渋谷の観光案内に必ずといってよいほど掲載されるのが「名曲喫茶ライオン」。店の前を通っても中に入る人はどれだけいるのか。いつも常連と思われる客が10人余り、スピーカーに向かってクラシック音楽を聴き、本を読んだりしている。おしゃべりをするわけにいかないし、いつ帰るかということもあるだろうから、人と一緒にということは難しい。何しろ二人並ぶと窮屈だという席になっている。現在は1階と2階だけだが、かつては地下も3階もあった。すべてが50年前にタイムスリップでもしたかのような店内で、小金井の江戸東京建物園にでも移転した方が人気が出るのではないかというものだ。
「ライオン」の魅力はクラシック音楽を静かな環境で聞くことができるということ。椅子の高さや飲み物も昔のまま。注文したソーダ水は緑色だった。メロンソーダということか。昔はその上タバコの煙がもうもうとしていたはずだから、現代の飲食店の環境は、50年前より改善されているということが分かる。特に40年前のものと思われるトイレの落書きが、その狭さと共に印象的だ。駅前の「のんべい横丁」と同時代の店のスタイルといってもよいだろう。
ただ、いくら雑誌に紹介されても、道玄坂から「ライオン」に行くまでの道には、そこを通ることに躊躇させるものがある。千代田稲荷神社への参道であるにもかかわらず、無料案内所の大きな看板が並び、その前に人が立っているのだから。
「ライオン」のある百軒店はかつては渋谷の中心となる繁華街だった。ジャズ喫茶の多い街としても知られていた。しかし、20年ほど前から人の気配が少なったという。風評被害を受けていると言われるが、良い店が多いだけに残念だ。若い客を表通りのチェーン店の居酒屋に取られてしまったこともあるという。これに対して数年前には学生が中心になって客を呼び寄せる試みもあったのだが、今ではホームページの更新も止まっている。若い人よりオヤジの街としてアピールした方がよいのかも知れない。「のんべい横丁」をまるまる移転させるようなこともあってよい。
渋谷区は観光に力を入れるようだが、百軒店が新宿の「ゴールデン街」のような街になれば、円山町方面と一体になって、魅力的な飲食と音楽の街ができるだろう。迷路の坂道は国際観光地となるにふさわしい。
インターネットで情報を共有し、このエリアのPR活動を積極的に行なうことが手っ取り早い。店が情報発信をしているので、それさえつながればよいのだ。とりあえずは、危険神話を払拭する情報提供が何よりも必要なのだろう。
ライオンのコンサート・プログラム