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介護離職ゼロという目標と人間の死(15-1-8)

介護離職ゼロという目標を政府は掲げるが、それが理想であり、必要であることに誰も異論はあるまい。しかし、それに対する具体案が、特養の追加整備ということとなると疑問が多い。

まず、既存の特養での介護職の求人難ということがある。既に介護職が足りない。介護施設があっても介護職がいなければ何の意味もない。介護離職ゼロの前に介護職離職ゼロを、という目標がなければならないことは明らかなのだ。更に、当然のこととして、予算背景、介護保険での負担能力が問われることになる。

検討すべきこと、知っておきたいことはやまほどある。自分には関係のないことといえる人はいない。

そもそも、介護離職という問題が起こるのは、介護を必要とする人がいるからである。まず介護を必要とする人を減らすように、というのが介護予防。取り組みが進んでいるようだが、効果はどうなのか。予防できることとできないことがある。

要介護の原因となるのは、骨折、脳梗塞、認知症などさまざま。それぞれについて必要な介護の内容とは何かということを知らなくてはならない。そして、それを誰が担うのか、という課題にぶつかる。

そこで家族が介護する立場になり、外での仕事ができなくなって離職せざるを得なくなる、という流れ。それを避けるためには介護サービスが必要ということになるわけだが、これから増えるばかりと予測できる要介護者をどうするのか。介護職不足を海外からの移民で補うのか。

一方で何が何でも長生きしてほしい、という価値観も問われるようになってきた。延命の社会的コストを公的に論ずることはタブーのようであるが、なぜタブーなのか、ということも気になる。

そんな中で、1月5日、宝島社が読売、朝日、毎日で見開き全紙面ぶち抜き広告を打った。写真のモデルは樹木希林さんで、制作は電通。

「死ぬときぐらい好きにさせてよ」がそのタイトルで、以下のコピーが続く。

人は必ず死ぬというのに、
長生きを叶える技術ばかりが進化して、
なんとまあ死ににくい時代になったことでしょう。
死を疎むことなく、死を焦ることもなく。
ひとつひとつの欲を手放して、
身じまいをしていきたいと思うのです。
人は死ねば宇宙の塵芥。せめて美しくかがやく塵になりたい。
それが私の最後の欲なのです。

なぜ宝島社がこんな広告を打ったのかはわからないが、こんなことを考えさせる本が今年売れることは確かだろう。

自分はどのような形で死んでいくのが理想なのか。そんなことを話し合える勉強会を開催したいと考えている。

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