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あおげば尊し(11-3-3)

「あおげば尊し」はある時期までの日本人にとっては、卒業式のために学校で一番練習させられた歌ではないのか。愛知県教育委員会の調査によると、昨年でも愛知県の中学校303校中141校で卒業式に歌われたと、東京新聞で報じている。日本人共通の思い出の歌を代表するものともいえるだろう。
そして今年になって、「あおげば尊し」の原曲がアメリカの「Song for the close of school」であることが分かったと報道された。アメリカではまったく流行しなかった曲らしい。一方、卒業式のもう一つの定番曲であった「蛍の光」がスコットランド民謡であることはよく知られている。いずれの曲も「鬼畜米英」といっていた太平洋戦争時代の方が現在よりも愛されていたに違いない。無論著作権問題などなかったはずだ。

そこで駒場キャンパス内で師であった人たちの像を探すと見つかるのは、ドイツ人、フランス人、イギリス人の3名のみ。すべて一高が本郷・弥生にあった時代の教師で駒場には無縁と思われる人たちだ。一方でケルネル田んぼにその名を残すオスカー・ケルネル、ハチ公の飼い主でもあり、駒場で農学部の教授であった上野英三郎の胸像は本郷・弥生のキャンパスにある。こちらも本郷・弥生とは無縁なのだ。いずれも胸像を管理する組織のある場所に、その組織にゆかりのある人物の像があるものと解釈するのがよさそうだ。教養教育の師の像は教養学部に、農業教育の師の像は農学部にということになるのだろう。
日本の大学教育の師として胸像が残されているのが、駒場ではすべて外国人であり、「あおげば尊しわが師の恩」と歌った曲もアメリカ製ということでは納得しかねるとの立場もあるかもしれない。しかし、そうした事実は事実として受けいれなくてはなるまい。


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