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2016年1月

「介護離職ゼロ」という目標(2016-1-24)

現在開会中の国会で、22日に行われた総理大臣施政方針演説の項目は以下のとおりであった。

一 はじめに
(未来へ挑戦する国会)(世界経済の新しい成長軌道への挑戦)
二 地方創生への挑戦
(TPPは大きなチャンス)(農政新時代)(中小・小規模事業者、中堅企業の海外展開)
(被災地の復興)(地方の創意工夫)(観光立国)
三 一億総活躍への挑戦
(多様な働き方改革)(介護離職ゼロ)(希望出生率一・八)(アベノミクスの果実)
(GDP六百兆円)
四 より良い世界への挑戦
(地球儀を俯瞰する外交)(希望の同盟)(積極的平和主義)(世界の中心で輝く日本)
五 おわりに

http://www.kantei.go.jp/jp/97_abe/statement2/20160122siseihousin.html

それぞれの内容について批判はあるだろうし、そのための国会である。いずれにしても、具体的な課題としては、上記の二~四が政権の意思であり、それにより行政が動き、予算がつけられることになる。

その中で、介護離職ゼロということについては、WEBでチェックした限り、NHKや各新聞での記事としての紹介が見られない。昨年来、言われていることからだろうか。以下が演説での文言である。

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 「介護離職ゼロ」という明確な目標を掲げ、現役世代の「安心」も確保する社会保障制度へと改革を進めてまいります。

 在宅介護の負担を軽減します。特別養護老人ホームやサービス付き高齢者住宅など多様な介護の受け皿を、二〇二〇年代初頭までに五十万人分整備します。介護施設には、首都圏などの国有地を安く提供いたします。

 介護福祉士を志す学生には、返還を免除する奨学金制度を充実します。一旦仕事を離れた人が復職する場合には再就職の準備金を支給します。あらゆる施策を総動員し、今後二十五万人の介護人材を確保してまいります。
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これに対して想定される質問としていくつかのことが思い浮かぶ。

○介護施設作ると運営費用は自治体の負担となるが、国としての配慮はあるのか。
○介護離職以前に介護士離職の多い現実をどう見ているか。今後二十五万人の介護人材を確保というが、そのロードマップを問いたい。
○介護職として外国人を活用することについての見解を問う。
○介護に関わる技術やシステムの開発により期待できることと、その推進に向けての方針を問う。

現在介護保険の対象となる高齢者の人口は3384万人。総人口に占める割合は26.7%となっている。そのうち80歳以上が1000万人を超えた。高齢者が安心して暮らせる社会が、若い世代の犠牲の上に成り立つようなこともあってはならない。

今国会は、残念ながらまた政治とカネの議論に終始しそうである。政策より政争の方が議員もメディアも分かりやすくて好むのは仕方のないことか。

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「在宅ひとり死」を選べる環境を(2016-1-17)

ベストセラーとなった『おひとりさまの老後』から8年、在宅ひとり死への道筋を示す本が出た。『おひとりさまの最後』という刺激的なタイトルでの上野千鶴子さんの最新書である。

医療・福祉の現状についての社会学者ならではの分析を背景としながらも、国としてどうすべきかということではなく、ひとりひとりがどう考えるべきか、という提言の書。

「政府の医療・福祉改革の動機は、あげて医療・福祉コストの抑制にあります。が、不純な動機と高齢者の幸福がたまたま一致していたらそれでよしとしましょう。・・・死ぬのは病院でという常識が崩れてみれば、死ぬ間際になってからよろこんで病院や施設に行きたいお年寄りはあまりいないことでしょう。」

そこから、施設ではなく在宅で、しかも家族に頼ることなく生涯を終えるために必要なことが何かをいくつかの事例を紹介しながら示している。

調査から浮かび上がった在宅死の条件は、(1)本人の強い意思、(2)介護力のある同居家族の存在、(3)利用可能な地域医療・看護・介護資源、(4)あとちょっとのおカネ。その中から、(2)介護力のある同居家族の存在、を引き算できるか、ということが検討される。

著者自身が居住するマンションで、管理組合主催の「○○マンションでひとりで家で死ねますか?」という居住者対象のシンポジウムを開催し、自らの「在宅ひとり死」に向けてインフラを整備中という。

在宅で家族に頼らない医療・介護サービスをどのように整備したらよいのか。自分の居住地に即して考えなくてはならない。

そんな勉強会を駒場地区で開催するよう現在準備しているのである。

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介護離職ゼロという目標と人間の死(15-1-8)

介護離職ゼロという目標を政府は掲げるが、それが理想であり、必要であることに誰も異論はあるまい。しかし、それに対する具体案が、特養の追加整備ということとなると疑問が多い。

まず、既存の特養での介護職の求人難ということがある。既に介護職が足りない。介護施設があっても介護職がいなければ何の意味もない。介護離職ゼロの前に介護職離職ゼロを、という目標がなければならないことは明らかなのだ。更に、当然のこととして、予算背景、介護保険での負担能力が問われることになる。

検討すべきこと、知っておきたいことはやまほどある。自分には関係のないことといえる人はいない。

そもそも、介護離職という問題が起こるのは、介護を必要とする人がいるからである。まず介護を必要とする人を減らすように、というのが介護予防。取り組みが進んでいるようだが、効果はどうなのか。予防できることとできないことがある。

要介護の原因となるのは、骨折、脳梗塞、認知症などさまざま。それぞれについて必要な介護の内容とは何かということを知らなくてはならない。そして、それを誰が担うのか、という課題にぶつかる。

そこで家族が介護する立場になり、外での仕事ができなくなって離職せざるを得なくなる、という流れ。それを避けるためには介護サービスが必要ということになるわけだが、これから増えるばかりと予測できる要介護者をどうするのか。介護職不足を海外からの移民で補うのか。

一方で何が何でも長生きしてほしい、という価値観も問われるようになってきた。延命の社会的コストを公的に論ずることはタブーのようであるが、なぜタブーなのか、ということも気になる。

そんな中で、1月5日、宝島社が読売、朝日、毎日で見開き全紙面ぶち抜き広告を打った。写真のモデルは樹木希林さんで、制作は電通。

「死ぬときぐらい好きにさせてよ」がそのタイトルで、以下のコピーが続く。

人は必ず死ぬというのに、
長生きを叶える技術ばかりが進化して、
なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。
死を疎むことなく、死を焦ることもなく。
ひとつひとつの欲を手放して、
身じまいをしていきたいと思うのです。
人は死ねば宇宙の塵芥。せめて美しくかがやく塵になりたい。
それが私の最後の欲なのです。

なぜ宝島社がこんな広告を打ったのかはわからないが、こんなことを考えさせる本が今年売れることは確かだろう。

自分はどのような形で死んでいくのが理想なのか。そんなことを話し合える勉強会を開催したいと考えている。

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