« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »

2014年5月

好齢ビジネス(14-5-28)

高齢ではなく好齢。「齢をとるっていいねとみんなに思われる年寄り」と、歳が高い高齢ではなく、好い歳という意味で好齢としたそうである。命名者は堀池喜一郎さん。シニアの地域参加を推進しはじめて14年、2012年には「好齢ビジネスパートナーズ」を設立した現在73歳の好齢者である。
高齢化社会は大変だ、そのための負担が増えるから増税だ、ということで高齢者のイメージはネガティブになりがちである。そんなイメージは跳ね返した方がいい。そのための場づくりが期待されているが、その推進者はやはりその世代の方でないとむずかしい。
高齢者というと介護の問題が出てくる。介護施設が足りない、介護士が足りないという話になる。しかし介護の課題にはもっとさまざまな解決方法が考えられてよい。
例えば、母親の自宅介護ということで、車いす、介護用ベッド、浴槽用入浴リフトを自作し、97歳で見とったという人がいる。大した苦もなく介護ができたそうなのである。
また、100歳(女)・85歳(男)・80歳(女)・77歳(女)が1軒の家に暮らしているという縁者がいる。グループホームかと言われるらしい。介護保険はもちろん、医療保険のお世話にもほとんどなっていないとか。
そんなのは例外だといわれそうである。しかしビジネスの社会では成功事例ばかりが紹介される。高齢化社会でも目指すべき事例がもっと紹介されてよい。立派な老人ホームへの入所が高齢者の理想ではないはずである。また、公的支援が必要としても、それを必要としない人が多くなることが望ましいことに異論はあるまい。
そのためにも好齢ビジネスの進展に期待するだけでなく、何らかの形で参加してみたいものである。その一歩は、さまざまなボランティア活動や町会活動なのではないだろうか。

| | コメント (0)
|

駒場のフリーマーケット(14-5-25)

25日、駒場東大前商店街で年に1度のフリーマーケットが開催された。商店街といっても会場にあたる100メートル足らずの通りにある物販店は、古くからある時計屋、パン屋、電気屋と、最近できた食品スーパーのマイバスケットだけ。しかも、マイバスケットの他は日曜で休みという中でのイベントである。人通りのいつも少ない日曜日だから来場者の少ないのは織り込み済み。特徴といえるものがないのも、商店の業種が限られているからだろうが、元気のいいのは焼き鳥と焼きそばを販売する東大の駒場祭委員会の学生たちであった。赤い法被姿が目立つ。商店会の会員ではないが、商店会のイベントには今や欠かせない存在となっているようだ。
駒場のフリーマーケットということでは、秋のこまばの祭りの規模が大きい。とはいえ、いずれにしてもあまり新鮮味はなく、店を出す楽しさを味わうものなのだろう。

そんな中で目立ったのが洗濯板。電気洗濯機が使われるようになるまでは洗濯に必ず使われていて、どこに家にもあった。今では使われなくなって珍しいだけに、口上をつけておもしろく売れば買い手がつくものかもしれない。洗濯板という言葉は、かつてセクハラ的な表現にも使われていた。

これからの駒場のフリーマーケットに期待しよう。

何かに使えそうな洗濯板
140525_4

赤いハッピ姿が東大生の助っ人
140525_3

雰囲気を盛り上げていたファッション業界の経営者とプロデューサー
140525_1


| | コメント (0)
|

IT革命の現在(14-5-22)

IT革命が流行語大賞をとったのは2000年。その年にはコンピューターの2000年問題という大騒ぎがあって社会問題ともなった。それから14年たった今、産業革命が一挙に進んだわけではないように、「革命」のあったことを余り気にすることなく生活はできているのではないか。特に行政は「革命」により不利益を被ることがないように最大の配慮をしているというべきだろう。

では、IT革命とは具体的にどういうことだったのか。

IT革命により変わったこととして、世界中無料電話が映像付きでできるようになっている一方、国内の固定電話が割高になっていることや電話での通話の機会が減っていることもあるだろう。手紙やハガキのやりとりが減っていることはいうまでもない。携帯電話の普及や電話だけでない多くの機能を持つようになっていることも、2000年時点と比べると革命的といえそうである。

さらに、インターネットで買い物ができる、金融取引ができる、といったことでも、必ずしも本質的なことではなかろう。もちろん、そのことにより、仕事の進め方が変わり、仕事内容も変わってはいるのだろうが、世の中を新聞やテレビで見ている限りは、30年前とどこが変わったのかが見えにくいのではないか。

人類史上での「革命」といえるのは、世界中のテキスト、映像、写真、音声の情報に誰もが無料でアクセスでき、共有できるところにある。もちろん言葉の壁というのがあるけれども、それもたとえば、日本語版の海外ニュースサイトに見られるような形で超えられている。音楽演奏やドキュメンタリー映像も、年代や国境を意識することなく閲覧できるわけで、テレビ番組との視聴時間の奪い合いとなる。

紙の新聞やテレビの事業としての将来を見ることが難しい中、その広告媒体としての価値が問われるようになり、情報ビジネスが大きく変わることは予測できる。

また、IT革命のグローバルな側面は理解されやすいが、対象が小さすぎて採算がとれなかった地域情報が、ハイパーローカルメディアという言葉はあるもののまだ成功事例に乏しいため、これからの分野としてある。IT革命の核心は、地域社会がその中と同時に世界ともインターネットでつながることにあるといえないだろうか。

5月24日追記

IT革命の現場で活躍されている松本徹三さんが今日のツイッターでこんなことを書いていた。

「私が期待しているIT革命の効用は
1)生産性の向上(生活必需品のコスト低減と労働者の余暇の拡大)
2)精神生活の質の向上(無制限な物質的欲求の拡大の抑制)
3)民主主義体制の成熟(Informed Consensus形成の促進)
の三点です。
これは先進国でも途上国でも同じ事」と。

革命はこれからはじまるということだろう。

| | コメント (0)
|

駒場バラ園の駒場(14-5-19)

駒場のバラが花盛りである。駒場公園、駒場野公園の目黒区の公園と、東京大学駒場キャンパス正門横のバラ花壇の世話をしているのは駒場バラ会。しかし、駒場バラ会の名前だと東大駒場キャンパスのバラ会と誤解されることもある。そういえば、駒場という名称も東大の本郷と駒場ということで、駒場キャンパスのことと思われる。駒場町会などの地域社会の存在は、駒場キャンパスの知名度と比べるとないに等しいものなのかもしれない。
しかし、駒場のバラは駒場バラ園があってのことなのである。1911年に東京帝国大学農科大学の敷地のすぐ横、井の頭線の線路のない時期に現在の地に駒場バラ園は誕生した。少なくともバラ愛好家にとっては、駒場とは駒場バラ園のことであったという。
そんな駒場バラ園も2006年にその土地の多くが宅地化され、現在は住宅の隙間に鉢を並べるようになっている。100年以上の歴史を誇るバラ苗販売業者なのに、そうと知る人は地元ですら珍しい。駒場バラ会とはそんな駒場バラ園の記憶を地域に刻むために設立されたものである。
駒場バラ園の開園から2年後に生まれた「日本のバラの父」鈴木省三は「オペラ座とバラの博物館がない国は文化国家とはいえない」というのが生前の口癖だったとか。東大駒場キャンパスにあるのは「大学院総合文化研究科・教養学部」。東大駒場キャンパスを含む駒場のバラは、文化国家の象徴になる可能性を秘めている。

駒場バラ園
C140519_1

駒場バラの小径の銘板
140519_2

バラの小径から正門方向を見る
140519_3

梅林の手前にもバラが
140519_4


| | コメント (1)
|

世界のニュースが見える画面(14-5-14)

20年ほど前までは、いうまでもなくインターネットがなく、また日本語で海外メディアが発信するということは短波放送などで極めて限られていた。それがインターネットの普及により、海外のニュースがテキスト・音声・映像により日本語で提供されるようになっているのである。しかも日本に対する広報活動ということではなく、報道機関のオリジナルのニュースを翻訳する形で出しているから、それぞれの国でどのような報道がされているかをうかがい知ることも可能だ。

試しにそんなサイトを並べた画面を作ってみた。これだけのぞいてみても、それぞれのサイトが充実していて読みごたえ、見ごたえがたっぷりある。映像も多いから世界が身近にも感じられるのである。日本のテレビで見るニュースよりエキサイティングといってもよい。特に韓国や中国のニュースは、日本での報道と違い、それぞれの自国政府を厳しく批判するものが少なくないのは意外ですらある。

日本のニュース・論説も、新聞・テレビによるものより多面的であり、またその絶対量も多い。好きな時に知りたいことを簡単に過去に遡って探すことができるのは、新聞・テレビに頼っていた時代からすると夢のようなことではないだろうか。

「渋谷WEST」は狭い地域のメディアを目指しているが、同時に世界を意識していたいものでもある。Bunkamuraと東大駒場キャンパスを結ぶこのエリアは、行政区域から自由に世界とつながっているともいえるのであるから。
http://www.shibuya-west.com/3_news.html

| | コメント (0)
|

駒場キャンパスで中国の課題を伝える映画と講演(14-5-10)

1989年6月4日に北京で起きた事件から25年目の春。中国で非公開の会合を持っただけで今月拘束された人たちがいる。日本でその人たちとつながりのある大学の研究者の人たちにより「 徐友漁氏らに対する拘留にあたっての憂慮と希望」いう声明文が5月9日付けで出された。宛先は「良識ある中国の皆様へ」としている。
その声明文が配られたのは、東大駒場キャンパス内に新しくできた校舎内。アメリカやフランスで活動する中国人知識人を取材した映画『亡命』のダイジェスト版を、その映画の監督である翰光氏の解説で見た後、大学教授になるはずだったがその事件のためになれなくなったという栄剣氏の講演があった。大学のホームページに一般の人を対象とするイベントとしての案内があっただけで、キャンパス内に告知はなく、定員200人の会場に学生を中心とする100人程度の参加者であった。
会場にはNHKのテレビカメラが入っていたが、今朝「天安門事件」で検索したところ、終了後まもなく、NHKニュースで流されたことを知った。 ニュース映像には中国人留学生のインタビューがあり「天安門事件をはじめて知った」とのコメントも。
栄剣氏の講演は中国の国内の諸矛盾を上げるとともに、日本の良い点、悪い点にも触れたが、時間がなくて準備した原稿すべてを紹介することができなかったようであった。しかもそれは中国では公開できない内容だという。
日本の良いところはエリートが迫害されていないこと。そして悪いところはエリートが独立していないこととも。故国に帰ることが許されない中国の知識人が、日本にも少なくなからず滞在しているのだろう。政治から自由な立場であるべき大学が、そういう人たちとの交流の場となってほしいし東大、駒場キャンパスはそれにふさわしいといえるだろう。

| | コメント (0)
|

建設中のマンション(14-5-9)

国道246号線に面した青葉台4丁目では、来年の完成予定の14階建と17階建の2棟のマンションの工事が行われている。これから人口が減るというのにマンションの建設が活発なようにも見えるが、平成11年度からの東京都での着工戸数を見ると、ピークが平成15年度で77,674戸。リーマン・ショックの翌年平成21年度には18,761戸にまで落ち込み、その後回復したものの、25年度は前年比ではマイナス8.7%の41,216戸であった。現時点では着工済の超高層のタワーマンションが目立つとはいえ、これからの着工戸数は東京オリンピック関連工事の影響もあって、その数が伸びるとは考えにくいようである。
今年度の新規着工がこの近所であるのかどうか、注意してみよう。

140509_1


140509_2


| | コメント (0)
|

モスクのある街(14-5-2)

モスクあるとそこにはバザールがあるはず。門前町ということで、参詣者を対象とする店が並ぶのは世界中で見られる光景だろう。しかし、東京で最大のモスク、代々木上原駅そばにある東京ジャーミーは、門前町をなす状態とはほど遠い高級住宅地にある。
現在の建物はトルコ共和国が所有しトルコ共和国内からの募金で2000年に竣工したものであるが、もともとはロシア革命によってソ連から日本に亡命してきたトルコ系の人たちが日本の支援を得て始めたものである。
日本在住のイスラム教国の人では、現在、インドネシア、マレーシア、パキスタン、バングラデシュからの人たちが多く、トルコの人はインドネシアの10分の1ほど。イスラム教徒にとっての国に対する意識がどんなものかは知らないが、国や民族の壁を超えて東京ジャーミーに集まっているのだろう。
イスラムというと、ともするとテロリストかオイルマネーを連想させられそうなご時世。迫害を受けて日本に逃れてきたイスラムの人たちを受け入れた先人たちの度量を見直したい。

http://www.tokyocamii.org/publicViews/home/lang:jp

140501_1


140501_2


C140501_3


| | コメント (0)
|

« 2014年4月 | トップページ | 2014年6月 »