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交流の場が変わる(12-2-1)

人が交流する場は時代と共に変わっている。その変化は関係する業者にとっては死活問題にもなる。料亭や高級クラブが現在もあるにしても、衰退していることはいうまでもない。そうした場を使うのには、それなりの理由があったわけだが、いずれにしても、それだけ多額の経費を投入する効果があったからだろう。経費削減が叫ばれる今の世の中でそうした費用の正当化は難しくなっている。料亭や高級クラブはともかく、ホテルのバーを毎日のように利用していたとして、総理大臣が庶民感覚からずれるとの批判もされた。大臣ならぬ庶民であればどの程度ならよいのか。交際費か会議費かの査定で世の常識を税務署が決めるようでもある。
個人ベースの交流でも、その性格によって場の使い分けがでてくる。情報交換が目的ならば、その費用は少ないほどよいという考え方がある一方で、ある程度の金額を払うことがステイタスということもあるかもしれない。お金を回すのは社会貢献でもある。しかしそれは時代や文化の価値観にもよるようだ。
いずれにしてもビジネス上の交流の場はさまざま。最低ラインは事務所内でコンビ二弁当など食べならの交流というものか。駒場町会や目黒法人会第1支部の役員会はそのレベルに近い。ところが人数が30人を越えるとなかなか会場がない。100人を越えるとより会場を探すのが難しくなる。人数が増えるとそれだけ交流の密度は薄まるのに会費は高くなるということになってしまう。政治家をはじめとして、組織の力を見せ付けるための交流の場と理解するしかないだろう。
昨夜参加した交流会、「諸諸サロン」の月次定例会は、費用という意味では最低ラインになるのだろうが、内容は充実したものであった。差し入れはあるものの、会費は千円で、会議室ではない事務所に机と椅子を動かして会場を作り、そこにビール、焼酎を口にし、簡単な食べ物をつまんで、その日の発表者によるメインのプレゼンテーションと参加者同士の交流をする。「光る繊維」と「羊腸のはなし」の2つが1月の演題であった。実質的な話というものはこうした場で生まれてくる。
そんな場を目指して3年前の2008年末にはじめた「渋谷WEST商店会」なのだが、残念ながらPR不足で参加者が増えていない。カネのかからない交流こそカネのかからない政治の第一歩とも信じたい。

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