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30回目の「こまばのまつり」(11-8-28)

今日は大橋氷川神社の例大祭で、駒場はお神輿で活気づく。陽射しが強いから熱中症に注意しながらのことになるが、昨年は駒場の神輿だけだったのが、東山など氷川神社関係の他の町は今年はどうなのだろうか。
しかし、祭りはそれでは終わらない。1ヶ月後の10月2日(日)に開催される「こまばのまつり」への準備が始まるからだ。「こまばのまつり」は駒場野公園全体に多くの団体がさまざまなコーナーを配置しての対応することになる。その準備も大変だ。
目玉はケルネル田んぼでのカカシコンクール。応募の受付から展示、片付けとまつりの後までの作業をごくわずかの町内ボランティアの手で行われる。

1978年に東京教育大学が廃校となり、駒場の農学部跡地で1981年に第1回のこまばのまつりが開催され、1986年にその地が駒場野公園として公開された。当時大学跡地を公園とするために国会議員をもまき込んだ運動が行われ、現在のような形になったのだが、その過程でのイベントだったのかも知れない。1981年にはケルネル田んぼを埋め立てて道路とする計画が目黒区から出されている。かかしは田んぼ埋め立てに反対するシンボルであったともいえないだろうか。そうして公園整備計画が1984年に出たようだ。その頃の目黒区議会議事録を調べれば経緯がわかるだろう。
その後、駒場野公園は淡島通り側に拡張され、2008年1月に開園したが、こちらもこの用地活用について目黒区から当初出された案はサッカー場の建設。住民の反対により公園となったものだ。

ちなみに、目黒区の駒場野公園のホームページには「駒場農学校はその後東京農林学校、東京帝国大学、農科大学等を経て、東京教育大学農学部となり、昭和53年に筑波へ移転しました。その移転跡地に造成されたのが駒場野公園です。」とあるが、これは誤りである。駒場農学校の本体は現在は東京大学農学部に引き継がれたのであり、ケルネル田んぼの名のあるオスカー・ケルネルの胸像は東大農学部構内にある。また東京教育大学は廃学となったのであり筑波に移転したわけではない。

筑波大付属駒場の裏情報サイトである「闇駒」の以下の説明が正確だ。 

駒場野公園は元々駒場農学校の敷地であった。その後、駒場農学校が度重なる改組を経て東京帝国大学農学部となり、現在の駒場野公園にあたる敷地も東京帝国大学の所有となった。その後、教員養成部門が独立し、一度改称を経て東京農業教育専門学校が誕生すると、その敷地も東京農業教育専門学校の所有となった。
その後、東京農業教育専門学校は他の教員養成機関と合併することで総合的な教員養成大学である東京教育大学になるが、その後の筑波移転に際して大学から分離することとなり、結果として目黒区が一部の敷地を買収し整備することで駒場野公園となった。なお残りの敷地の一部に大学入試センターが置かれている。

訂正:
「広報めぐろ」のバックナンバーで調べてみました。1981年は目黒区民まつりの一環として駒場公園で開催されています。「こまばのまつり」の名称になったのは2000年からです。ケルネルたんぼをつぶして道路にする案は当初あったのかも知れませんが、1979年時点で、国の筑波移転跡地小委員会は「水田・池はなるべく保存」という試案でした。その後防災上必要とのことで検討はされたようです。駒場野公園ができた1986年から会場が駒場野公園に移っています。
お詫びして訂正し、本日関係記事をアップしました。(2011年10月6日)

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