« 売られていない食品(11-2-18) | トップページ | 電子書籍「渋谷360度」を発売(11-2-21) »

旧山手通り(11-2-20)

東京オリンピックがあったのは1964年。半世紀近い昔の話だ。オリンピックを目指して東京の道路建設が行われ、山手通りが現在のように大坂橋の下をくぐるようになった。それまで現在の旧山手通りが山手通りと呼ばれていたのかは不明だが、環状6号線ではあったのだろう。1940年には現在の道幅の道路だったそうで、1909年に作られた代々木練兵場で1910年に日本で最初に飛行機が飛んだということもあり、滑走路として道路が作られたという話を聞いたこともある。自動車の通ることのほとんどなかった1940年以前になぜこの道路が作られたのか。テレビ番組のネタになることかもしれない。

目黒区と渋谷区の境界を走る尾根沿いで、両側が古くから高級住宅地であった経緯から、もともと幹線道路になったことのない旧山手通りは、その良好な環境が守られて現在に至っている。それを維持することもあり、旧山手通り地区地区計画が平成16年8月に渋谷区に告示されている。「緑と街が調和し、さらに広い空が見える開放的で魅力的な街並み景観を形成するとともに、個性的で落ち着きのある市街地環境の維持、増進を図ること」を目的とするものだ。それにより建物の用途・高度・形態・意匠に制限がされると共に、さく構造や緑化についてもルールが設けられている。

優れた景観をもつ表参道には多くの観光客が押し寄せるが、旧山手通りは休日でも人出は代官山エリアに限られる。今年の夏にオープンするCCC代官山プロジェクトが観光地としての目玉になるのだろうか。道路の植栽を増やし、緑化の促進も現在進められている。

若者の街渋谷に対して、若者でない人たちが散策する街として、旧山手通りがますます注目されそうだ。

|
|

« 売られていない食品(11-2-18) | トップページ | 電子書籍「渋谷360度」を発売(11-2-21) »

青葉台・大橋」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 売られていない食品(11-2-18) | トップページ | 電子書籍「渋谷360度」を発売(11-2-21) »