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2018年6月

消防団の将来(2018-6-22)

消防庁のホームページによると、八代将軍吉宗が、江戸南町奉行の大岡越前守に命じ、町火消「いろは四八組」を設置させたことが今日の消防団の前身といわれているらしい。
同じ画面には、昭和4~5年から、軍部の指導により、民間防空団体として防護団が各地に結成されたとの記載もある。そして警防団として昭和14年4月1日に全国一斉に発足し、昭和22年に警防団が解消され「消防団」が組織されたと書かれている。

目黒消防団も昭和22年に創設されたもので70年もの歴史を有することになる。その前身となるのが目黒警防団なのであるが、それを全国に先駆けて組織化したのは、そのころ陸軍参謀本部に勤務していた前田利為侯爵であったと、その伝記には書かれている。

駒場と東山地区の目黒消防団第一分団は前田侯爵邸のお膝元。警防団8年、消防団70年の歴史の中には数多くのエピソードがあるのだろう。

そして21世紀の現代、人口構成は全く変わり、地域内で仕事をする人も減った。消防団の担い手となる可能性のある人の数が絶対的に減っている。とはいえ、消防団に期待される役割に変わりはないだろう。では、どうすればよいのか。

消防団はポンプ操法大会に向けての夜間の訓練(写真)で、出動時に備えている。消防士とは違い、正規の雇用関係にはない消防団員で半公務員の身分。少子高齢化、人口減少時代になってその数を維持できるのかどうか。

AIなど最新の技術を使って何ができるのかであるが、消火には今のところ放水しかなさそうな中で、それを東京という地域の特性により70年前からの体制を維持するしかないのかなど気になるところ。消防団の活動にはもっと幅広い関心がもたれてよい。


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大橋病院の移転(2018-6-18)

東邦大学医療センター大橋病院が6月20日から新病院棟での診療を開始する。旧病院棟での診療は6月15日に終了し、救急外来の対応も20日からの新病院棟でということになる。入院患者は16日に移動していて、面会は午後3時から、移動した新病室を訪ねることができる。

病床数は319床となり、これまでより70%程度減らされている反面、個室の数は希望が多いとのことで増えている。入院日数を減らしていることや、在宅医療の推進ということもあろうが、医師や看護師が足りないという事情があるのかもしれない。

少子高齢社会というのは、患者が増えて、医療職が減るということをも意味する。医療職が増えることを考えるのは現実的ではないだろうから、まず患者が増えないように医療関係者は努力しているようである。禁煙の推奨もそのひとつ。

病院が立派になってよかった、是非世話になりたい、といっても、救急車だと病院を選べないことは知っておきたいことである。

いずれにせよ、行かずに済むことが最善なのであろうが。

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駒場の重要文化財-4(2018-6-5)

文化財は観光の対象ともなるが、その文化的価値を伝えることができてこそ、文化財としての意味がある。一方で、観光の対象としての評価が乏しいと、文化的価値に目をつけてもらえない。重要文化財旧前田家本邸は、東京大学の2つのキャンパスに囲まれた閑静な住宅地の中にあり、駅からも離れているので気づかれにくいということもあるだろう。

そして、旧前田家本邸ということで、何かの意味を感じてもらえるのか。たとえば、吉良上野介屋敷跡というと、いかにも観光資源といえるのであろうが、旧前田家本邸が加賀百万石の殿様の子孫の邸宅、ということだけで訪れてみたいと思うものだろうか。

使用人の数が136人もあったという昭和初期の侯爵家の邸宅であること。それを構想した前田利為侯爵の人物像と、現在にその技を残した建築家や職人たちの作品を見ることに価値があるといえるのだろう。
特に、前田利為侯爵の昭和史における位置づけを知ることで、戦時における政府首脳の意思決定の過程が見えてくるようでもあり、そこに他にはない魅力を感ずる。

目黒区立の公園にある国の重要文化財は、これまで忌避していたかもしれない時代の空気に改めて触れ、そして深く考える場になってほしい。

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