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2013年12月

渋谷WESTのゆく年くる年(13-12-31)

2013年が終わり2014年を迎える。ゆく年の渋谷WESTには文化村通りの拡幅工事の完成と、目黒天空庭園の開園という大きな出来事があった。くる年にはそうした大工事の完成はないものの、平成26年度末完成予定の首都高品川線の工事が進み、松見坂交差点から大坂橋にかけての山手通りの整備がはじまることには期待できるのかもしれない。
渋谷WESTのサイトは「ワインで楽しむ食と文化のまち」ということでリニューアルをした。ワインを楽しめる店の開店が続いていることもある。これからそれらの店が、多くの人たちをこの街に呼ぶことになってほしい。世界的に有名な渋谷の中で、手頃な価格でくつろげるスペースのあるのが渋谷WESTだということを伝えたい。そのためには英語版をつくることも必要だろうか。
「渋谷WESTおしゃべりサロン」というリアルの場もつくり、地域の人的交流を模索している。多くの人が「渋谷WEST」という場づくりに参加いただけることを願うものである。

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都知事選挙を前に(13-12-29)

猪瀬知事の辞任による東京都知事選挙が1月23日の告示、2月9日に投開票のスケジュールで行われ、現在候補者の顔ぶれが注目されている。そこで過去にどのような選挙が行われたかを知る必要があると思い整理してみた。

東京都知事の誕生は1947年5月で、初代の安井誠一郎が47年5月から59年4月までの12年を務めた。2代目は東龍太郎で59年4月から67年4月までの8年間、3代目が美濃部亮吉で67年4月から79年4月までの12年間、4代目の鈴木俊一は79年4月から95年4月までの16年間と、それぞれ複数の任期であった。安井誠一郎と鈴木俊一は共に官僚エリートで、東龍太郎と美濃部亮吉は学者である。
ここまでの48年が一つの区切りになるだろう。日本の復興、高度成長時代からバブル崩壊まで、現在の都庁舎も1990年に竣工している。

16年続いた鈴木都政の後、1995年の選挙では、共産党と社会党の一部を除くオール与党が推薦した官僚出身の石原信雄が敗れ、無所属の青島幸夫が1,700,993票で当選した。鈴木都政の後継者として期待された石原信雄(1,235,498票)が、国際ビジネスマンの岩国哲人(824,385票)と、経営コンサルタントの大前研一(422,609票)に票が分散した結果ではあるが、これまでの都政に対する反発感情が青島幸夫に流れたともいえよう。「東京から隠し事をなくします」の一言が効いたらしい。

青島幸夫の任期満了に伴う1999年の選挙では、自民党本部と公明党が明石康(690,308票)を推薦し、自民党都連の推薦は石原慎太郎(1,664,558票)と舛添要一(836,104票)、柿澤こうじ(632,054票)に分裂した。自民党の推薦が4人に分かれたものの、民主党推薦の鳩山邦夫(851,130票)、共産党推薦の三上満(661,881票)は届かなかった。ここから13年に及ぶ石原都政が始まったのである。
2003年は自民・公明が石原慎太郎3,087,190票を得て再選。民主が樋口恵子(817,146票)、共産党が若林義春(364,007票)を擁立していたが、石原の独走を許した。2007年の選挙は自民・公明が推薦する石原慎太郎(2,811,486票)に民主・社民が浅野史郎で対抗したが1,693,323票で及ばず。共産党推薦の吉田万三は629,543票であった。
2011年には都議会自民・公明が石原慎太郎(2,615,120票)を推薦したが、無所属の東国原英夫(1,690,669票)と渡辺美樹(1,013,132票)が百万票を超す得票を得た。また、共産党の小池晃は623,913票を獲得した。
2012年12月に石原慎太郎の任期中の辞任に伴い、作家から副知事になっていた猪瀬直樹(4,338,936票)が後継指名され、宇都宮健二(968,960票)、松沢成文(621,278票)らに大差をつけて選ばれた。

都知事選挙を国政の評価につなげるような報道になりがちなところが気になる。都知事選挙は都知事として誰がふさわしいかを判断して選ばれてほしいし、都政の課題に絞って議論してもらいたいものである。特に国際化が進む中、候補者の英語力も判断対象としてよいのではないか。英語力は人間関係や思考にも影響を与えるので無視してよいものではない。英語で外国人の理解を得られない都知事でよいのだろうかと思うのは、残念ながら圧倒的な少数派なのかもしれないが。

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駒場キャンパスで新種生物発見(13-12-26)

東大駒場キャンパス内で新種の小さなカメムシが発見されたことがニュースになっている。学名は「セヤヌス・コマバヌス」で和名は「エドクロツヤチビカスミカメ」ということである。
研究グループで駒場キャンパス内を1年がかりでカメムシ類の最終を続け、計114種が確認され、うち1匹が新種であったということとのこと。国内で知られているカメムシは1400種ほどあるそうだ。
もちろん駒場キャンパスにだけ生息しているわけではなく、たまたま発見されただけということではあるが、珍しい種であることにはちがいあるまい。
カメムシは悪臭を発し、植物に害を与えることが多いので、薬剤散布により駆除の対象になるもの。駒場キャンパスは昆虫採集には格好の場所ということで、見つかったもののようだ。とはいえ、カメムシの種類など普通の人には区別できるものではない。
発表された論文にはkomabanusuで検索するとたどりつくことができ、論文の詳細は30ドル+消費税で購入することができる。扱っているのは1683年創業で学術書を出版するブリル社。本社はオランダのライデンにある。

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2013年の10大ニュース(13-12-21)

日本の10大ニュースにどんなものが選ばれるかは興味のあるところである。新聞ごとに大きな違いもあるようだ。10年後には無価値のニュースもあるだろうし、選外のニュースの中に20年後にあの年が時代の変わり目だった、というものもあるかもしれない。国民栄誉賞の受賞やプロ野球でどの球団が優勝したかは、それぞれの分野での記録でしかなくなるのではないかとも思える。10大ニュースは時代の流れを映すものであってこそ意義がありそうである。
とはいえ、渋谷WESTでの10大ニュースをそこまで考えて選ぶわけにもいかない。とりあえず思いついたものを時系列で10件並べてみた。

・目黒区北部地区サービス事務所と大橋図書館がクロスエアタワー9階に
・目黒天空庭園が開園し観光バスのコースとなる
・東急本店と山手通りを結ぶ道路が拡幅され、通称が文化村通りとなる
・アートのライブハウス「アツコバルー」が松涛郵便局前交差点にオープン
・渋谷区・目黒区で民主党の都議の議席が共になくなり、区議の議席も共に減
・旧前田侯爵家駒場本邸が国の重要文化財に指定
・ワインアパートメントが完成しワインバルの開店がこのエリアで続く
・神泉町交差点のオフィスビルが解体され高層住宅に建替へ
・駒場町会で予定した3度の防災訓練がすべて雨で中止
・駒場祭で東大生もメンバーにいる地下アイドルグループ「仮面女子」が公演

狭いエリアではあるけれど、いろいろあるのはそれだけまちの密度が濃いからなのだろう。25日の渋谷WESTおしゃべりサロンでは、この10のニュースをベースにこの1年を振り返ってみたい。

仮面女子の「妄想日記」が来年に向けてブレイクしないとは限らない。

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「日本の新聞」から地域メディアへ(13-12-19)

脳科学者で著書・テレビ出演の多い茂木健一郎さんがYouTubeで自作自演の歌を公開している。「日本の新聞」と題し、その姿勢をからかうものである。
12月17日に東京で開催されたミス・インターナショナル世界大会での新ミスへのプレゼンターとしてガウンと王冠を引き継ぐ立場にあった女性が、大手芸能プロ幹部からストーカー被害を受け、この幹部を威力業務妨害で刑事告訴し、東京地裁にも民事提訴した。スキャンダル化を恐れたのか、大会欠席を打診されたことについて日本外国特派員協会で会見を開いたことを受けてのもの。報道の価値がないということなのだろうが、不自然な感も否めない。
猪瀬都知事の問題にしても、インターネットで流れてくる情報と較べ、辞任ありきの新聞報道が多面的とはいえないし、安倍首相とメディアの部長クラス、トップと、それぞれ中華料理店、日本料理点で会食したことも報道されない。報道の自由とは報道しない自由でもあるといわれる。何を報道するか否かは、それが報道機関の利益に繋がるかどうかによることであることは想像できるだろう。従ってそれを批判してもはじまらないのかも知れない。
そこで、それに変わる情報源が必要となり、ツイッターやYouTubeといったソーシャルメディアがそれに当たるが、選挙民の投票に影響力をもつものにする必要があるだろう。そのためには選挙区ごとに小さな地域メディアがいくつもできることが望まれよう。
このブログも含む地域情報サイト「渋谷WEST」は、そんな機能も果たせるようになることを目指している。

※「渋谷WESTおしゃべりサロン」:次回は12月25日(水)午後2時から駒場住区センターで開催します。会場代として200円を当日お払いいただければどなたでも自由にご参加いただけます。

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渋谷ナンバー1のカフェでアートを(13-12-17)

食べログの渋谷カフェ部門ランキングでナンバー1の店がパブリック松涛になっている。渋谷といってもハチ公バスだと2つ目の停留所、松涛美術館前の近くにあるこのブログでしばしば紹介している店だ。最寄駅は井の頭線の神泉というロケーションで、いわゆる渋谷のイメージとは違うところに立地する。客の数が多い店ではない。

そんな店で現在「Art Exhibition at Public Shoto」が今月28日まで開催されている。ヤタベヒロユキ氏と松村克彦氏の2人展で今年の2月に続いて2度目となるものだ。両氏は新進のアーティストであるが独特の作風をもつ。

Bunkamuraと松涛美術館を結ぶ文化村通りは、ギャラリー・ストリートと呼ばれるにふさわしい。建物自体がアートである松涛美術館が1月18日にリニューアルオープンするにあたってはそれなりの関心を集めるだろう。文化村通りと呼ばれるようになって2年目を迎え街路樹も成長する。松濤美術館の展示内容によっては世界のアーティストが集う街になってもおかしくない。

そして驚くべきことに、パブリック松涛の隣のレストランバカールは、食べログの渋谷レストラン部門でのランキングがナンバー1。小さくて個性的な店が集まるこのエリアは、これからますます関心が高まりそうである。

作品を背に座る松村克彦氏
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ヤタベヒロユキ氏の作品
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作品の説明をするヤタベヒロユキ氏
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カフェ部門渋谷トップの食べログの画面
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レストラン部門渋谷トップの食べログの画面
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渋谷の盛り場の場末はおしゃれな街(13-12-15)

盛り場ということばは、今ではあまり聞くことがないようである。「盛り場」を「飲食店、遊戯場や風俗営業を中心に構成されている街区のこと」とし、「デパートや各種小売店を中心に構成されている繁華街」は対象から外すという見方もある。また、盛り場という言葉には男の遊び場といったイメージがあり、女性客を重視するようになった最近の傾向にはそぐわないともいえるのだろうか。

今渋谷で一番盛り場らしいところはマークシティの下、井の頭線渋谷駅西口の改札口両側なのだろう。飲食店が密集し、大型のパチンコ店、映画館が並ぶ。風俗営業を代表するキャバクラも多い。そうして道玄坂を上がった丘の上は旧花街ということになる。1958年の売春防止法、1985年の新風営法、1999年に児童買春・ポルノ規制法にかかわる「悪所」というイメージがあり、ラブホテル街ということからも敬遠されている。
そんな盛り場イメージを渋谷にもっている人に、住宅地の中の飲食店街を紹介しているのが「渋谷WEST」というサイトである。世界の人たちから日本を代表する光景として知られる駅前スクランブル交差点から歩いて10分のところに、魅力的な街のあることを知ってほしい。

場末とは盛り場のはずれ、というところから来ているのかどうかは定かではないが、渋谷の盛り場のはずれは、場末のもつイメージとは正反対のおしゃれな街といってよい。荒らされたくない隠れ家の街であるよりも、もっと個性的な訪問者が集まってくるような街になってほしい。渋谷WESTはインターネットで発信されている飲食店の情報が集約されている場なのだけれど。

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駒場リサーチキャンパスでの防災訓練(13-12-10)

東京大学先端科学技術研究センターと生産技術研究所のある駒場リサーチキャンパスで目黒消防署が協力する防災訓練が開催された。午前中は雨であったが、午後2時からの訓練の時にはすっかり晴れ上がり、終了間際にまた小雨がぱらついたものの、順調に訓練が行なわれた。駒場町会防災部もこれを見学するということで参加し、目黒消防署長による最後の挨拶でも紹介された。
訓練の内容は、避難に当たって人数の確認をすることと、消火訓練、消防署への通報訓練というもの。全員ヘルメット着用でそれぞれの研究室から出てきて、合計1173名が集合したとの報告がされた。通報訓練では外国人研究者も名乗りを上げ、英語で通報するという一幕があったのは、留学生の多い研究所ならではというところか。
駒場リサーチキャンパスは災害時の広域避難場所として、目黒区、渋谷区、世田谷区から指定されている。地域住民と掲げられた看板もあったが、駒場町会の防災部員の他に参加者がなかったことが今後の課題とされよう。
いざという時に目黒消防署には救急車が3台しかなく、ことあたりに来ることは難しそうで、世田谷消防署や渋谷消防署からも管轄外にされかねない。地域住民としては、東大の協力を得ることができるよう、日頃からのお付き合いを大切にしたいものである。

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駒場町会防災部の部長(中央)と副部長
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戦争の記憶(13-12-6)

戦争を期待するかのような新聞の見出しが駅頭で目立つ。戦争をゲームのように考えている読者が多いからだろう。日本は幸い1945年から今日まで、戦争による直接の犠牲者を出していない。戦地に行った経験のある人はもとより、空襲を受けた人、学童疎開で辛い思いをした人たちも後期高齢者となっている。
とはいえ、戦争の記憶を風化させてはならないことはいうまでもない。最近日中戦争について中国側から指摘されることが多いようであるが、アメリカとの関係で太平洋を舞台に多くの戦いがあったことはいうまでもない。その戦場を経験されている生存者の一人、駒場在住の角信郎さんから「渋谷WESTおしゃべりサロン」でお話をうかがった。角さんの海軍でのご経験を紹介したい。

1941年11月15日、舞鶴の海軍機関学校を卒業と同時に見習い士官として当時最新鋭の主力空母であった翔鶴に乗艦し、11月26日択捉島単冠湾からハワイへと向かった。12月8日の真珠湾攻撃はよく知られている。翌年4月5日から9日まではイギリス軍とのセイロン沖海戦があり、5月6日から8日はニューギニアの南、オーストラリアの北にあたる珊瑚海で海戦、翔鶴は被弾して戦列を離れ、横須賀に帰った。翌6月4日から6日がミッドウエー海戦では空母4隻が撃沈されたが、翔鶴は結果的に温存されることになった。
その年の8月にソロモン海に出撃し、第2次ソロモン海戦で艦載機29機を失うなどした。10月26日から27日は南太平洋海戦。翔鶴は戦死者144名を出して大破し、帰還して横須賀で修理を行なうことになる。
角さんは翔鶴に乗艦してこれらの海戦を経験されたわけだが、機関室が持ち場であったため、戦闘の激しさを感じることはなかったという。
翔鶴を離れた角さんは、1943年6月から翌年3月までの期間、追浜で飛行機の勉強をしていた。1944年3月には一式陸攻航空隊勤務となって北千島のカムチャッカ半島に近いパラムシル島に物資を送る仕事を命ぜられ、その後フィリピンのクラーク基地に行くことになる。10月のレイテ沖海戦とその後の退勢の中、11月22日クラーク基地を離れ日本本土に向かった。本土では木更津で整備分隊長として後方支援の任務に就き、木更津から硫黄島に飛び立った多くの飛行機を見送ることになった。
その間、翔鶴は1944年6月、マリアナ沖海戦で米潜水艦の雷撃により撃沈していた。
1945年2月からは横須賀で国産初のジェット機『橘花』開発に従事。8月15日は厚木基地で、18日に徹底抗戦を誓う七生報国の旗が林立する厚木基地を発って三沢基地に向かい、そこで復員することになった。

日中戦争は陸軍の戦いであり、太平洋戦争は主として海軍の戦いであったともいえよう。その海軍と陸軍は別組織で教育から海軍兵学校と陸軍士官学校ということで違っていただけに、協力関係という意味での問題があったようだ。自衛隊は防衛大だからよいのかも知れないが、陸自と海自の音楽隊を比較するとその伝統的文化の違いがあるようにも思う。

特定秘密保護法案がいろいろ議論されている中、防衛秘密はともかくとして、軍事についてはもっと知っておいてよい。戦史も日本海海戦や真珠湾攻撃のような景気のよいものよりも、ミッドウエー海戦、南太平洋海戦、レイテ沖海戦などを学ぶようにしたい。戦史の中に政治のあり方を考える材料が少なくないのではないか。
日本は負けたことがなかったから、戦争の終わらせ方を知らなかったようだ。悲惨な戦争を2度と起こしてはならない、ということ戦後よくいわれてきた。戦争を知らない世代となった今、そのためにどうするのかということについての議論が乏しいようなのが気になるところである。
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http://www.aramant.com/chuukou/tomoni.html

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目黒区元区議の逮捕(13-12-5)

時事ドットコムは4日、名誉毀損容疑で吉岡克彦容疑者ら3人を警視庁目黒署が逮捕したことを伝えている。6月に行なわれた東京都議会選挙の直前に、インターネットに対立候補になる都議を中傷する書き込みをしたとのことなのだが、吉岡容疑者は容疑を否認しているという。
吉岡克彦氏は旧姓が土屋で、目黒区議会の副議長も民主党区議として勤めたことがある人物。前回の区議選では落選し、6月の都議選では日本維新の会公認候補として出馬していた。
その選挙期間中に、当時民主党の現職都議だった候補者を「頭の悪いアフォ政治家、稚拙な詐欺師」などと中傷したということである。都議であった候補者は選挙では落選し、名誉毀損で告訴していたが、誰がそのような中傷をしていたかは知らなかったと、本人のツイッターには書いている。
別の元民主党区議であった人物も、自らの経験から、容疑を否認していても昔の経緯から事実であろうとフェイスブックでコメントをしている。
新聞で報道されたかどうかは分からないが、東京新聞にないのだから、他の新聞が扱ったことはないと見る。時事ドットコムの報道を知ったのもソーシャルメディア経由だし、限られたスペースの新聞では、身近な情報を期待できないことが確認できたといえるのだろう。

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『Time Out Tokyo』雑誌版の刊行(13-12-3)

インターネットや地図では既に知られているタウンガイド『Time Out Tokyo』が雑誌の形で遂に刊行された。英語なので外国人を対象にしているわけだが、それだけに興味深い記事が満載といってよい。外国人が関心持っている東京はどんなところなのか、どのような受けとめかたをしているのかを知っておくのもよいだろう。

表紙は「地球上で一番グレートな都市」とあって渋谷の写真が背景にある。地球上で一番グレートな都市の理由を50紹介する形で雑誌の内容が作られている。そして東京の中でも渋谷が最も訪問したい街ということで、大きく取り上げられている。

その一つに、渋谷の東京での地位についてのデータ紹介がある。ただしソースは東急の調査会社だそうだから割り引いて見なくてはいけないかもしれないが、次の通りとなっている。

外国人が東京で一番行きたい場所:渋谷42.5%、新宿41.8%、銀座38.1%、秋葉原33.6%、浅草33.4%。
IT企業が一番多い:渋谷134社、新宿78社、新橋・汐留35社、銀座・有楽町34社。
音楽のメッカ:渋谷67の音楽会場、新宿22、六本木、14、池袋12、銀座・有楽町11。
ファッション企業が多い:渋谷区19、新宿区18、中央区12、豊島区12.。
フリーランスで仕事がしやすい(シェアオフィス数):渋谷区37、港区27、千代田区18、中央区11、新宿区8。
待ち合わせ場所としての人気:ハチ公前広場79%、新宿アルタ前58%、東京駅銀の鈴30%、モヤイ像前22%。
エスニック料理の数:渋谷27、新宿26、銀座・有楽町25、六本木23。.

Time Out の他にも外国語で書かれた東京ガイドは英語はもちろん、韓国語、中国語の他にタイ語のものもある。外国人の見る東京といっても国によりさまざまなのだろうけれど、『Time Out 』は世界52都市をカバーする旅行ガイドの専門企業。その東京版の第1号の表紙になったことは、東京の顔が渋谷であることを世界が認めたものと理解しておこう。

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町へ出よう(13-12-1)

『書を捨てよ、町へ出よう』というタイトルの本を寺山修司が出したのは1967年。71年には映画化もされて流行語にもなった。今ならさしずめ『テレビを消せ、町へ出よう』ということになるだろうか。ただし、町へ出ようといっても、渋谷や銀座へ、というわけではない。自宅から500メートル圏の町のことである。

その町のことを一番よく知っているのは駒場では町会の役員。日頃から地域のことを考え、町会内の会議で課題を話し合っている。町会役員の一般的なイメージは、親の代からそこに住んでいる人たちの親睦会、あるいは行政や議員などとのつながりによる義理で参加する組織ということになるだろうか。いずれにしても、そこで新しい人間関係をつくり活動することはわずらわしい、できるだけ避けたい考える人が多いようだ。いや、わずらわしいと考える前に、誰がやっているのかにすら無関心な人が多数派なのかもしれない。外から引っ越して来ても、町会への入会方法がわからないということもあるようだ。

町会は趣味の会ではない。行政の末端組織的な機能もある。そのため、区、消防、警察や地域の学校などとの間の約束事を役員は引き受けなくてはならない。ある程度の責任が発生するし、意見の違いが出てくることもある。とはいえ、地縁のある人たちとの交流の場でもある。その活動に接すれば、地域を知るために有益であるばかりか、行政や政治の役割も見えてくるだろう。
そんな町会組織の特徴は町会ごとに独立していてそれぞれの個性をもっていること。こうあるべき、という指針はあったとしても伝わっていない。目黒区では町会より住区住民会議の活動の方が活発な地域もある。

それはともかく、駒場で地域デビューをするなら町会防災部に入るといい。防災部は消防団とは違い高齢者でも入部できる。最近の新入部員は70代の人だった。
いきなり参加する前に、まずは「渋谷WESTおしゃべりサロン」で地域の人たちの顔ぶれを見るのもよいだろう。次回は12月5日(木)午後2時から駒場住区センターで。当日会場使用料として200円を負担いただくが事前の連絡は不要である。

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