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土人と自称した目黒の人(2017-4-7)

現在、土人という言葉は差別用語とされている。しかし、昔の文献を読んでいて、明治時代には土地の人という意味で使われていることを知っていた。明治44年に刊行された『東京名所図會』で、その土地の人のことを土人と記していることからだった。差別用語とされる土人という言葉は、東京の中心から少し離れた目黒区あたりの人に対しても明治時代には使われていたんだな、という認識であった。

ところがである。昭和10年に刊行された『目黒区大観』の序文の中に次の文を見つけた。
「私は慶應2年に目黒-その当時は上目黒村と呼んだ-に生まれた土人の一人であるが、その為めに他の誰よりも愛郷心が強いとは申さない」というものなのだ。土人の一人と自称する人は、議員、目黒町長を経験した目黒区大観刊行會の会長である。公的なものであるから、自分を卑下して土人と呼べるはずもない。

この時期、日本は海外に進出し、現地の人を土人と呼んでいた。他に適切な言葉がなかったからであろう。それからわずか20年後の昭和30年ごろには、土人ということばは未開地の人たち、特に黒人の人たちを呼ぶのに使っていたようである。そして差別語になったのはいつごろのことなのか。なぜ差別語とされるようになったかも含め興味深い。

言語学を勉強している学生なら、「土人」の使用例を調べ、差別語になるまでの経緯をまとめると論文になるだろう。

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