそうです。

その後2002年にNHK金沢放送局から当該県庁跡地への移転要望があったのですが、アンテナの移設を含むことから、否定されました。このこととは別に、跡地利用についての議論は、県、市、学識経験者によって検討され、議会での議論も続いていたそうです。県からは「未来型図書館を核とした多機能複合施設の整備案」も示されたのですが、森喜朗元総理から「跡地はセントラルパークであるべき」との提起があって次第に県議会での議論も収斂されていったとのことです。

「いま「何もつくらないことの贅沢」が、ここにあります。思えば思えば加賀藩の歴代藩主は、城とその周辺に豊な緑をつくり、育て、守ってきたのです。(中略)戦後日本の都市が、土地をコンクリートで固めたことが、重大な災害を招く原因にもなっていることを忘れてはなりません」と、しめくくられています。

 以上は金沢市でのことなのですが、金沢城主であった加賀前田家がその江戸上屋敷の文京区本郷からこの駒場の地に、貴重な文化財の保存場所と邸宅を構えたのは1930年のことでした。目黒区立駒場公園・重要文化財旧前田家本邸への入口、それだけではなく、東京大学という日本を代表する大学・研究機関の入口となる駒場東大前駅の前にある国有地を、そこで期待できる収益をベースに利用方を決めてよいものなのか。「何もつくらないことこそ見識」(山出保元金沢市長)という見方ができるかどうかが、関係者に問われているような気がします。

 

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