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書評『ダンテの遺言』(14-12-28)

先月30日に発売された小説『ダンテの遺言』。作者は谷川悠里さんで、その紹介は、1981年東京生まれ、イタリア・ボローニャ在住、ボローニャ大学文哲学部を卒業、ミラノ大学大学院人文学科修了、1999年年度の司馬遼太郎フェローシップを受賞とあるだけ。これが書おろしデビュー作とされる。
司馬遼太郎フェローシップは第3回のもので、「日伊の歴史教科書比較-特に“別国期”について-」が受賞対象。18歳の時という計算になるが、それからこの作品を発表するまでイタリアでの研究生活が主であったことは確かとしても、どのような活動をしていたのかは分からない。

物語は完全なフィクションとあるが、登場人物は歴史上の有名人に関わる人たちで構成されている。有名人というのはガリレオ・ガリレイ、アントニオ・モランディ、オーギュスト・ロダンという大物たち。それにダンテ・アリギエリの『神曲』が引用される。

物語はダンテの『神曲』と、その世界を彫刻で表現したロダンの『地獄の門』をめぐる歴史の闇に光を当てようとするものである。だから『神曲』を読んでいることと、歴史的事実としての、異端審問、禁書目録についての知識がどこまであるかが本書の理解には必要なのだろう。どこまでが史実かが分かるかどうかで、面白さも違うはず。

イタリア人であれば、誰もが『神曲』を読み、関連する歴史的事実にも親しんでいるのだろうから、本書はイタリア語に翻訳されてこそより適切な評価がなされよう。無論日本人であっても、そのあたりの知識を持ち合わせている人に評価を委ねるべきではあろうが、私のようなこの分野に無縁の立場からでも読む価値が十分にあるというのが率直な読後感である。

ロダンのパトロンは異端者の排除についてこう語る。「川の流れはいつも同じ方向を向いている。世間というものは、不思議です。深く考えず、どんな方向へも皆で仲良く手を繋いで泳いでいくことが良しとされる。それがときに秩序と見なされる」。そして「その偽りの代償を払うのは、他でもない、われわれの子供たちになるのですよ」と。
それが、異端者を残酷な方法で処刑した時代の底流にあるものが現在にも引き継がれていることをほのめかす一方、最後に近いところでは火刑となった異端者の子孫は、その埋もれた歴史を掘り起こそうとしている努力に対して冷ややかな言葉を投げかける。
「オルタ家の方々は、高尚な研究をされ、正しく評価され、いつも整備された美しい道路を走っていらっしゃる。わたしたちは泥飛沫をあげて畦道を迂回して迷った挙句、信号はいつまでたっても赤のまま。その上を静かな高速道路を滑るように走り、哲学しながら、クラシック音楽をお聴きになっている。お仕事に打ち込んでいるあいだ、日常生活の雑事はどなたかがやってくださるのでしょう」というのは、この作品のテーマ自体についての自嘲的なユーモアとも受け取れる。

17世紀のガリレオ・ガリレイの異端審問からはじまり、現代の日本が結末の舞台はというスケールの大きさは、マンガやアニメの世界に近いものがある。難しいこと抜きで一気に読み通せる作品といってもよい。

ちなみに、今年の11月30日発売の新刊書であるにもかかわらず、世田谷区の図書館で予約数15件、目黒区の図書館では5件の予約が入っていた。

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