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2012年10月

神泉にワインアパートメント(12-10-25)

神泉仲通から旧山手通りにぶつかるところにワインアパートメントが建設中だ。神泉仲通と旧山手通りの両方に面する場所にあたる。
「地下にワインカーヴ、一階にワインレストラン、管理人はソムリエ。ワインラヴァーズのためだけの賃貸マンションを創ります」というのがコンセプトだ。地上10階地下1階の建物で、1階はワインレストランになる。ワインカーヴは1万本のワインの貯蔵スペースがあり、そのアパートの18戸の入居者に提供することになる。1戸の専有面積が約42㎡から46㎡の賃貸だから、ワインを愛する欧米人がホテル感覚で滞在することになるのだろうか、ずいぶんとユニークだ。
代官山・南平台と松濤の高級住宅地の中間に位置し、下町の賑わいのある場所ということが評価されたのではないか。タクシーを使えば首都高の入り口がすぐなので、便利さにおいて都心に劣ることもないだろう。
神泉駅には「駅ワインしませんか」というキャッチコピーで、11月1日にワインバーが誕生する。裏渋谷というよりも「神泉駅からの街」ということで新たな地域ブランディングが行なわれることを期待したい。

旧山手通りから見た工事現場
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神泉仲通から見た工事現場
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現在地下を工事中
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目黒天空庭園の公開(12-10-23)

10月20日に大橋ジャンクションの屋上にある来年3月開園予定の空中庭園に「目黒天空庭園」の名前がつけられ、見学会が開催された。新聞にも写真入りで大きく取り上げられ、東京新聞では1面に掲載された。
庭園の面積は約7千㎡で、1周400メートル、幅16メートルから24メートルの回遊路が地上11メートルから35メートルの高さを結び、24メートルの高低差をもつ。
「目黒のさんま”の愛称と並ぶ“目黒の天空庭園”と呼ばれ、多くのかたに親しまれる魅力ある公園にしていきたい」というのが目黒区長の挨拶。ジャンクション屋上の公園は全国初とのことで注目を集めたいところだが、観光バスの立ち寄りは想定していないらしい。視察団はタクシーで来ることになるのか。東名高速から東京の入り口にあたる場所だから、修学旅行の生徒が立ち寄ってもよさそうなものだが、そのようなことも想定外なのだろう。ホンネはそれほどのものではないということなのか。

読売新聞には「この辺りは緑が少なかったので、お年寄りや子供が集うのにちょうどいい」との近所の人の談話が紹介されていたが、目黒区の中では緑に恵まれているのが北部地区で、公園も菅刈、東山、西郷山、駒場野、駒場と集中している。目黒区の公園を担当するのはみどりと公園課。立派な公園であれば、手間も費用もかかるはず。だからといって要員や予算を増やすことは考えにくい。その分既存の公園にしわよせが来ることは避けられまい。例えば、公園の草刈の頻度が減らされているということが既におきている。多くのかたに親しまれるということを期待すると、担当部署の職員の負担は増すばかり。公園でのボランティア活動にも制約があるという。

一番の心配は台風の影響。住民参加の検討会で念を押されていた懸念事項となっていた中、高木・中木が千本あるという。台風で木の枝が折れることはいうまでもない。屋上から下に落ちないように配慮をするとのことだが、不安はぬぐえない。千本の木々の剪定には当然コストがかかる。屋上から下に降ろす分、そのコストは普通の公園並というわけにもいくまい。観光名所になるならば、それなりの予算措置もできるかも知れないが、観光バスで連れてこないで観光名所にすることができるのだろうか。

開園してから、たとえば20年というスパンで、想定される利用の姿は何通りも考えられるだろうし、木々は確実に大きくなる。税収が拡大するとは考えにくい中、公園は多くのかたに親しまれると共に、その管理について関心をもってもらう必要がありそうだ。

10月26日(金)午後6時半から公園の利用と管理の検討会が菅仮小学校で行なわれる。

目黒区の発表
http://www.city.meguro.tokyo.jp/gyosei/koho/hodo_news/20121022/index.html
東京新聞に掲載された東京新聞社撮影の写真
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20年後の渋谷(12-10-18)

渋谷駅の再開発計画が進められている。その一歩が来年3月の東横線の副都心線との接続で、西武池袋線と東武東上線との相互乗り入れも行われるようになるのだろう。川越や所沢から横浜に出るのが便利にもなる。

東横線が地下にもぐると、地上にある東横線の渋谷駅が不要となって解体される。その跡に埼京線の線路とホームを用意することになるのだろう。解体してから高架線工事となろうが、地下鉄銀座線のホームを明治通り側に移す工事並行して行われるのか。工事の発注元がJR東日本、東急、東京メトロとなるわけで、それぞれ別の工事となるはずだ。

駅の工事だけではなく、その後は駅前広場とビルの建設がある。東棟、中央棟、西棟の3つのビルが計画されているが、更に東急プラザの建て直し、桜ヶ丘と東口の渋谷警察の向かいにも高層ビルを建築するようだ。

いずれにしても多大な建設資金を必要とし、投資の回収見通しを立てなければならない。そのためには、20年後の渋谷がどのような位置づけなのかの説明もされるのだろうが、それがどのようなものなのか。当てにしていたかもしれない中国も今や期待できまい。

20年後に焦点を合わせた渋谷駅の巨大な再開発について、それで東京の中での渋谷はどうなる、ということがこれまで伝えられていないようなのだが。

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菅刈住区まつり(12-10-13)

目黒区には22の住区があり、それぞれが住区センターと称する公共施設をベースに自主的な活動を行なっている。その一つが菅刈住区で、青葉台、大橋の地域をカバーする。
今日は菅刈住区まつりを菅刈公園でやっていた。最高の気候と天気にめぐまれ、菅刈公園の芝生を舞台にいくつかのテントで子供向けのゲームやバザー、芋汁の販売などがあり、起震車での地震体験や、本物の火を水の入った消火器で消す体験もできた。
NPO法人菅刈ネット21という組織が住区住民会議とは別にあって、菅刈公園での農業体験などをしている。規模的には駒場住区のこまばの祭りを下回るものの、全体の様子が良く見えて、さわやかなイベントになっていた。

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起震車の体験
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駒場公園と旧前田侯爵邸洋館(12-10-11)

駒場公園は駒場農学校から帝国大学農学部であった土地の一部を、加賀百万石の前田侯爵家が本郷にあった屋敷を帝国大学に譲り、その代替地として屋敷にした敷地である。駒場農学校の最初の校舎があった場所でもあるのだが、それについての表示は公園内にはないようだ。

前田侯爵邸の洋館が完成したのは1929年。1945年には米軍に接収され、1975年から目黒区立の公園となった。洋館は2002年まで東京都近代文学博物館として利用されていたが、その後、土・日・休日のみ一般公開されるようになり、現在は原則月・火曜を休館として無料公開されている。

建物は古くても、現在のような形で公開されるようになってからは日が浅い。そのせいか、また、目黒区の管理であるため、隣接する渋谷区や世田谷区の住民に対するPRも乏しいのだろう。目黒区民のための見学企画はあるけれど、何ら制約がないとはいえ、渋谷区や世田谷区の観光ルートからは排除されているようだ。また、一般の公園としては、開園と閉園の時間がある上、休園の日があるから利用しづらいということもあるのだろう。
そんなことで現在は利用者が少ないけれど、広域ウォーキングのコースとしても、これからもっと注目されてよい。

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栄通りの工事が最終段階(12-10-10)

10年以上にわたる渋谷区道の栄通りの拡幅工事は、急いだからといってどれほどの効果があるのかということからか、用地買収に時間がかかり、工事が最終段階に入ったのは2010年の夏。それから2年たってようやく電線地中化の工事もできたようで、いよいよ歩道の工事に入る気配となっている。来年3月には竣工の予定なのであと5ヶ月余りで工事は終わることになる。そう思うといささか感慨深いものもあるけれど、完成してしまえば工事中の様子など忘れてしまうものだ。現在の写真と2年前の写真を掲載しておく。来年の今頃は並木道になっているはずなので楽しみだ。神泉駅からの大人の散歩道として脚光を浴びるようになってほしい。

2年前の最後の用地取得時点
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道路の地下の工事を終えた現在
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気になる渋谷駅の工事(12-10-5)

東京駅丸の内駅舎の復元工事が終わり、丸の内が観光名所として脚光を浴びている。渋谷ではこれから2027年に再開発ビル3棟をすべて完成させるスケジュールで渋谷駅街区再開発事業が具体化するようだが、その工事は東京駅以上の難工事となるはずだ。事業主体は東急、JR東日本、東京メトロの3社。それぞれの都合があるだろうし、資金調達や費用負担などの取り決めでも苦労を察してしまう。

特に難しそうなのが山手線のホームの工事。早朝4時半から夜中の1時までの間は乗客のホーム利用を当然の前提としての工事となる。イメージ図では山手線と埼京線のホームを2本並べるということになっているが、どのような段取りにすれば可能なのか。現在の東横線のホームがあるところに埼京線の線路を敷設する工事から始めるとすれば、まず東急が東横線渋谷駅と東横店東館のある土地を更地にすることが必要だろう。そのためには東横店東館の中にある地下鉄銀座線のホームを移さなくてはならない。ホームを明治通りの上に作る工事を先行させるとして、井の頭線からの連絡通路をどうするのか、といった具合に頭の体操はいろいろできる。

いずれにしても、来年3月15日の東横線地上ホームの使用終了と、3月31日の東横店東館の営業終了から渋谷の新しい歴史が始まる。20年間の大工事期とでもいう時代か。それでも駅構内はともかく、この2~3年の間は、少なくともハチ公前広場からの景色についてはそれほどの変化はなさそうである。

工事中の吉祥寺駅は将来の渋谷駅の姿を想像させる。
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神泉駅からの街(12-10-3)

井の頭線の神泉駅は、渋谷の隣の駅でありながら、線路が地下なので駒場でトンネルを出るまで神泉駅横の踏み切りしか見えず、また駅周辺の見える範囲も極めて限られている。そのため慣れない人には利用しにくい駅になっているようだ。距離的な違いがあるとはいえ、東横線で渋谷駅から一駅の代官山駅はガイドブックなどで紹介されることが多いのに対し、神泉駅の周辺が街として扱われることはほとんどない。

神泉駅を中心にしたタウンガイドがあれば、個性ある店を渋谷の喧騒を避けながら探訪し、利用することができる。起伏に富んだ地形の中に点在するこれほど多くの店を訪ねる楽しみのある街を他に知らない。
ここに商店街組織でもあれば、街のガイドマップを作るのだろうが、そのエリアには円山町会と神泉・円山親栄会といった歴史ある組織があるものの、いずれも神泉駅を中心にした商店街というわけではない。神泉駅を中心とするエリアが脚光を浴びるようにする努力は恐らくされたことはないのだろう。もしかしたら円山花街の時代にはそのようなことがあったのかも知れないが、神泉駅の駅舎が現在のようになったのは1996年のこと。それまでは踏み切りの横に改札口があるだけで、しかもホームが短く、5両編成の電車の2両はドアが開かないという状態だったから、駅の存在など意識されなかったのかも知れない。
しかも、その神泉駅は住宅地と花街・ホテル街の境界にあるという特殊性もあってか、その両方を一つの街として見ることはできなかったのだろう。

しかしここ数年はこの地の古いイメージとは違うタイプの飲食店が増えている。そうした傾向が見えるようにするガイドマップがあってよい。そんな趣旨から飲食店から発信されている情報を反映させるような画面を作ることにした。
いつまでにまともな形にするのか決めているわけではないが、いろいろ試しながら作業を進めていく予定だ。いずれは商店会のようなイベントができるようになることを目指している。

http://www.shibuya-west.com/shinsenarea.html

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神山町西交差点(12-10-1)

山手通りと東北沢へ向かう航研通りと呼ばれた道路との交差点が「神山町西交差点」と名付けられたようで、信号機にその表示されていた。かつては三叉路と呼ばれていて、その名の店が今も営業を続けているのだが、いつからか、交差点には名前がなくなっていた。東大裏というバス停はあっても、それが交差点の名称として少なくとも正式には使われてはいなかったのではないか。どのような経緯で「神山町西」その名になったか、都道なので東京都のしかるべき部署に聞けば分かるのかもしれないが、「富ヶ谷2丁目」と「松濤2丁目」の交差点の間なので「神山町」の町名を使ったものとの推測ができる。「松見坂」とか「三角橋」といった歴史ある交差点の名前には親しみを感じるにしても、町名の交差点の方が大体の場所が分かりやすいというメリットがあるのかもしれない。
いずれにしても、この大きな交差点に名前がついたことは歓迎されるべきことだろう。

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何のためか分からないスペースが交差点にある
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