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終活を考える場所 (18-8-29)

毎月開催している高齢社会勉強会、今月は昨日28日がその日だった。準備したテーマは「終活」といわれるものにどんなことがあるかということであった。
その会に参加したメンバーの一人が、朝日新聞の天声人語のコピーを配布した。8月28日付のコラムで、矢部太郎著『大家さんと僕』の書評なのであるが、おあつらえむきに、会の話題そのものの内容となっていたのである。

その最後の2節を転記する。▼厚生労働省の調査によると、死の間際に望む医療についてだれかと話し合った人は4割に満たない。自らの死を大っぴらに語ることへのためらいが、私たちにはなお根強いようだ▼作品から感じるのは、肩ひじの張らない終活もあるということ。訪ねたい場所、片づけたい品々――。胸の奥にある望みを、信じて話せる相手がいれば、人生の幕は意外と滑らかに閉じられる。そんな気がした。

「自らの死を大っぴらに語ることへのためらい」「胸の奥にある望みを、信じて話せる相手」ということだけでも大きなテーマになる。繰り返し話し合うことのできる場が必要だろう。
相手がいないと、人生の幕は滑らかに閉じることは難しい、ということにならないように。

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