大坂なおみと柳美里のオリンピック(2021-7-28)
日本選手のメダル獲得にしか興味のないようなオリンピック報道であるが、海外のニュースサイトをみると、重量挙げのフィリピン代表が五輪史上フィリピン初の金メダル獲得、水泳のチュニジア代表が予想外で金メダル獲得、難民オリンピックチームの選手、などのさまざまな世界のアスリートに注目するニュースが公開されている。大坂なおみ選手は、開会式で聖火台に点火して大会の顔のような扱いになり、テニスの3回戦で敗退したことも世界のニュースになる。
その大坂なおみは日本人とはいえ、日本のメディアにとっては扱いが難しい選手なのではないか。インタビューをすれば通訳が必要になるだろうし、自ら黒人との立場を表明し、日本語が自由でないのでは、日本のテレビ視聴者は仲間意識を持ちにくいだろうから。なので、敗退してテレビ局は密かにほっとしているのかもしれない。世界的なスーパースターへのインタビューを日本メディアがどうするのか、悩ましかったのではないかと思う。
オリンピック開会式の翌日となる、7月24日から26日まで、福島県南相馬市で、「相馬野馬追」が無観客で開催された。相馬氏の祖といわれる平将門が関東で行ったという軍事演習を模した行事で、千年の伝統があるとされる。コロナがなければ、五輪関連イベントとされたかどうかは知らないが、約400騎の騎馬武者が甲冑をまとい、太刀を帯し、先祖伝来の旗指物を風になびかせながらの威風堂々にして豪華絢爛な時代絵巻を繰り広げる、というものなのである。外国人報道陣に紹介されれば、オリンピック関連ニュースとして世界に発信されていたことあろう。
その南相馬市に在住する作家の柳美里は、日本で生まれ育っているが国籍は韓国。それでもアイデンティティは韓国でもないし、日本でもないという。日本という国家から自由であるための韓国籍なのかも知れない。世界中にコミュニティをもつユダヤ人。分離独立の動きがやまないスコットランドやカタロニアなど、アイデンティティを国に持たない人たちは世界には多い。日本でも明治維新までは、人々は藩や「クニ」、「ムラ」に属していて、日本国民という意識はなかった。
柳美里は、2011年4月から福島の原発周辺地域に通いはじめ、2017年7月から南相馬市に自宅を持ち、そこで地域に密着したブックカフェを開設している。全米図書賞の受賞などを通じて震災と原発事故の被災地に海外を意識させる活動をしていることが評価されたようで、今年の5月に福島民友新聞社の第31回みんゆう県民大賞ふるさと創生賞を受賞した。オリンピックは南相馬の人たちとテレビで見ているのだろうか。
「多くの人々が、希望のレンズを通して六年後の東京オリンピックを見ているからこそ、わたしはそのレンズではピントが合わないものを見てしまいます。「感動」や「熱狂」の後先を・・・・」(柳美里『JR上野駅公園口』あとがき)
「感動」や「熱狂」は今、テレビの中にしかない。コロナ禍でその希望のレンズが壊れてしまい見えてきているものは何だろうか。マスメディアが作る国のイメージから自由な、自分の目で見える身の回りの世界への関心が高まる。身の回りとは必ずしも日本国内というわけではない。インターネットでつながる世界に国境はないのだから。