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2011年5月

菜食という選択(11-5-31)

反原子力発電の議論が活発だ。事故が起きる前にはマスメディアの多くがほとんど無視してきたことなのに、現在大騒ぎになっている。同様にといってよいのかどうかはさておき、菜食主義についての議論も日本では少ないようだ。原発や放射性物質のリスクと肉食のリスクとを比較してよいのかどうかはともかく、ビデオ映像によると肉食による癌にかかるリスクは相当高いようだ。
菜食主義者、ベジタリアンの人口はWikipediaによるとインドで31%、イギリスで9%、台湾で10%という数字が出ている。日本でも明治以前は菜食を基本としていて、精進料理というものもある。
菜食で充分な栄養素が摂れるばかりか、こんなよいことがあるという。
・健康・美容・ダイエットに役立つ。
・生活習慣病の危険因子も取り込まずに済む。
・アレルギーも改善される。
・食糧資源分配の不均衡。飢餓問題の解決策に繋がる。
・食の安全、食糧自給率の向上が齎されます。
・農業従事者増による新たな雇用にも繋げられます。
・温室効果ガスの排出や土壌汚染が少なく、環境負荷が少なく、もちろん酸素供給してくれる植物も増やせます。
というもの。
日本でも菜食主義についての議論がもっとあってもよいのではないか。こんな情報が松涛2丁目交差点近くの菜食料理ファラフェルの店 Kuumba du Falafelの紹介画面にあったのでお店のPRをかねて。(頼まれたわけではないです)




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駒場に食品スーパー(11-5-30)

6月3日(金)午前8時に食品スーパー「まいばすけっと駒場一丁目店」がオープンする。東大前商店街の、こまばアゴラ劇場の隣、3月末までコンビニのあった場所が、食品スーパーとして生まれ変わることになったのだ。コンビニサイズだからまさにミニスーパー。
「まいばすけっと」はイオングループの展開する店で、特に品川区、大田区、世田谷区、目黒区で急速に店舗数を拡大している。
駒場からはスーパーが遠くて不便だということがこれまでしばしば言われてきたが、これで長年の不満が解消されるのではないか。食品の買い物には類似商品の品揃えは日常生活ではそれほど必要としないから、大型店でなくとも用は足りるはず。円山町のマルエツプチより面積は狭くなるが、近い方がよいということになりそうだ。開店の日限りの特売品も用意されているし、とりあえずどんな店なのか調べてみようと、オープンの日には多数の買い物客が集まるだろう。
近所の店も通りに人通りが増えるということで歓迎と聞く。東大前商店街に賑わいが復活すれば、他にも新しい店舗ができる可能性もある。

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ベルサール渋谷南平台(11-5-29)

高級焼肉の叙々園が、南平台町のカトリック教会の斜め向い、旧山手通りを挟んだ青葉台側にある。住所は青葉台2丁目。なのにその店名は代官山店となっている。代官山駅からは遠く最寄り駅は神泉駅となるが、代官山の散歩コースということになるのか。旧山手通りは神泉町交差点まで代官山イメージのようである。

すぐそばで建設中の住友不動産渋谷南平台プロジェクトと呼ばれていた高層ビルは、渋谷ガーデンタワーと名づけられた。神泉町交差点にあっても、南平台町だから神泉町とはつけられず、南平台ガーデンタワーでは分かりにくいということなのか。渋谷南平台タワーとか渋谷南平台ガーデンタワーとかも候補に上がったことだろう。いずれにしても、いくつかの候補の中から検討の結果である。

そのビルの1階と地下1階はイベントホールで、ベルサール渋谷南平台(仮)として申し込みの受付を始めている。ベルサール渋谷ファースト、ベルサール原宿が同じ住友不動産の施設としてあるが、この渋谷南平台は(仮)がとれるだけなのか。ベルサール渋谷セカンドも例として候補には上げられていそうだ。

叙々園代官山店は今年の3月にリニューアルオープンして、テイクアウトをはじめた。来年5月には渋谷ガーデンタワーの事務所からの注文もあることだろう。神泉町交差点は渋谷と代官山の交差点なのかもしれない。

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目黒大橋街づくり応援歌(11-5-28)

大橋ジャンクションができて1年を経過しているが、地域社会にとっては巨大な建造物ができただけのこと。道路の様子は全くうかがい知ることもできず、工事中の時と何が変わったというわけではない。平成25年の1月に竣工予定の地上42階のタワーレジデンス、クロスエアタワーが、大橋ジャンクション屋上にできる庭園とつながることでようやく街が変わる。クロスエアタワーの総戸数は689戸。2階にスーパーマーケット、9階に目黒区北部地区サービス事務所、目黒区立大橋図書館、目黒区北部包括支援センターが入って、そこから屋上庭園に出ることになる。ジャンクションの内部の地上の広場は特に使い勝手がよさそうなので、2年後の花見時に向けて期待が膨らんでいることだろう。
そんな期待をあらわしているかのような街づくり応援歌がある。大橋の写真があらゆる角度から撮られていて街のイメージが伝わる。このような歌が、あちこちの地域で気軽にどんどん公開されるようになってほしい。

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渋谷ガーデンタワーの街(11-5-27)

東名高速からの首都高速渋谷線の下を走る国道246号線と旧山手通りが交わるところが神泉町交差点。その角に地上24階建ての巨大なオフィスビルが来年5月に竣工する。住友不動産のホームページには、「住友不動産渋谷ガーデンタワー ビル周辺に2500㎡の”渋谷の庭園”を持つ、ワンフロア500坪超えのハイグレードビルです」と紹介されている。道路に面してピロティがあり、その奧に南平台町に抜ける庭園ができる設計だ。

そこから国道246号線を200メートルほど大橋方向に向かう途中にある「住友不動産青葉台タワー」にも1600㎡の庭園があり、更に大坂橋を渡る200メートル先には、2013年2月に、地上42階建てのタワーマンション「クロスエアタワー」が完成して、そこから大橋ジャンクション上の7000㎡の空中庭園につながる。

いずれもガーデンタワーといえるのかもしれないが、こうした超高層ビルに付属する庭園が国道246号線に沿って作られるのに対し、旧山手通りは道路自体が庭園のようでもある。重要文化財の旧朝倉家住宅、猿楽塚のあるヒルサイドテラスからはじまり、今年の夏に誕生するCCC代官山プロジェクト、西郷山公園からマレーシア大使館へと続く並木道は緑豊かだ。

渋谷ガーデンタワーを越えてから旧山手通りと分かれる淡島通りの松見坂も緑の中央分離帯が印象的。そして来年春には、松濤2丁目交差点からの栄通りがBunkamuraまでの並木道となっているはず。だから、渋谷ガーデンタワーをランドマークとする街を「渋谷WESTガーデン・ヴィレッジ」とするのもよいかもしれない。
一方で、渋谷ガーデンタワーに大規模なイベントホールができるので、道路の混雑は避けがたいだろう。神泉町や松濤の住宅地内を迂回する車が増えることも懸念されている。だからこそ、緑豊かなまちづくりの努力が必要とされるのではないか。

工事中の渋谷ガーデンタワー
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住友不動産青葉台タワーの庭園
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松見坂
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松涛バラ会を立ち上げよう(11-5-26)

松涛という街のイメージにバラは似合う。高級住宅地だから庭やテラスにバラを咲かせているお宅なら多分何軒もあるのだろう。しかし街全体にバラの花が目立つほどではない。駒場だと、駒場バラ園をはじめあちこちにバラが見られるのに、と思うのは単にどこにあるかを知っているからだけのことなのか。

バラには花束などの切花用と植栽用とがあって、別の品種になる。切花はどこでも売っているが、苗はその気にならないと買えないものだ。育てるのも簡単ではない。だからなかなか栽培されないのだろう。しかし管理のポイントさえ分かれば、5月から11月まで断続的とはいえ楽しめるのがバラの花。世話をする人さえ集まればバラの街が実現する。

栄通りのガレットリアの裏で一株のバラを見つけた。日当たりの悪いところによくぞ、というもので、気づいている人も多くはなさそうだ。現在工事中の栄通りは、今年中には整備が完了するだろう。魅力的な散歩道になるから、将来はその道のあちこちでバラの花が見られるようになってほしい。苗を植えるのは今年の12月。それまでに興味のある人達に関心をもっていただこうという手順だ。来年の今頃には松涛のバラとして知られるようになることは夢ではない。

松涛に咲いているバラ
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松涛2丁目交差点の栄通り
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1年後の栄通りは緑の散歩道に
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新宿 甲州街道沿いのバラ
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街の中でもバラは似合う
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ボランティア案内所(11-5-25)

このブログで駒場バラ会によるバラを紹介しているが、これらは会員ボランティアの努力があってのもの。自主的なボランティア活動なしにはこれらの花を見ることができないのだから、その社会貢献は素晴らしい。脱血縁、脱地縁、脱社縁のボランティアグループがこうした花を咲かせているのである。駒場野公園で活動するボランティアグループは、他にもいくつかある。公園はともかく、街に花を咲かせることは税金では不可能だ。花のある街を望むならボランティア活動をするしかない。

とはいえ、花に限らず、どうすればボランティア活動に参加できるのかは分かりにくい。町会もボランティア活動なのだが、これは地縁がベースにあり、何世代もの付き合いのある人たちの世界であるという印象は免れない。その他のボランティア活動でも、新しいメンバーが参加しやすいとは限らない。

そうした敷居の高さを乗り越えることができるように、ボランティア活動の案内所のようなものがあるとよい。事務所を構えれば経費がかかるから、喫茶店がそんな機能を果たせるようになればよいのだ。そこで情報交換をすれば、立派なボランティアネットワークができる。喫茶店のマスターが希望者の適正を判断して紹介したりしなかったりするということになるだろう。公的な情報もそこに行けばわかるようにすればよいわけだ。常連客がマスターを手伝うことにもなる。

以下は個族を生き抜く技法と作法と題する講演。家族と死別してお一人様になるリスクを背負うのだから、それに備える必要があるというものだ。ボランティア活動は孤立しないための技法ともいえる。

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静かな渋谷(11-5-24)

3.11から2ヶ月以上経過したが原子力発電所の不安が社会に与えている影響は大きい。ニュースといえば放射能汚染の心配に関するものが多く、これが解決されない限り、渋谷に元気は帰ってこないのかとも思われる。

雨上がりの午後、109前、センター街、ディズニーショップと、平日だからとはいえ、渋谷らしくないとの印象から免れなかった。センター街に「ベルシュカ」、公園通りに「シェルター」、といった話題店が、この4月つぎつぎにオープンしているのだが期待はずれなのではと懸念する。渋谷ヒカリエも東京スカイツリーもこんな空気の中で、1年後にオープンを迎えることになってしまうのではないかと気がかりだ。

Bunkamuraは7月4日から12月22日まで改修工事のため休館となる。その記念コンサートに外国人アーティストが来てくれるかどうか、招聘する立場にある人はさぞや大変なことだろう。

節電の中で迎える今年の夏。渋谷への人出がどうなるのか。店の経営者は売上減を見越して支出を抑えることを余儀なくされそうだ。

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90歳の渋谷(11-5-23)

渋谷は若者の街である。大人には魅力がないようなイメージもある。しかしそれも90歳にまでなると、そんなことは気にもならないようだ。
渋谷駅西口バスターミナル前にある渋谷東急プラザを訪れる高齢者は少なくない。バスの乗降場からすぐだから、バスで来る人には一番便利だし、電車の駅からも迷わずに行ける。地下の渋谷市場で買い物する高齢者は多い。

その渋谷東急プラザの9階にある10軒の飲食店はロシア料理のロゴスキーなど、古くからの店ばかり。なかでも、昔風の甘味を提供する「麻布茶房」、関西料理の「いらか」は高齢者にとっては落ち着ける場所になる。
その「いらか」は今年90歳になる女性たちのクラス会の会場にもなっている。数年前から春と秋にそれぞれ1回定期的に開催されているのだ。埼玉県から来る人もいるそうだ。その世代になると、センター街も109も知らないだろう。彼女たちは千代田区の女学校の卒業生で、以前は銀座でやっていたそうなのだが、渋谷の方が気に入られているらしい。銀座の格式が高齢者には重すぎるということも考えられないではない。

「若者と高齢者のまち渋谷」というと、冗談のようではあるが、そんな側面もあるのかもしれない。

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新宿で写真展(11-5-22)

5月30日(月)まで新宿西口エルタワー28階のニコンサロンで今年の酒田市土門拳文化賞受賞作品「うらうへ」の展示がされている。昨年2月に写真集が発行され、やはり新宿で写真展を開催していたが、今回はスペースの関係で、若干点数を減らしての出展となったもの。

「うらうえ」とは表裏の意味とのことで、日常的な水をテーマとした写真群を心象風景と表現し、幻想的な世界を演出している。さまざまな場所で撮影したものだが、そこがどこなのかということは問題にはならない。

絵画や写真などを鑑賞できる場の多いのが東京であり、渋谷周辺にもそんなギャラリーのスペースは多い。アーティストによる発表の場がより分かりやすくなり、訪れる人がもっと増えていくことが望まれている。一方で渋谷イメージはギャラリーには似合わないようでもある。渋谷をイメージチェンジするか、松涛、神泉、南平台といった地名を独立させるかということになりそうだが、代官山のように渋谷から独立した周辺地区が多くあった方がよさそうでもある。

「うらうえ」を発表した写真家の市川恵美さんは、TSUTAYAが提唱するプレミアエイジと呼ばれる世代の上の方に属する。趣味で写真を始めた人なのだが、これからの一層の活躍を楽しみにしよう。

またプレミアエイジに抵抗感のない、新しい街のイメージをつくって渋谷とは別の名前で展開する必要性を改めて感じる。渋谷WESTは当初から渋谷とは違うとしてきたが、もっと違いを分かりやすくしていくことにする。

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パソコンとインターネット(11-5-20)

インターネットはパソコンの世界から誕生した。パソコンを使いこなす人だけがインターネットへのアクセスが許された時代がこれまで15年ほど続いた。しかしもうこれからは違う。インターネットテレビもあるし、スマートフォンでもいい。スマートフォンより大きいiPadのようなタブレット型の機器も人気が出ている。
パソコンとインターネットは別のものなのだ。そうしてこれからインターネットがほぼ必須となってくると同時に、パソコンは今や必須ではなくなってきたといえる。今更パソコン講座?ということなのではないか。少なくとも、今までパソコンを使う必要のなかった人たちがパソコンを始める理由はよくわからない。タブレット型の端末を使うことが推奨なのではないか。
パソコン講習のプログラムをそれほど簡単に変えられないということもあるかも知れないが、今やPicasaで写真を共有したり、グーグル・ドキュメント、YouTubeへの動画のアップといったことが、エクセルよりは役立ちそうだ。何よりも、ツイッターを読んだり、ニコニコ動画を見ることがインターネットの面白さといえよう。
そんなことのためにパソコンを覚える必要はない。携帯電話を置き換えるスマートフォンで十分だ。今やメールは携帯電話を利用する人が多いし、添付ファイルもグーグル・ドキュメントでその機能が果たせる。「パソコンで苦労するのはやめましょう!」といっている。

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バラのまち駒場(11-5-19)

昨日のブログで紹介した「プレミアエイジ」という言葉に似合うのがバラの花。バラの花束なら若い女性にも喜ばれるだろうが、地面に植えられたバラとなるとなかなか難しい。経験を積まないと楽しむことができないものだからこそプレミアエイジのものなのだ。

バラは立派に育てて自慢するものとの考えが多いと聞く。バラコンクールというものもあちこちで行われているが、自宅や別荘を何年もかけてバラで埋めるのが高級な趣味なのだろう。
その一方で、無料で見ることのできる公園のバラというのはそれほど多くない。代々木公園にはバラ花壇があるけれど、維持費がかかるだけに税金の投入は難しい。バラの管理は通常の花壇の管理をする業者ではできないともいわれるし、トゲが嫌われるとも聞いた。それでも緑地の少ない荒川区では、都電の沿線にバラを植えているが、これは荒川バラの会という地域住民の活動に支えられてのことだ。

駒場のバラは純粋のボランティア活動で行われている。駒場バラ園の伝統を後世に伝えようということからの自主的なものだ。その駒場バラ会は発足してからまだ5年。駒場公園・駒場野公園という目黒区の敷地と東京大学の敷地を借用しての活動で、それぞれに見事な花を咲かせるようになった。毎週の手入れの賜物である。

明日20日は、駐日イタリア大使による駒場キャンパスで講演がある。正門横のバラ花壇を見ていただき、昨年5月のローマ・バラ国際コンクールで、日本で作出されたバラが金賞に輝いたことが話題になるかどうか。バラはそれぞれの名前のつけ方からも文化のシンボルであり、名前そのものも楽しむこともできる。たとえば駒場野公園のメアリー・マグダレンとは何のことか、などなど。

東大駒場Ⅰキャンパス正門横「バラの小径」
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「バラの小径」
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駒場公園洋館
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駒場公園洋館から
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駒場野公園拡張部分管理棟前花壇
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脱渋谷(11-5-18)

50歳から65歳の「プレミアエイジ」は大人を変える大人。そんな人たちをターゲットにするのがTSUTAYAを展開するカルチュア・コンビニアンス・クラブのCCC代官山プロジェクトだ。5月5日にもこのブログで紹介したように、森の中に4千坪のカフェと呼ぶ場を作る。

7月末には旧山手通りのカフェミケランジェロの向かいにTSUTAYAの大型店舗の部分が完成し、8月末にその後側の専門店群が完成するというスケジュールとなっている。それからすると、全体が公開されるのは10月になるのだろうか。そのころにはプレミアエイジという言葉を流行語にするだろうし、プレミアエイジの人たちを呼びこむPR活動が積極的に展開されそうだ。重要文化財の旧朝倉家住宅やヒルサイドテラスがその中で改めて脚光を浴びるであろうこともいうまでもない。

TSUTAYAの巨大プロジェクトに引きずられて、周囲への波及効果も期待される。すでにそれを見越した建物もできている。TSUTAYAで完結することのない緑のリゾートとしての代官山。それは同様に栄通りがリニューアルされる松涛にも当てはまる。国道246号線を挟んで、旧山手通り沿いにプレミアエイジの街が競いあうということになるのが理想なのかもしれない。より多様なプレミアエイジの人たちが集う街として、その中間にある神泉町から円山町にかけての狭い迷路からなる下町的な街並みも貴重であるはずだ。代官山と松涛が洋式の街とすれば、神泉町・円山町は和式の街となる。

渋谷というイメージから全く離れた街としての代官山・南平台・松涛。オトナの渋谷などというのは多分30代の女性を対象にしてのこと。プレミアエイジはやはり渋谷という地名には似合わない。

右がCCC代官山プロジェクトの工事現場。左がテナント募集中の建物。
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松涛ブランドを考える(11-5-17)

渋谷には、若い、子どもの街、というイメージがつきまとうようだ。人通りが多く、うるさいともいわれる。奥渋谷とか裏渋谷、オトナの渋谷といっても結局は渋谷でしょ、ということになってしまう。それが代官山となると全く違う街のイメージになるからおもしろい。

しかし松涛であれば代官山同様の響きとなるが、代官山ほど街としての印象は強くない。また、Bunamuraの住所は松涛にあっても、文化村通りが渋谷駅からなので、渋谷にあるという印象を与えてしまいがちだ。

松涛は高級住宅地であり、その住宅地内には出店できない。それでも神山商店街への道や栄通りには店舗が並ぶ。栄通りは東急本店通り商店街となっていて、街路灯にはその表示がされている。東急本店通りはBunkamuraができる前には渋谷駅前までそう呼ばれていた道だ。東急本店通りでは渋谷の延長になってしまうことになる。だから、松涛郵便局の交差点から先は渋谷ではない、という宣言があった方がよい。渋谷ではなく松涛だと。

松涛郵便局交差点のファミリーマート地下にある「サラヴァ東京」から先は松涛だとしなくてはならない。タカギクラビア松涛サロンのカフェも5月20日(金)にオープンする。松涛という街のイメージがだんだんできてくる。そのための地図づくりプロジェクトをはじめることにしよう。

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地域へのリアルタイム広報(11-5-16)

行政機関によるインターネットでの情報提供は、インターネットを使えない人に不利益があってはならない、というのがインターネットを使えない人たちの考え方のようだ。そういう人たちに政治力があるのが現在の日本社会なのだろう。だから不公平にならないよう、紙以上のサービスは提供しない、という約束があるかのようにもみえる。

区議会議員のメールアドレスやホームページが自治体のホームページで閲覧できる例はまだ少ない。インターネットを使う人が自治体に対する関心が乏しいという事情もあるのだろう。

「目黒区イベントニュース」という目黒区のメールマガジンには、紙の区報からの抜粋ということが明記されている。紙の区報の読者が古くからのお客様で、そのお客様の知らない情報がインターネットという手段で流されることは、古くからのお客様のご機嫌を損ねるということになるわけだ。しかも区報が5月15日号で、メールニュースが5月16日号だから、区報より先に情報を流してはいけないということからと推測できる。

それでは地域対象のFMラジオができたとしたらどうなのだろうか。区報で伝えない情報を区報より先に提供することができるのだろうか。

区議会議員の役割は区報より先に支持者に情報を伝えるということがあったとしてもおかしくない。区報に乗らない公開情報を区議会議員が特定の支持者への伝達役になるということがあるのかも知れない。

インターネットにしろFMラジオにしろ、リアルタイムで区政に関する情報が伝わることは、議員と同じ情報を住民がもつことになり、議員は情報を伝える立場から住民に意見を言われる立場になってしまう。住民の知らない情報を持っていることが議員の特権であるとすれば、それを手放すことには抵抗があるだろう。

しかしリアルタイムでの情報共有は世界の趨勢だ。これを避けるか積極的に取り組むかで、地域社会のあり方すら変わるだろう。区議会の議員さんには考えていただきたい。

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神泉駅からの街(11-5-15)

14日の東京新聞に界隈ルポとして渋谷が紹介されていた。それも渋谷駅は若い人ばかりだから敬遠して神泉駅で降りて、という作家の関川夏央さんの案内による円山町、神泉、松涛エリアが対象だ。渋谷駅周辺の混雑を敬遠するオトナのための渋谷といってもよいだろう。

東横線で渋谷駅から一駅の代官山駅と較べると、井の頭線で一駅の神泉駅は話題になりにくかった。ホームはトンネルの中だし、トンネルの上と下に出る3箇所ある出口は、いずれも見通しが悪く、その先どこに続いているのかがわからない。駅舎の建物は個性的なのだが、その割には印象が薄くて利用者が少ないようだ。渋谷から簡単に歩けるということもある。

そんな神泉駅でもそろそろ脚光を浴びるようになりそうだ。Bunkamuraと山手通りを結ぶ栄通りの拡張工事が進み魅力的な店の出店が続いている。大人の渋谷は雑踏を避けて神泉駅から、ということになるはずだ。更に、百軒店も含めた、神泉駅を中心とするエリアプロモーションもあるとよい。現在「代官山オトナTSUTAYA計画」が進められているが、それになぞっていえば、たとえば「神泉・HANAMACHI・エコタウン計画」ということになるのか。

円山町・百軒店と松涛のイメージは全く違う。神泉町も円山町とは違う街だ。これらの地域社会が一体となって街づくりをすることは考えにくい。だから、街づくり協議会などといった組織ではなく、ツイッターやフェイスブックといったソーシャルメディアによってつながっていくのがよいのではないか。店とお客が情報を共有し、それが街をつくっていく。区画整理などの時間のかかることはせず、既存の建物の内外装を工夫し、こんなところにこんな面白い場所が!というようにすればよいのだ。幸いその兆しは見えてきている。これからが楽しみだ。



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100周年を迎えた駒場ばら園(11-5-14)

駒場ばら園は明治44年(1911年)創業ということだから今年で創業100年になる。
100年前の駒場には井の頭線の線路はなく、東京帝国大学農科大学のキャンパスがその実験農場と周囲の畑が混在するかのように駒場一帯にひろがっていた。当時の大学の正門は、現在の山手通りから炊事門に向かう道と、枝光会駒場幼稚園の横を通って東大前商店街に出る道とに分かれるところにあった。正門の横の道が駒場ばら園に向かう道となっていたはずだ。さらにその下は空川が流れている湿地だったようだ。ちなみに、当時は山手通りも旧山手通りもなく、現在の文化村通りから続く栄通りが農大通りともいわれ、東北沢に抜ける航研通りへと続いていたのだ。

そんな環境であったから、駒場ばら園は農科大学内にあった各種農場の一つであったのかも知れない。明治11年(1878年)に開校した駒場農学校は当初からイギリス人、ドイツ人の教師により教えられていた。バラは食用ではないことから、産業としての農業教育の対象とせず、キャンパスに隣接させてバラの栽培をはじめたと想像できないだろうか。

明治44年はハチ公の飼い主として知られる上野英三郎が農科大学の教授となった年である。駒場ばら園と縁がなかったとは考えられない。大正14年5月21日に亡くなる14年の間、上野は頻繁に駒場ばら園を訪れていたことだろうし、大正13年から飼い始めたハチ公を連れて松涛の自宅から駒場ばら園にきていたことも想像できる。忠犬に異国の花であるバラは似合わないのかも知れないが。

昭和8年(1933年)に開通した井の頭線の線路で駒場キャンパスから分断されてからすでに80年近くになるが、今から45年ほど前までは駒場ばら園の目の前に踏切があって、松涛からすぐだった。現在はすっかりわかりにくい場所になっていて、途中で道を聞かれることが多いという。そのために大きな看板を出している。今そこに行くと、あたかも秘密の花園であるかのように、周囲に漂うバラの香りを楽しめるのだ。

今年は駒場ばら園にちなみ、バラ苗の提供を受けて発足した駒場バラ会の創立5周年である。それと同時に、駒場Ⅰキャンパス正門横の「バラの小径」と、駒場公園、駒場野公園、といった旧農科大学の敷地内にバラ苗を寄贈し、そのDNAを伝えることになった駒場ばら園が今年で100周年を迎えられていることを祝福したい。

駒場ばら園については
http://komabarose.exblog.jp/i19/
駒場キャンパスの歴史については
http://p.booklog.jp/book/21369

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東大駒場リサーチキャンパス公開(11-5-13)

6月3日(金)、4日(土)に東大駒場Ⅱキャンパスで例年のキャンパス公開が行われる。生産技術研究所と先端科学技術研究センターの研究室が公開されると共に、2日間にわたりさまざまな講演が行われる。11月に駒場Ⅰキャンパスで行われる駒場祭は、1・2年の学生の企画によるお祭りで、講演会も専門的なものはないのだが、これに対して駒場Ⅱキャンパス(リサーチキャンパス)の一般公開は研究室の発表となる。だから最先端の研究内容であり、しかも幅広い分野に及ぶので、科学技術の最新動向を見る上でも便利だといってよい。

数多い講演会からいくつかのものを拾うと、その多様さがわかる。
「日本のものづくり -世界のトップを走り続けるために-」「中東政治大変動のリスクとチャンス」「生研からの提言:東日本大震災からの復興と将来の巨大地震災害の軽減に向けて」「あなたの耳は大丈夫?-グラハム・ベルの電話器から最新の補聴器まで」といったものがあり、特にユニークなのはリビングライブラリー。
障害のある人やセクシャルマイノリティなど、誤解や偏見を受けやすい人たちが「生きている本」となり、30分ほどの対話の機会が与えられる。他の講演や展示とは性格が違うが、これを目的に来場する価値もある。

駒場町会の掲示板には案内のポスターが貼ってあるが、隣接する渋谷区や世田谷区はどうなのだろう。いずれにしても、来場者のほとんどは近所の住民ということではないはずだ。

http://komaba-oh.jp/

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山菜と蜂蜜(11-5-12)

昨日の夕方4時ごろ、パブリック松涛でコーヒーを飲んでいたら、店に山形から山菜を持参して客が来るとの電話が入った。着くのは夜の9時ごろということだったので、それに合わせて再訪することにした。

開店一周年を迎えるパブリック松涛は喫茶店なのだが、この一年で営業時間が午後3時からになり、開店当初にあったメニューの多くが消えた。カウンター席から見えるメニューのボードにあるのは「ひとつの理想と7席のカウンターテーブル 楽しい会話にメニューがないように」という手書きの文字。村上春樹のファンというこの店の臨時スタッフであるシェフ・カズキのサインが添えてある。メニューがないことの言い訳とも読める。

変化の激しい店なので、パブリック松涛で検索して出てくる「食べログ」や「ぐるなび」のクチコミ情報だと誤解を与えかねない。最新情報は店の公式ブログを見るしかない。午後3時に開く喫茶店。メニューは200円のエスプレッソと400円のコーヒー。それにカフェラテ、スムージーというのが定番。それ以外の喫茶店メニューがあるものと期待していくと裏切られてしまうだろう。特に夜はどんなことになっているのかわからないのだが、夜遅くコーヒー一杯だけ飲んで帰りたい、ということであれば大丈夫。食事をするのであれば、周辺にいい店がたくさんある、というのがオーナーの言い分だ。

そして、渋谷の店でもなかなか食べることのできない山菜料理を食べようと夜の9時半ごろ出かけたところ店は満席。何しろ着席できるのは14人というスペースなのだ。予約席だったのか、カウンター席が一席あったのでそこに落ち着きワインを頼んで山菜の天ぷらを待った。ところが天ぷら料理に必要な材料がないことがわかり、オヒタシにということになった。ちょうど宮崎産の特別の卵を持ってこられた常連さんがあり、その方の席はなかったが、最高級の卵によるプレーンオムレツを、その日に採ったコシアブラのオヒタシで囲むという特製の一皿が出されたのである。その味がどれほどすばらしかったかはいうまでもない。一期一会。奇跡的な食材の出会いによる再現不能な味だったのかも知れない。

山形県からコシアブラを持参いただいた方は最高級の蜂蜜の製造元。生産量が少ないので門外不出だったアカシアの蜂蜜を、昨年からこの店と某高級レストランのみで味わえるようにしたのだ。透明度が抜群で、味見をしてみたところ、蜂蜜特有の重さがないというのが素人なりの感想である。山菜や蜂蜜に限らず、産地から直送されることにより、可能性が広がる。夕方には群馬県の牧場主も来ていた。マスの流通ルートに乗りにくいイイモノがある店。そんなパブリック松涛は、2年目からは会員と紹介客だけの店になってしまいそうな気配でもある。

メニューの代わりに
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特製蜂蜜のキャンペーンガールに任命されたチサトさんが蜂蜜と共に
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本業は山林業で新たな事業展開を考えるチャー君と呼ばれる社長
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道端の花(11-5-11)

道端の花に気づく人とそうでない人がいる。気づく人でもそれが何の花なのかに関心のある人とそうでない人も。さらには、立ち止まって眺める人、そして一番熱心なのは道端で花を育てる人、ということになるのだろう。一方で全国の花の名所を見物に行っても、近所の花には興味がない人も少なくないようだ。名所の花と比べると遠目からの景観では劣っても、花そのものの美しさに変わりはないはず。花そのものを見るのか、花を風景の一部、あるいは背景にある物語を見るのか、人により趣向はさまざまとなる。

東大前商店街を神泉方向に歩いて、井の頭線ガード下の道端にあるのがStreet Garden。花を愛する気持ちもさることながら、ゴミ捨て場にならないようにという狙いもあるようだ。花を植える前はひどい状態だったとのこと。街の風景全体を変えるまでにはなっていないが、目を止めると立派な花が咲いている。

今はバラが花ざかり。駒場バラ園から寄贈されたものもあり、バラの品種名が表示してある。チューリップも植えられていて、4月27日時点では写真のようであったが花の命は短い。注意してみると珍しい花もあるようなので、足を止めて見る価値はある。

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カクテルという名のバラ
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4月に咲いていたチューリップ
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目黒FMの開設へ(11-5-10)

今回の区議選では目黒区に10名の新人議員が誕生した。それぞれの議員の立場はさまざまではあろうが、インタビューに応じていただければ、すべての議員の方々にお会いして、ブログでその内容を紹介していきたい。
とりあえずは秋元かおる区議(みんなの党)。コミュニティーFM(仮称目黒FM)の開設を掲げての立候補であったので、その点からお話を伺うことにした。

コミュニティーFM既存のテレビやラジオではカバーできない地域に密着した情報を提供するFMラジオ。地域のイベント情報や議会中継からスーパーの割引情報まで、さまざまな情報をラジオで流すというものだ。「エフエムせたがや」「しぶやエフエム」など全国に数多くのFMラジオがある。地域サイトとの考え方と基本的には同じ。地域サイトより最新情報を伝えやすいので、地域サイトと連動する形にもなる。ラジオといってもインターネットで流しているものもあるから、パソコン聴くこともできる。

目黒区でもかつて検討されたことはあるはず。現在「学大FM」というのはあるが、放送頻度は限られている。イン・ファームという居酒屋を放送局にしているといて、Ustreamのラジオ版とでもいうものか。ブログの活用もしている。
http://ameblo.jp/gakudaifm

目黒FMがどのような形で展開するかはこれからの課題。地域の声がラジオで伝わることの有益性はあるが、どのような機器でラジオを聴くのか、ダイヤルで局に合わせるのは難しい。コミュニティーFMの内容は天気予報、交通情報、新聞社の提供によるニュースなどがあるようだが、学大FMの放送は毎週火曜日の16時から17時30分までで、それから24時間以内にインターネットに放送データを掲載するものだから、まだまだこれからということになる。

目黒FMの開設を公約にした区議会議員が誕生したことは、それに期待する区民の多いことの現れともいえる。渋谷WESTも地域メディアという立場からこれを支持し、目黒FMの実現に向けて情報収集等で協力していくことにする。

秋元かおる区議
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駒場にバラが咲きだした(11-5-9)

5月になって一斉に花が咲いている。ツツジ、フジ、パンジー、スミレ等々。そんな花の地図があるとよいと思う。インターネットによる共同作業でいずれそうしたことも可能になるかもしれない。それでも草花は頻繁に植え替えるので、なかなか大変そうなのだが、実現できそうなのがバラの地図。今咲き始めて、秋に咲くものを含めると11月まで花を見ることができるから、その品種を知ることもなんとかなりそうだ。

バラの品種を覚えるのはなかなか大変なこと。オールドローズ、モダンローズ、イングリッシュ・ローズ、修景バラ、ハイブリットティー、フロリバンダ、つるバラ、といった分類名から、マリア・カラス、クイーンエリザベス、アイスバーグといった品種名があり、新品種は毎年誕生する。その品種ごとの違いがわかると花が見えるのだ。

駒場には東大Ⅰキャンパスの正門横、駒場公園の洋館前、駒場野公園の拡張部分管理棟前の3ヶ所に、駒場バラ会が管理するバラ花壇があり、その他にも、東大前商店街のガード下、駒場バラ園で見ることができる。個人宅でもバラ植えているところが少なくない。そんな駒場のバラが今咲き始めている。

バラは手間がかかるので、手をかけられる人でないと育てることができず、諦めてしまった人も少なくないだろう。だからこそ、手をかけることで自慢の花を咲かせるというのがバラ愛好家のようだ。しかし自分で育たなくても近所にバラがあれば、それを眺めていればよいともいえる。

神代植物公園、代々木公園、新宿御苑と、大々的に栽培しているバラ花壇はあるけれども、街角にあって景観をつくるようなバラの魅力には代えがたいものがある。花の名前を知るだけでも楽しい。

東大駒場キャンパス正門横
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駒場野公園のウィリアムシェークスピア2000
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駒場野公園のメアリーマグダレン
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江戸の街並(11-5-8)

江戸情緒というと日本橋や両国、あるいは浅草、深川にそれを求める雑誌が多い。確かにそうした街には江戸時代からの歴史と老舗があるから、本場とすることに異論はない。しかし、それらの街をもって江戸の街並みをイメージできるとはいいがたいだろう。江戸の街並みと江戸時代の街並みは別のものだ。京都や金沢も江戸時代の街並みで観光客を集める。小江戸という言葉もあって川越などがそれを売り物にしている。

東京近辺で江戸の街並みを感じさせる場所として忘れてならないのが深大寺の門前。神代植物公園を含む広大な森の中にそば屋が軒先を並べる光景は、人出が多くとも他の街にはない落ち着きが保たれる。緑が多く2階建てまでの低層の建物が並ぶところがかえって新鮮だ。

深大寺は比叡山延暦寺を総本山とする天台宗の寺院。733年の開創との伝説があり、江戸時代から門前の深大寺蕎麦で有名だったようだ。隣接する神代植物公園は、バラが植えられた西洋庭園が中心にあり、今年は5月15日、22日、29日にバラ園コンサートも開催される。しかし、外から見えるのはうっそうとした木立だけだからそこに西洋庭園のあることは気がつかない。

また、バス通りの反対側の丘の上の神代植物公園・水生植物園内には深大寺城址があり、戦国時代の城跡を見ることができる。いつも深大寺の境内の混雑とはかけ離れた場所となっている。

今日は天気もよく、新緑がきれいではあったが、人出はかなり少なかったし、いつもは多い外国人の姿は全くなかった。去年はゲゲゲの女房の人気で鬼太郎茶屋が大変な混雑だったが今年はどうなのだろう。いずれにしても都心部では決してマネのできない貴重な街並みである。

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上出義樹のメディア・ウォッチ(11-5-7)

すっかり紹介が遅れてしまったのだが、3月15日から渋谷WESTのトップ画面に「上出義樹のメディアウォッチ」というコーナーを設けている。

上出義樹さんは、札幌に本社がある北海道新聞に長年記者として勤務。北海道各地のほか、東京や外国(シンガポール)で、地方ニュースや警察・司法、文化・学芸、政治・経済、外交・国際、メディア問題などさまざまな取材を担当されていた。当然記者クラブにも所属する立場であった。現在はフリーランス記者として主要な大臣の記者会見や、最近では福島原発事故関連の各種会見などに参加し、ジャーナリストの上杉隆さんや江川紹子さんらとともに「自由報道協会」の設立準備に関わっている。
その傍ら昨年から上智大学の大学院に在学。既存メディア出身の経験も生かし、横並び体質や閉鎖性が強いマス・メディアの日本的な特質・悪弊などの研究に取り組む。

上出さんによると、記者会見の「オープン化」を言論活動全体の活性化につなげるためにも、最近設立されたフリー・雑誌・ネットメディアの記者たちによる「自由報道協会」(仮称)の活動などもバネにして、目の前に横たわる問題に一個一個粘り強く風穴を開け、マス・メディアも巻き込んだ市民目線の議論を深めていくことが、人々の「知る権利」の視点からも、緊急の課題ということだ。

たまたま駒場に在住されているため、「渋谷WEST」に寄稿いただけることになり、3月15日以来これまで8回の掲載になるから週1~2回のペースでの発信である。

渋谷WESTは2002年夏にスタート以来、一貫して地域からオピニオンを発信できるよう、議員のブログへのリンクなどで、その試みを続けてきたが、ツイッター、フェイスブックの利用の活発化により、地域の課題への関心もいよいよ本格化しそうだ。ツイッターで情報発信する区議会議員が増えている。

国政の課題にしても、選挙区選出の衆議院議員に意見をぶつける方が街頭デモより効果的ともいわれる。区議会議員や都議会議員に対してもその国政の課題についての考えを質せば一定の効果が期待できるだろう。マスメディアといえども、企業であればその収益を考えざるを得ないし、情報提供者への配慮もあり得る。何よりもマスメディアに地域の課題についての論評を期待するのは現実的でない。

「上出義樹のメディア・ウォッチ」はマスメディアの伝えることを別の角度から見ることに役立ちそうだが、それに加えて、地域の課題を伝えるコラムもさまざまな人たちの協力を得ながら作っていきたい。それも、渋谷区や目黒区のオンブズマンということではなく、行政機関が関わることか否かに関係なしに、自由な立場で地域のさまざまな課題について意見の交流ができる場の実現をめざす。

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京都文化の東京進出(11-5-6)

京都の呉服店の東京店といえば、日本橋か銀座というのがこれまでの常識。デパート内やパルコなどは別として、渋谷に路面店として京都の店が開店するということはなかったはずだ。
その常識を破ったのが京都の呉服店小田章株式会社の「京呉館 TOKYO」で、今年の1月にオープンしている。小田章は明治に創業した京都の会社で、歌舞伎座の緞帳などの制作実績がある一方、X-Japanのhideのブランド「hide×odasho HI-HO!」を展開するという斬新さをもつ。
場所は神泉駅から栄通りに出る道路沿い。神泉一帯に校舎をもつ国際文化理容美容専門学校の建物を利用しての出店という。3フロアーあって、1階が「きものショールーム」館、2階が「貸しきもの」館、3階が「フリソデお嬢」館という構成になっている。

人通りの少ない道に面しているのだが、この道は栄通りの工事が完成し、並木道として整備されると、神泉駅からBunkamuraに出る道として注目されるようになることはまちがいない。円山町という地名も、京都の祇園に隣接する円山公園のある円山町と同じで京都イメージがある。何よりかつては花街であり、きものの店としては格好のロケーションだ。

そんなことを考えると、京都文化のルネッサンスを渋谷の円山町で起こそうというのが「京呉館 TOKYO」の狙いと読めなくもない。十二単などの宮廷装束を学ぶ「衣紋道高倉流たかくら会東京道場」もすぐそばの国際文化理容美容専門学校の校舎にあるのだから、これから京都文化のショールームが次々に神泉駅~円山町に集まってくることを期待しよう。

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4千坪のカフェ(11-5-5)

旧山手通りのカフェミケランジェロの向い側、去年の夏にひまわりガーデンをやっていた場所にTSUTAYAの到達点としている施設の工事が進んでいる。今年の夏に完成するというもので、その内容についてはPDFファイルをダウンロードして閲覧することができる。「代官山オトナTSUTAYA計画」という書籍が、5月23日まで無料で公開されている。
http://www.ccc.co.jp/daikanyama/about/books_otona.html

具体的なことは明らかではないものの、森の中の図書館とか、4千坪のカフェとか、100台の車が駐車できるとか、断片的なことはわかる。いわゆる団塊の世代をプレミアムエイジとして、世代を超えて波及する場としている。「”真のIT時代”に必要とされるリアル店舗とは? 代官山プロジェクトは、その問に対する私の回答だ」(カルチュア・コンビニエンス・クラブ株式会社CEO増田宗昭氏)というものでもある。

東京は1960年代までは銀座で、70年代新宿、80年代に渋谷・青山となって、これからは軽井沢と代官山だというのがTSUTAYAの創業者である増田宗昭さんのイメージ。若者相手では商売にならないということが背景にあり、時間的に余裕の出てきた60代が楽しめる場ということのようだ。だからといって昭和回顧型のものでないことは明らか。特に女性が魅力を感じるような雰囲気になるのだろう。

4千坪のカフェといい、森の中の図書館といい、この場所にこんなものを、という大胆な構想ではあるが、旧朝倉家住宅、ヒルサイドテラス、西郷山公園をめぐる、代官山駅から神泉駅への散歩コースの中核にも位置づけられる。周辺への波及効果も大きいはずで、それを狙った建物もできている。

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宮下公園のリニューアル(11-5-4)

渋谷は山手線を挟んで東と西では別の街といってもよい。渋谷にはさまざまな顔があり、好みのエリアにだけ行けばよいのだが、どこが好みなのかは広すぎてなかなかわからない。渋谷駅の西側を普段利用する人たちには、宮下公園もそんなところがあったのか、という場所の一つかもしれない。

明治通りとJR線の間にある宮下公園は、このたびようやくリニューアルの工事が終わり、フットサル場2面、スケートボード場、それにクライミングウォールができた。4月30日にオープンしたのだが、そんなニュースがどこまで伝わっているのものか。

駐車場の屋上にあって階段を上がって入るため、利用価値がそれほどなかったかとも思われるが、目的のある人が利用料を払って利用する施設ができたので、それだけ人気は高まることだろう。渋谷の中にあって意外にゆっくりできるスペースでもある。公園といっても道路の上の高いところにあり、眺めには独特のものがある。鉄道ファンには電車を眺める場所としても魅力があるのではないか。

駅からだと「のんべい横丁」のアーチをくぐって入ることになるが、スポーツが目的で公園に行く人たちにはミスマッチということになろうか。昭和の飲屋街を復元したかのような「のんべい横丁」も、興味のない若い人たちには、不思議な場所でしかないのかもしれないが。

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震災後の営業再開(11-5-2)

渋谷駅前の大型ビジョンに電光広告が帰ってきた。街全体はまだ暗いけれども、渋谷に灯りがともったともいえそうだ。3月の震災から4月を越え、5月に入った。気温も上がり、花もつぎつぎに咲いて、春はいつのまにかに過ぎ去って、夏にはいっていくことになるのか。

原発の不安がなくなるのがいつなのかの見通しがなく、電力供給の問題も見当がつかないわけだから、賑わいの復旧が実現するのかどうか心もとない。

大橋ジャンクションに面したトルコ料理の店ボドルムでは、3月11日の震災以来、トルコに避難していたのが4月26日から営業を再開した。トルコ大使館も避難勧告を出していたのだろうか。

外国人が帰ってきていると言われてはいるものの、渋谷で見る外国人観光客の姿はまだまだ少ない。先週の築地場外も閑散としていて、寿司屋の呼び込みが目立っていた。日本人の国内外の旅行もキャンセルが多いとのことだ。

放射能汚染の不安の多い中で、観光・行楽には自粛ムードのあることはいたしかたのないことではあろう。しかし、そんなときだからこそ、近所を見なおす機会ともいえる。毎週木曜日の夜はベリーダンスを観ることができる。



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