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2013年3月

目黒天空公園とオーパス夢広場がオープン(13-3-30)

首都高と中央環状新宿線が交わる大橋ジャンクションの屋上に、目黒天空庭園が30日午前11時過ぎにオープンした。この天空庭園は、国道246号線の横から目黒クロスエアタワー9階で地上35メートルのビルの入り口までをループ状に結ぶ構造で、真ん中は巨大な空洞になっている。庭園の広さは7千㎡なのだが、ループ状の庭園部分の内側も一体となった空間だから、実感としての公園スペースはその倍ほどあるといってよい。
これまで天空庭園までわざわざエレベーターで行くのか、という疑問があったのだが、246から直接庭園のスロープを歩いて地上35メートルまでの地点まで行き、そこで折り返せば適当な散歩道となることが分かった。決してきつい坂ではないがトレーニングにもよいだろう。眺望もビルの窓から見るよりはるかによいので利用する人は増えていくのではないか。
ジャンクションの壁に囲まれたオーパス夢広場では「オーパスまちびらきフェスタ」として、30日・31日の2日間にわたりさまざまなイベントが展開されている。
目黒区でこれだけの規模の公共施設がオープンすることはもうこれからないだろうが、開園セレモニーへの関心は知られていないためか、それほどではないようだ。ともかくこれで10年以上にわたって続けられてきた大橋地区の再開発事業が完了したことになる。

246沿いの入り口
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目黒天空庭園の眺め
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オーパス夢広場
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渋谷が変わる!(13-3-27)

東横線が地下にもぐって、東急東横店東館がなくなって、その結果としての渋谷が変わるのは10年以上も先のこと。それまでお待ちくださいはない。この10年の間に渋谷がどんな街になるのかでその先の渋谷があることを忘れてはなるまい。

渋谷を変える第一弾が4月4日から6日にかけて開催される「文化村通りマルシェ」。主催は東急本店通り商店会とある。東急本店通りとは文化村通りの旧名で、栄通りが更にその旧名だからややこしい。渋谷109から山手通りの松涛2丁目までが栄通りだったのが、46年前の1967年に東急本店ができてそこまでが東急本店通りとなり、1989年のBunkamuraの開館で東急本店通りは文化村通りに変わった。そこから先は栄通りのまま長い間工事中の状態だったが、拡幅整備工事が完成し、いよいよ来月7日から自動車が両側通行となることを祝うイベントなのだ。

文化村通りが栄通りを吸収して山手通りまでつながると正式に決まったわけでもないらしいが、これを機会に文化村通りとして渋谷の新たな魅力をアピールするのがよかろう。
4日の木曜日から土曜日までの3日間、ショッピングと飲食と大道芸やびっくり出し物があるというイベントが美しい並木道で繰り広げられる。イベント会場として広く知られる近くの代々木公園けやき並木よりも長い約600メートルの道のりに並ぶヨーロッパ風のテントは、渋谷の観光客の目をひきつけることだろう。渋谷のこれからの観光資源として期待がもてる。出店者がインターネットを通じてPRすることで多くの人が集まってほしい。

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渋谷系アーティストから(13-3-25)

篳篥(ひちりき)奏者のヒノモトテルノスケさんからお知らせがきた。

渋谷系篳篥奏者のヒノモトテルノスケでございます。
来月、4月16日より、二枚目のフルアルバム「篳篥Revolution Vol.2~東京ナイトリターンズ」を、渋谷&新宿タワーレコード他で販売開始致します。
世界のE・YAZAWAと雅楽に影響されたテルノスケが、E・YAZAWAの大ヒットアルバム「東京ナイト」を聴いて衝撃を受けてから26年を経て、制作した念願のオマージュ的作品であります。
キャッチコピーは、
「テルノスケの篳篥{ひちりき}が、
     渋谷、港の夜を熱く奏でる
         今宵、愛の音しか聴こえない・・・」
渋谷と港区を愛する大人達の、
  一夜のリアルインストロメンタルストーリーです。
2トラック目の「円山町クレイジーラヴ」を聴きますと、
   十代から円山町界隈ですごした青春の青臭い熱い思いが蘇ってきます。
5トラック目の「雨上がりの246」は、
渋谷駅からタクシーに乗り246を六本木方面に走らせてる車中で、当時の彼女と運転手さんに怒られてしまうほど熱をあげてキスしまくってしまった・・・そんなリアルでloveな楽曲であります。

よろしければお暇なときにでもご視聴くださいませ。

http://www.myspace.com/music/player?sid=92365580&ac=now

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ハイパーローカルの兆し(13-3-23)

ハイパーローカルという言葉がある。市町村よりも狭いエリアでも展開する地域メディアなのだが、定義もまだ定まらないらしい。アメリカではAOLグループの「パッチ・ドットコム」がその事例の一つであり、イギリスではガーディアン系の「nNotice」がスタートしている。日本ではエキサイトの「ハイパーローカル・ニュース」があるが、これは記事情報を自動検索して並べたもので、記者の顔は見えない。「Yahoo!ロコ」もハイパーローカルの兆しに備えたものなのだろう。「渋谷経済新聞」からはじまった「みんなの経済新聞」はビジネス系のハイパーローカルとして確立したともいえる。
「渋谷WEST」も10年の準備期間を経てようやく、ハイパーローカル・メディアとして、さまざまな地域情報の交差点になることが現実味をおびてきた。
「渋谷WEST」というハイパーローカルエリア(そう呼ぼう)は、人口25千人ほどの規模なのだが、渋谷区と目黒区にまたがり、松涛・南平台・青葉台といった東京でも有数の高級住宅地、IT関係の企業の多いオフィス街、東京大学、日本一ともいえるラブホテル街を含む。そのエリア内にはBunkamuraの他にも小規模の文化スペースが数多くあり、話題には事欠かない。一方で渋谷の中心繁華街は外していることから、タウンガイドにはなりにくい。ハイパーローカル・メディアの対象エリアとしてこれほど魅力的なところはあるだろうか。
そこに住む人、そこで働く人たちの顔が見えるようになることを目指したい。

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文化村通りマルシェ(13-3-21)

渋谷区の補助60号線といっても工事関係者しか知らない名称だろう。栄通りでも、地元に古くから住む人にしか分からないようである。それを文化村通りとすれば、知名度は一気にあがるのではないか。文化村通りは渋谷109前からBunkamuraの前までで、そこから先の道は栄通りと呼ばれ、これまでは一方通行で長期にわたり工事中だった。かつて、栄通りは文化村通りを含んでいたのだが、東急本店ができたときに東急本店通り、Bunkamuraができて文化村通りとなった経緯がある。
一方通行だった栄通りが拡幅されて両側通行となれば、その末端で山手通りとの松涛2丁目交差点までを文化村通りとすることはおかしくはない。ただ、Bunkamura前までと、その先とでは、通りの雰囲気に違いのあることは否めない。別の名前とすることもあってよいかもしれない。

それはともかく、4月7日の午前10時から道路は両側通行となる。それを記念して4月4日(木)から6日(土)まで、新たに開通する山手通りからBunkamuraに向かう車道側を歩行者に解放し、そこをイベント会場とする。ヨーロッパのマルシェをイメージしたテントの中で、物販や飲食のスペースを展開するというものである。

出店の見通しは概ね40軒。どんな内容にするかは各店で準備・検討中で不明なのだが、テントが出ることで、東急本店前の雑踏から歩行者が流れてくることは期待できるだろう。新しい街のデビューイベントといってもよいのではなかろうか。

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地域ボランティアネットワークづくり(13-3-20)

巨大地震による被害想定が大きく報じられている。東日本大震災の被害は現在も現実の問題としてある。東京でも今すぐ大地震が発生するリスクは小さいものではないこともよく知られている。対策が要求されるこというまでもない。

もちろん行政機関は対策を立てているのであるが、被害を受ける立場の住民の準備がどこまで整っているのかが心配される。各自治体は住民に対して啓蒙する努力はしているが、住民自身による組織的な準備も大きな課題だ。目黒区では、そうした課題への対応策として、「避難所運営協議会の手引き案」を今月作成した。

目黒区には防災区民組織が従来からあり、駒場防災会議もその一例である。今回作成された手引き案によると、防災区民組織の役割は「初期消火」「応急手当」「人命救助」「避難誘導」「安否確認」等である。これに対し、避難所運営協議会の役割は、「施設管理」「保健衛生」「物資配給」「避難誘導」「情報連絡」等となっている。防災区民組織の活動はこれまで経験を重ねてはいるものの、避難所運営協議会に期待される役割についてはこれからどうするか、ということが実情だろう。

そこで今必要なことは、地域ボランティア組織のネットワーク化ではないか。避難所の運営を誰に頼めるかを避難所ごとに想定できるようにするだけでよい。避難所運営協議会という組織に入会することには負担を感じても、所属する組織のネットワーク化だけなら現実味がある。フェイスブックやツイッターの活用もありうるだろう。OtoO(online to offline)ネットからリアルへ、というのがインターネット業界での最近のキーワードでもある。地域ボランティアネットワークの形成が急がれる。

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東横線渋谷地下駅(13-3-18)

東横線は15日の最終電車で渋谷の地上から姿を消した。小田急線も下北沢周辺で23日から地下にもぐる。電車から街の景色が見えなくなり、電車の音が聞こえなくなってさびしい、ということもあるのだろうか。そんな感傷はどうあれ、時が経てば環境は変わる。
東横線が渋谷駅で地下鉄副都心線に乗り入れるようになって、東横線の渋谷駅での乗降は大幅に減っているようだった。その数字がどの程度なのか発表されるかどうかはともかく、東横線渋谷駅での乗り降りと、乗ったままの利用者との比率である程度の想像はつく。4月以降は定期券の切り替えにより渋谷駅での乗り換えが減ることはあっても増えることはあるまい。都市交通のインフラとして相当改善されたことは確かだろう。
混雑が緩和されることは、一方で賑わいが失われることにもなる。渋谷駅の工事はこれから本格化し、当面は渋谷地下駅から109への地上道が賑わうようになるのかも知れない。渋谷は都市計画で賑わう街ではなく、誰かがどこかで、新しい渋谷の魅力を創造することになるのだろう。

空っぽになった東横線渋谷地上駅
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地下3階の改札階から地下5階ホームの東横線が見える
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副都心線から来た東横線
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桜の季節に多くのイベント(13-03-16)

桜が開花したとか。これからしばらく桜見物に忙しい中、渋谷駅周辺ではビッグイベントが続く。まず、東横線が地下駅に移って85年の役目を終えた地上ホーム跡が、22日(金)から24日(日)までの3日間イベント会場となる。入場料が120円で、実際に使用してたレールを切り出したカットレールの予約販売や、線路に下りてバラストをオリジナル巾着に自分で詰めるといったことから、スペシャルライブや記念の写真の販売など、さまざまな企画が用意されている。
31日には東横線渋谷駅と一体ともいえる東横店東館が閉館となり、東横のれん街もマークシティの地下に移る。見慣れた渋谷駅の風景がいよいよ大きく変わる。

一方、大橋ジャンクションでは「オーパス目黒大橋まちびらきフェスタ」として、目黒天空庭園とオーパス夢広場で、オープニングイベントを行う。地上9階からの巨大な屋上庭園としてニュースになるだろう。目黒川の桜は満開を過ぎているだろうが、花見客で賑わうことは間違いない。

最後は4月7日から両側通行となる栄通りの開通式に先立つ松涛「文化村通り」開通記念イベント「松涛マルシェ」。4月4日(木)から6日(土)まで、祭りなどの「露店」ではなく、ヨーロッパのような「マルシェ」のイメージで物販、路上ライブなどを行う。企画が12日に出たばかりで、準備期間が短かすぎるのが気がかりだが、渋谷の新しい顔のデビューとして楽しみである。

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東横線の直通運転まであと3日(13-3-13)

いよいよ16日に東横線が副都心線に乗り入れる。渋谷駅周辺に歓迎ムードはない。地下深いホームから地上まで上がるにはかなりの時間を要する。さらに地上3階上にある地下鉄銀座線に東横線から乗り換える客がどれだけいるだろう。ただ、井の頭線から銀座線への利用者にとってはありがたいこととなる。

渋谷駅の再開発は東横線地上駅の閉鎖から始まるといってよいのだろう。駅が壊され、東急東横店の建物が順次壊される。これほどの規模の再開発は例がないとまではいえないのか。そんな大工事を観光資源にすることは考えられないものか。

いずれにしろ、横浜中華街と川越を結ぶ路線の誕生は、鉄道の歴史という意味では画期的なことのはずだ。ターミナルの街として栄えた渋谷は終わり、新しいまちづくりを始めなくてはならないのだろう。そのために多くの議論がされてはいるものの、成果が見えてこない。人の流れが変わってから、新しい何かが見えてくるような気もする。


まだ利用者のない代官山方向の改札口
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東横線からヒカリエへの距離は縮まる
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相互乗り入れ活用プラン
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東大ハチ公物語(13-3-7)

「東大ハチ公物語~ハチ公と上野英三郎博士の像を東大に作る会~」が今年の1月に東大教授を中心とする呼びかけ人により発足している。「ハチ公のハチ十年目の命日」に、ハチ公の飼い主、東京帝国大学農学部教授であった上野栄三郎郎博士と共にいるハチ公の像を東大構内に置こうというものだ。
その趣旨として「真の歴史のための啓蒙」「人と動物の敬愛の象徴」「東京大学の広報」があげられている。

気になるのは「真の歴史のための啓蒙」をその一番目としていること。飼い主が東大の教授であったことが知られていないから、と趣旨書には書かれているが、真の歴史をうたうからには、むしろハチ公が主人を送り迎えしたのは、上野博士が勤務していた東京帝国大学農学部正門の方が主であったという事実ではないのか。正門のあった場所は松濤2丁目交差点から少し坂を上がったところである。今や、そこのバス停に東大前の名を残す他その面影はない。

だとすれば、東大構内というのは駒場キャンパス内でなければなるまい。それも東大前のバス停に近い場所のはずだ。上野博士が教授をしていた東京帝国大学農学部は1936年に旧制第一高等学校との土地交換のため本郷に移った。上野博士が駒場の大学構内で急死したのが9年前の1925年。ハチ公が渋谷駅近くで死んだのはその翌年1935年3月8日であるが、ハチ公の銅像はその前からできていた。

現在上野博士の像は農学部のある本郷の東大構内にある。駒場キャンパス内には近代農学の発生の地であることを記念する駒場農学碑があるが、その生い立ちが広く知られているとは言いがたい。「真の歴史のための啓蒙」は「東京大学の広報」として、大学の生い立ちを知ってもらう意味からも意義があろう。

ハチ公の「公」は忠犬ということから名付けられた。戦時体制の影響によるもので、犬ですら忠義をつくすのだから、人間はもちろんのこととの教育的な趣旨からであった。それを「人と動物の敬愛の象徴」とするのであれば、「忠義から敬愛へ」ということになる。ハチが主人を送迎した旧農学部正門横がヤマザキ動物専門学校になっていることも何かの縁だろうか。その横には渋谷区の所有する土地があるので、そこに誘致するということもあってもよいかもしれない。

あと10年もすると、ハチ公が通った渋谷駅の面影か完全になくなるだろう。その意味からも渋谷駅のハチ公像と駒場キャンパスのハチ公と上野博士の像を結ぶ道を、ハチが通ったハチ公通りとして渋谷のシンボルロードとする意義は大きい。

http://www.en.a.u-tokyo.ac.jp/hachi_ueno_hp/hp/index.html

東京帝国大学農学部正門のあった場所。右の建物がヤマザキ動物専門学校。
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写真の左側に上野英三郎博士の自宅があった。右はBunkamura。
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「ハチ公通り」を走るハチ公バス。
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今月中に拡幅工事が完成する「ハチ公通り」。
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東大前のバス停を示す「ハチ公通り」のバス停。
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さよなら東横線渋谷駅(13-3-5)

3月15日に東横線の地上駅での発着が終わり、16日からは地下駅副都心線に乗り入れる。東横線渋谷駅というより、地下鉄副都心線渋谷駅といった方がわかりやすくなりそうだ。
それにともない、東急東横店東館は取り壊されることになり、現在「東横店78年分のありがとうセール」が開催されている。4月4日から西館と南館で新しい東横店として再スタートするわけだが、それも概ね10年後には消えていくことになるのである。
東横線の駅と銀座線の駅、そして東横百貨店が渋谷のシンボルといってもよかった時代があった。78年の思い出を積み重ねた。それらがこれから順次消えていく。愛着のある人も少なくないだろうが、いつまでも残したい東京の都市景観とはいえまい。東京駅とは違うし、これから期待される渋谷イメージともいえないだろう。
だから、そんな渋谷の顔がなくなったとしても、渋谷が世界に知られた繁華街であることに変わりはない。気取らないけど若さあふれる、おしゃれなポップカルチャーの街とでもいうことで、その存在感がアピールできるとよいのではなかろうか。クールジャパンは銀座でも秋葉原でもなく、渋谷から発信されるよう演出されてほしい。

背景がさびしいハチ公前広場
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電車の姿があと10日で消える東横線ホーム
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78年の歴史を重ねた屋上遊園地
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「ありがとう そして さようなら」 泣かせる
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松見坂交差点に医学部の予備校(13-3-4)

山手通りと淡島通りの松見坂交差点に医学部受験の予備校、TMPS医学館の渋谷校が3月に開校となる。これまでの高田馬場と新横浜に続いて3校目ということであるが、かつてアパレルメーカーのビルだったのをそのまま使うことになったようだ。
10代の受験生が人通りの少ない幹線道路に来るようになって、活気が感じられるようになることが期待できる。住所は目黒区青葉台4丁目でも渋谷校というのは、このあたりを渋谷と呼んだ方がわかりやすいということだろう。神泉駅から住宅地を通り、旧山手通りの神泉駅入り口交差点を渡り、高層マンションに挟まれた道を歩く通学路には、渋谷の街のイメージはない。

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