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100周年を迎えた駒場ばら園(11-5-14)

駒場ばら園は明治44年(1911年)創業ということだから今年で創業100年になる。
100年前の駒場には井の頭線の線路はなく、東京帝国大学農科大学のキャンパスがその実験農場と周囲の畑が混在するかのように駒場一帯にひろがっていた。当時の大学の正門は、現在の山手通りから炊事門に向かう道と、枝光会駒場幼稚園の横を通って東大前商店街に出る道とに分かれるところにあった。正門の横の道が駒場ばら園に向かう道となっていたはずだ。さらにその下は空川が流れている湿地だったようだ。ちなみに、当時は山手通りも旧山手通りもなく、現在の文化村通りから続く栄通りが農大通りともいわれ、東北沢に抜ける航研通りへと続いていたのだ。

そんな環境であったから、駒場ばら園は農科大学内にあった各種農場の一つであったのかも知れない。明治11年(1878年)に開校した駒場農学校は当初からイギリス人、ドイツ人の教師により教えられていた。バラは食用ではないことから、産業としての農業教育の対象とせず、キャンパスに隣接させてバラの栽培をはじめたと想像できないだろうか。

明治44年はハチ公の飼い主として知られる上野英三郎が農科大学の教授となった年である。駒場ばら園と縁がなかったとは考えられない。大正14年5月21日に亡くなる14年の間、上野は頻繁に駒場ばら園を訪れていたことだろうし、大正13年から飼い始めたハチ公を連れて松涛の自宅から駒場ばら園にきていたことも想像できる。忠犬に異国の花であるバラは似合わないのかも知れないが。

昭和8年(1933年)に開通した井の頭線の線路で駒場キャンパスから分断されてからすでに80年近くになるが、今から45年ほど前までは駒場ばら園の目の前に踏切があって、松涛からすぐだった。現在はすっかりわかりにくい場所になっていて、途中で道を聞かれることが多いという。そのために大きな看板を出している。今そこに行くと、あたかも秘密の花園であるかのように、周囲に漂うバラの香りを楽しめるのだ。

今年は駒場ばら園にちなみ、バラ苗の提供を受けて発足した駒場バラ会の創立5周年である。それと同時に、駒場Ⅰキャンパス正門横の「バラの小径」と、駒場公園、駒場野公園、といった旧農科大学の敷地内にバラ苗を寄贈し、そのDNAを伝えることになった駒場ばら園が今年で100周年を迎えられていることを祝福したい。

駒場ばら園については
http://komabarose.exblog.jp/i19/
駒場キャンパスの歴史については
http://p.booklog.jp/book/21369

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