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2010年12月

今年開店した注目店(10-12-31)

今年1年、渋谷WESTで新規開店した飲食店は相当数ある。世代の変わり目といってよいのかもしれない。特に焼肉店、立呑店といったカジュアルな低価格の店が目立つ。
中でも5月に松涛2丁目にオープンした「パブリック松涛」と、11月の神泉駅からすぐの「メガネ」は顧客参加型の店として注目したい。

この2店はつぎのような共通する特徴をもつ。
特徴1:30代前半の独身オーナー店長が一人でやっている
特徴2:オーナー店長が客とのコミュニケーションを重視している
特徴3:初対面の客同士の交流が奨励される
特徴4:客が差し入れを持ってくる
特徴5:客が皿洗いなど店の手伝いをする
特徴6:ブログとツイッターでの店と客とのコミュニケーションをしている
特徴7:店内のモニターで見る歌手などのYouTube映像をリクエストできる(メガネ)
特徴7:店内に自分の著書などを客が置く(パブリック松涛)
特徴8:価格が手頃

こうした特長から、一人でも楽しい時間を過ごせるわけだ。単に常連中心のサロン的な店であれば、特に新しいことでもめずらしいことでもないのだろうが、ブログとツイッターで店とお客の会話がオープンで、行かなくても店の様子が分かることが決定的に違うのだ。

その次は店の様子をUstreamで配信するようになっていくのかもしれない。そうなると肖像権とかプライバシーとかを重視するグループとそうでないグループとで行く店が違ってくる。いまのところはツイッターでつながっている人たちは少数派なのだろうが、来年からはそれが変わっていくのではなかろうか。インターネットがなかった時代を想像できない人たちが成人している。特に渋谷はそんな人たちが集まってくる場所でもあるのだ。

パブリック松涛
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メガネ
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神泉の飲食店(10-12-30)

神泉という名前は、神泉駅とその周辺をイメージしがちなのだが、神泉町は住宅地で旧山手通りに面して個性的な飲食店が点在するという理解をした方がよさそうだ。神泉仲通が古くからの商店街なのだが、この道と旧山手通り・246に囲まれたエリアは円山町と一体になった神泉・円山親栄会になっている。神泉町会はそれ以外の旧山手通り、栄通りにと神泉駅から栄通りに出る道に囲まれたエリアとなる。

その神泉町会のエリアにある飲食店は個性ある魅力的な店ばかり。神泉駅のすぐそばに並ぶ3軒の店は、シチリア料理の「アルキメーデ」、居酒屋の「SORA」、そして11月にオープンしたばかりの「ドットメガネ」。いずれもスペースの狭いところが魅力となっている。栄通りを左折して坂を上がっていくと、マニーというフランスからの輸入雑貨専門店があってその隣がバー「A-seat」(エーシート)。その先の「魚ゆう」は魚屋の3代目が主人の魚料理の居酒屋。

神泉町交差点に出てから旧山手通りに入ると、喫茶「フレンズ」、日本料理「和久田」、魚料理の「魚ちゃん」、ラーメンの「砦」、うなぎの「いちのや」、パスタの「ピオッピーノ」。少し歩いて、すし「菊池」で神泉仲通とぶつかる神泉駅入り口の交差点となる。左に少し入ったところにある中国家庭料理の「文琳」も中華料理の店という感じではない。

渋目陸橋の反対側も神泉町のところがあって「クンバデュファラフェル」がそこにある。メニューだけでなく、これほど個性的な店もなかなかないだろう。

それらの店はそれぞれに個性的なのだが、唯一「いちのや」が川越に本店があるとはいえ、チェーン店が一軒もないのはこの先の松見坂を含め特徴といってよいのだろう。

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渋谷WESTの1年をふりかえる(10-12-29)

2010年、平成22年は新しい年を迎える準備に入ったようだ。そこで渋谷WESTの今年一年を振り返ってみる。
渋谷WESTで今年最大のできごとは3月に中央環状新宿線が開通し、大橋ジャンクションを車が通るようになったことか。ただ、地上からは大橋ジャンクションの巨大な構造物と、富ヶ谷出入口が見えるだけで、生活上の実感は乏しい。山手通りでの工事も依然として続いている。次に、ハチ公バスの上原・富ヶ谷ルートが7月から運行をはじめ、「丘を越えてルート」の愛称となったことは、利用する人たちにとっては重要なできごとだったといえるだろう。
一方、こまばエミナースが3月に閉館したことの影響は少なくない。宴会場はさまざまな団体の会場として利用されていただけに、残念なことであった。淡島通りのランドマークが消えたことにもなる。
店の閉店と開店では、さくらやが2月に閉店し、その後に洋服の青山が11月にオープンした。ユニクロ道玄坂店が3月に、丸善ジュンク堂が東急本店7階のフローアーで9月に、それぞれオープンしたことも今年のニュースとして記憶されてよい。センター街では音楽のHMVが8月に閉店し、その跡にファッションのフォーエバー21が12月に開店した。桜丘では渋谷区文化総合センター大和田が11月にオープンし、道玄坂のヤマハが12月で閉店となった。
こうして書きだしてみると、この1年間にいろいろあったものだと実感できる。
来年はどんなことが起こるのか、そのことを考えてみたい。

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ヒーリングサロン『常世tokoyo』渋谷店オープン

山手通りと栄通りの松涛2丁目交差点横にあるコナミスポーツクラブ渋谷の9階に、ヒーリングサロン『常世tokoyo』渋谷店が12月22日にオープンした。以前コナミスポーツクラブのラウンジだったフロアーをタイ式マッサージのスペースにしたものだ。
このスペースの魅力の一つは窓の外の景色。夜景を楽しみながらのマッサージは心も体も癒されることはまちがいない。
運営は軽井沢の星野リゾート、昭島、山形、銀座の各地で同様のサービスを展開する株式会社ティーエイチシー。松涛温泉シエスパが想定していた客層をつかむことができるだろう。

http://www.tocoyo.com/shibuya/index.html

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シブヤで遊ぼう(10-12-27)

渋谷のカルチャー情報を発信しているウェブサイト「渋谷文化プロジェクト」は公開フォーラム「渋谷文化茶会」を開催していて、9月25日に開催された其ノ弐「シブヤで遊ぼう。」の内容がウェブ上に公開されている。渋谷についてのさまざまな個人的な見方が紹介されていて興味深いのだが、「渋谷」というものの対象が人によって違うことは否めない。知らないとことがたくさんあるのが渋谷の魅力、といってしまうこともできるのだが、それでは話がかみあわないことにもなる。渋谷にはさまざまな顔があるのだ、という結論もあってよいのだろうが、エリアごとに突っ込んだ話ができるようになると更に意義あるものになるのではないか。
たとえば、百軒店、センター街、あるいは、公園通り、東口、桜丘と、それぞれの街ごとにさまざまな視点をもつ人たちの話をのとかに絞りこむと、話の内容がより深まっていくだろう。例えば、渋谷がどうなってほしいというようなことよりも、センター街が、東口が、という話の方が具体的なイメージが思い浮かぶ。実際のまちづくり活動が渋谷全体ではなく、それぞれの商店会とその連合会ごとに行なわれている現実もあるわけだから。
http://www.shibuyabunka.com/forum/20101222/

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駒場東大前駅の映像(10-12-26)

駒場東大前駅の乗降客数は、井の頭線の15ある途中駅の中で、下北沢、明大前に続いて3番目かと思い検索で調べてみたら、高井戸よりわずかに少なくて1日4万人ほどの4番目だった。高井戸同様急行は止まらない。井の頭線で急行が止まる駅は、下北沢と明大前を別格とすると、他は運行上の都合からで、乗降客数とは無関係ということなのだろう。それでも駒場東大前には急行が止まることが年に数回臨時であるようだ。ホームに溜まる乗客を掃くためと理解できる。その様子を撮影した貴重な映像がYouTubeにアップされている。


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井の頭線から見た渋谷WEST(10-12-25)

渋谷WESTは井の頭線の渋谷駅から神泉駅、駒場東大前駅の周辺ということになる。ところが、この区間を電車から眺めると映像のようにトンネルを出るとただの住宅地。東大の学生が駒場から渋谷まで歩くことが少ないのは、こんな殺風景な景色を見ているからなのではないのか。マークシティの中の渋谷駅から電車に乗ってトンネルを出た時の光景と、そんな住宅地からトンネルを通っていきなり渋谷駅に入る映像は、毎日この路線を使って通勤・通学している人たちにこそ感ずるものが多いはず。
これらのYouTubeにアップされた映像を見れば、渋谷WESTとはこのトンネルの上にある街なのだ、ということで好奇心をもって探訪する人たちが増えることだろう。




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松見坂交差点(10-12-24)

山手通りと旧山手通りが交差する松見坂交差点は、自動車を運転する人には山手通りの位置を示すところとして知られるのだろうが、そうでないと分からないらしい。飲食店の客にとっては渋谷の店ということになるようだ。渋谷駅や神泉駅から歩いてくると、旧山手通りを渡り、松見坂交差点を渡って渋谷のはずれに来たと、やや不安な気分になるのだろう。こんなところに目指す店があるのかという光景を見ることになる。
この大きな松見坂交差点の角のビルに入居していたアパレル企業が、今年の6月に六本木に引っ越している。その後半年たつのだが、ビルの表示はそのままで空きビルの状態になっている。山手通りの渋目陸橋寄りの両方の角に入居していた2つの建物が空いているのだが、入居者募集中ということにもなっていない。いつまでも空室のままということもないのだろうが、どうなることか。

交差点から駒場方向を見る
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右角のビルから移転した
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魚ちゃん(10-12-23)

神泉駅前から見える飲食店は神泉の店ではない。駅前から見えるところ店はすべて円山町なのだ。ただ、栄通りに向かう道の左側にある店、シチリア料理のアルキメーデと、和食のSORAだけは神泉町にあり、それ以外の神泉町の飲食店は旧山手通りに面しているのがほとんど。いずれも数十名規模のパーティはできない小規模でしかも個性豊かな店ばかりなのだが、隠れ家ということでか、余り知られていない。雑誌などでは円山町も神泉も一緒なので、そうではなく、神泉のアイデンティティを出した方がよいのではないかと思う。そこで、神泉町飲食店マップといったものをイメージすると、素晴らしいものになりそうだ。それに栄通りの松涛と松見坂の店を加えるとよいのかも知れない。
神泉町の店で旧山手通りの松涛2丁目交差点に近くにあり、豚肉料理の店からさかな料理の店に変わった「魚ちゃん」。「さかなクン」が有名になったのが12月15日で開店が21日なので、意識したのかどうか微妙ではあるが、まあ偶然なのだろう。
こんなことでも雑誌などでとりあげてほしいものだ。神泉町の店にもっと客が来て欲しい、ということは、それらの店の良さを多くの人に知ってほしいからということなのだが。

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ツイッター選挙(10-12-22)

東京都知事選は来年3月24日の告示で4月10日に投開票となるが、その選挙キャンペーンにAKB48が起用されることが発表された。目黒区議選は4月17日告示で24日に投開票のスケジュール。1ヶ月に2度の選挙となる。4年前の前回も同様に4月に2度の選挙があり、目黒区での都知事選の投票率が53.82%、区議選では38.4%という結果であった。
目黒区の区議選での最高の投票率は1971年の72.12%。1983年からは毎回50%を割っている。AKB48の選挙キャンペーンに効果があったとしても、それが4月10日で終わるとすると残念だ。都議選と区議選の両方を対象にすると契約金にでも影響がでるのか。
インターネットが投票率の向上に貢献するとすれば、ツイッター効果が考えられそう。ツイッターをやっている有権者はまだ少数派とはいえ、目黒区では確認できているだけで現職を含む4人の候補者がいる。インターネット選挙については慎重な立場もあるようだが、事実上解禁という方向に進むのではないか。ツイッターをやっている目黒区民は候補者の発言をフォローしておくのがよいだろう。身近な課題を議員候補者に公開で提起することもできるのだ。候補者とのつきあいがなくとも、日ごろどんなことを考えているのかが分かると、親しみを感じ投票するようにもなるだろうし、リツイートの効果にも期待できるものがあるはず。
渋谷区は区長選もあるし、ツイッターが投票率向上の結果をもたらすことを期待したい。
ツイッターを活用している現職を含む目黒区議会議員候補で現在判明している方々は、以下の通りである(50音順)。

秋元かおる(みんなの党新人)
http://twitter.com/#!/kaologue
小野瀬康裕(自民党現職)
http://twitter.com/#!/onose_meguro
松嶋祐一郎(共産党新人)
http://twitter.com/#!/matsushima_u16
村田信之(民主党新人)
http://twitter.com/#!/muratanobuyuki

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大正時代のアート(10-12-21)

若者といえばいまや昭和を知らない世代。大正となると天正との区別がつかない程になっているのかもしれない。明治時代は45年もあるし、明治政府ができたとうことで印象があるとしても、昭和の前の今から90年も昔の15年しかなかった時代。平成は既に22年となっているのだ。平成生まれにしてみれば、昭和ですら遠い昔ということだからその前の大正など、どんな時代なのか想像もできないだろう。
そんな大正時代のアートが「大正イマジュリィの世界」と題して、松涛美術館で1月23日まで展示されている。雑誌の表紙や書籍の装丁など、印刷されたものなので約300点と点数も多く、1点1点見ているとすぐに時間がたってしまうほどだ。江戸時代との間に明治を挟み、平成との間に昭和を挟む大正という時代。その空気をいやがうえにも感じる時間を過ごすことができる。そしてそれは渋谷のイメージにつながるようでもあるのだ。

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『フォーエバー21』と『ベルシュカ』の出店(10-12-20)

12月23日に渋谷センター街のHMV跡のビルにアメリカのファスト・ファッションブランド『フォーエバー21』がオープンする。日本では5店舗目だそうなのだが、規模はアジア最大とか。1階から6階までが店舗となるから、渋谷でも単独ブランドでこれだけの規模の店はない。また、すぐそばではスペインのカジュアルブランド『ベルシュカ』が3月に向けて開店準備中だ。『ベルシュカ』はヨーロッパを中心に中国にも出店していて日本では渋谷が一号店となる。斜め向かいにある『ZARA』と同じ資本系列で、更に若い層を対象としている。文化村通りの『H&M』に続き、ファッションの街渋谷に元気のよい外国資本が連続して参入することになるわけだ。
対象とする若い年齢層の人口が増える見込みのない中での積極的な出店が、どのような調査に基づく戦略なのか興味深い。いずれにしても、渋谷が国際化していく傾向にある中での動きと考えるべきなのだろう。

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渋谷の映像(10-12-19)

2007年にYouTubeにアップされた渋谷の夜の映像で384万回を上回る閲覧がされているものがある。スターウォーズのキャラクターの衣装で渋谷の夜を踊るだけの映像なのだが、それを見て9758件ものコメントがなされている。それらのほとんどが英語だ。渋谷の映像という受け止め方ではなく、東京、日本、さらにはアジアの光景として意見が述べられていて、日本に対する印象がこうした映像でつくられることにもなりそうだ。無論この映像が日本を代表するわけではないし、渋谷の住民から見ても渋谷のイメージとしてもふさわしくない、ともいわれかねないが、こうした映像があって、海外の数百万の人たちに見られていることは、事実として知っておいた方がよさそうだ。

http://www.youtube.com/watch?v=t7X9MQi7uOU&feature=related


百軒店、円山町の夜の映像はナレーションがスペイン語で閲覧数は少ないものの近隣の住民にも新鮮かもしれない。



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国際観光地渋谷(10-12-18)

YouTubeにアップされている渋谷の数ある映像の一つ。モアイ像前からハチ公前広場、センター街、スペイン坂を通って公園通りからハチ公前広場に戻り、公園通りから山手線のガードをくぐり、のんべい横丁で終わるコースだ。まさに渋谷の中心を歩いていることになる。昨年夏の映像のようだ。渋谷WESTは対象外だが、もちろんそれでよい。
コメントはほとんど英語で、1ヶ月前で40件以上あり、この映像をほとんどが好意的に受け止めている。何人かの共通する感想として、太っている人がほとんどいない、ということのあるのが興味深い。日本人の感覚からはそういうことは出てきそうもないことだ。
こういう何の解説もない映像を見て渋谷に関心をもつ日本を知らない外国人が多いことがよくわかる。渋谷が世界から見ていかに魅力的であるかが伝わってくるようだ。
こうして世界に発信されている渋谷の姿を知っておくことも必要なのだろう。

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区議会議員選挙の候補者(10-12-17)

来年4月に行われる統一地方選挙。渋谷区議会と目黒区議会の議員の選挙も行われる。区議会議員の選挙というと投票率は40%にも満たないのが最近の例。それだけ関心がないのはマスコミが候補者を一人一人報道できないからということなのだろう。東京でも何十年か前までは、区ごとに新聞があったようなのだが、現在はそうしたものすらない。地域主権という言葉が先行して、地域の代表である区議会議員に関心が及ばないとすれば、問題ありといわざるを得ない。
マスコミでの報道は無理としても、インターネットなら可能だ。このブログでも候補者から要請があれば、対談という形で候補者を紹介したいと考えている。
来年4月の選挙はこれまでになく激しいものとなることは確かだ。従来の選挙では公認候補が絞られ、公認候補の落選がないよう配慮されていたようだ。ところが今回は民主党が政権与党としての面目にかけてか、積極的に候補者を擁立し、支持率を上げているみんなの党の候補者も出てくる。渋谷区では定員34人に対し、自民党11人民主党9人みんなの党1人の公認が発表されている。現在議席をもつ共産党6人、公明党6人、その他6人を足し合わせると39人となる。
また、目黒区の場合、定員36人に対し、自民党15人、民主党12人、みんなの党2人が発表されている他、共産党が4人、公明党が3人、その他が6人の現有議席をもつ。これの合計は42人である。区議会議員選挙の当落予測が難しいのは、得票数の差の大きいことにある。
目黒区の場合、前回の区議選でのトップ当選者の得票数が4898、最下位当選者1166といった具合だ。政党単位で考えると、得票がれば政党としての得票数が多くても当選者が少ないという結果になり得るのだ。
選挙運動にカネがかかったというのはインターネットがなかった時代の話。インターネットで候補者の主張をアピールできるし、映像配信も可能だ。目黒区の区議会議員にはYouTubeを活用している人もいるが、よほど自信がないと難しいかも知れない。
目黒区には話題になりそうな新人候補もいるし、選挙が盛り上がることを期待しよう。

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ミラヴィルからTSU・SHI・MIへ(10-12-16)

松見坂にあったミシュランの星も獲得した人気フレンチレストランのミラヴィルが、夏ごろからしばらくの間改装工事をしていた。そのオーナーシェフの津志見セイジさんが、レストランの名前をTSU・SHI・MIとし、「土」と「Nippon」をコンセプトにして最近オープンしたのが、野菜料理専門のおまかせコース料理だけの店。料理をオーナー自ら手がけたインテリアの中で、接客を含めたアートと考えているようだ。インテリアの制作に参加した彫刻家の尾崎悟さんが津志見セイジさんについて11回にわたって書いているのを読むと、その店のコンセプトが伝わってくる。「彼の料理を食べて何かを感じたい、学びたい、感動したい、と考える人は賢者であろうと思う」とまで書かれると、芸術の鑑賞にいく気分で12席しかない店の予約をとることになるのだろう。
松見坂はそういう店のある場所としてふさわしい。

尾崎悟さんのブログ
http://utyuuinu.exblog.jp/m2010-12-01/

津志見セイジさんのブログ
http://tsushimi.exblog.jp/

TSU・SHI・MIのホームページ
http://www.tsushimi.com/

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神泉と円山町(10-12-15)

井の頭線の神泉駅を降りて階段を下りると円山町。現在の駅が出来る前には改札口は踏み切りの横にあった。踏み切りのある通りは円山町だから、神泉は円山町の駅という印象をもたれがちである。古くからの近隣住民には円山町は遊郭との記憶があるようだ。だから神泉町の住民でない近隣の高齢者には、神泉という名からもそんな印象をもたれている。
ところがよく地図を見ると、円山町と神泉町の境界は明確。その境界で土地の利用規制があったとしか考えられない。境界は神泉駅前の踏み切りところから栄え通りに出る道と、駅の横の坂を上がってすぐに左折する道をそのまま進んで道玄坂に出るまで。特に後者の道は神泉仲通に出るまでは狭く、神泉駅に行く道とは気づきにくい。
今では道玄坂沿いも円山町になっているが、神泉町と円山町の違いは大きい。神泉駅を利用する人が神泉町や松涛に行くか円山町にいくかで、神泉のイメージが決まるのかもしれない。

神泉駅から見えるのは円山町
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栄通りへの道。右が円山町で左が神泉町
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栄通りの右が松涛、左が神泉町
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神泉仲通から246に出る道の左側は円山町
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神泉町交差点から見た神泉町
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ああ渋谷駅(10-12-14)

渋谷駅の構造は1939年に地下鉄銀座線が浅草まで直通運転を開始した時以来、玉川線がなくなった他は基本的に変わっていない。マークシティができて井の頭線の出入口が立派になったとか、埼京線のホームができたということはあるが、山手線、東横線、地下鉄銀座線のホームの位置は変わっていない。戦災を挟み70年余年その姿を守ってきたのだ。
その姿に愛着をもつ人が少なくないにせよ、渋谷駅は70歳以上の人には利用しづらいことは認めざるを得ない。エレベーターやエスカレーターのある場所が限られているし、ホームの狭さは混雑時には危険である。若者の街渋谷といわれるが、駅が高齢者に対応できないのだから若者でないと足が遠のくことにもなるのだろう。
そんなことでか、渋谷駅再開発の準備が進んでいる。再開発がいつ完成するのかは分からないが、それまでは工事中の仮設通路だらけとなって、高齢者には相変わらず優しくなく、懐かしい渋谷駅の光景も消えてしまうことだけは確かだ。
渋谷駅の工事は東横線の駅が地下に移る2012年秋までに銀座線の駅を東口側に移すことから始まるはず。70年以上の歴史をもつ東急東横店の中にある現在の駅を見ることができるのも後2年ということか。2012年春のヒカリエの完成と同時に「さよなら銀座線渋谷駅」とでもいうイベントが企画されそうだ。

地上3階の銀座線渋谷駅
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109(マルキュー)(10-12-13)

たまたま見つけたAKB48の歌。YouTubeにはいろいろな映像が公開されているが、ここに紹介しているのは今年の9月11日にアップされたもの。なんとも昭和っぽいメロディーで、カラオケでも使えそうな感じの調子のよい歌である。109のコマーシャルソング、渋谷のご当地ソングとして使われてよいかもしれない。
「うわのそらで歩いた ゆるい坂をのぼって 気づいたらマルキュー」という歌詞は現地の地形からは考えにくいので、SHIBUYA109とは無関係の空想の世界ということになっているのだろう。問題の流出映像とはいえ、こういうことがヒットのきっかけになればそれもよいのではないか。YouTubeのコメントにも好意的なものが多い。
109は渋谷の他に町田、静岡、金沢にもあるが、渋谷にあってこその109。そのホームページとブログには2種類の文字の中国語と英語の表記がある。もはや世界のSHIBUYA109であることに疑問の余地はない。




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渋谷の坂の上の街(10-12-12)

渋谷百軒店は現在道玄坂2丁目の町名になっているが、50年ほど前まで円山町という町名で、ランブリングストリートの反対側の円山町と一体であった。道玄坂、文化村通り、道玄坂小路、神泉駅から坂や階段を上がったところは丘を整地したような平坦な土地になっている。100年以上も昔に荒木山と呼ばれていたところが整地されて現在の姿になったのだろう。その中で、百軒店は1912年に計画的に名店街として整備された歓楽街となったのだが、その周辺は道玄坂上に置屋をとりまとめる検番をもつ料理屋、置屋、待合の三業地であった。置屋は芸者の管理事務所で、待合は料理を外から取る寝具付きのお座敷。遊郭とか花町ともいわれたようだ。
そんな場所だから、坂の上の街はもとより、三業通りとも検番通りとも呼ばれた神泉仲通ですら、表通りの住民には通りづらかったように聞く。表通りとは隔絶されたような雰囲気となっているのだ。土地の利用効率という意味ではもったいない、ということになるのだろうが、ラブホテルに囲まれて小さな個人営業の飲食店が静かに営業している百軒店と円山町。そんな入りにくさが逆に魅力ともなるはずだ。異性と二人連れで歩くことには抵抗のある場所ではあるが、そこを多くの人が普通に利用することで店が繁盛すれば、その街の魅力が拡大することになるのではないか。
東京の現在の主要花街は新橋、赤坂、神楽坂、芳町、向島、浅草なのだそうだ。いずれも江戸時代からの歴史をもつ。円山町は明治期からの新興花街ではあったのだが、歴史を誇る花街がいずれもその痕跡をわずかにしかとどめなくなっているときに、ラブホテルという待合の現代版が60軒近くもあるこの街を、文化遺産として評価する考え方もあるのかもしれない。
性風俗には悪のイメージがつきまとう。悪所ということばもあるほどだ。しかし人類最古のビジネスとも言われるものを完全に否定してしまうことにも無理がある。道玄坂上交番からBunkamuraに抜ける道幅が狭くて歩きにくい道の周辺を再開発することも検討されているが、その構想がどこまで実現可能なのかは知らない。いずれにしても、そんな話題で盛り上がる場所が渋谷駅のすぐそばにあることはもっと多くの人に知って欲しい。
『円山・花町・母の町』(1973年)という歌がヒットしたのは随分昔になるが。


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百軒店への関心(10-12-11)

百軒店商店会のイベント「SPACE WORKS 百軒店2010」の座談会が開催された。サウンドスケープというコンセプトををもとにさまざまな活動を展開する鳥越けい子と、お散歩演劇(ポタライブ)の創案者・劇作家の岸井大輔が、青山学院大学総合文化政策学部の学生たちと協働して取り組む、アートによるまちづくりイベントの一環である。11月20日から12月12日にかけてのさまざまな活動の総括となる座談会が今日と明日にかけての開催となった。会場は千代田稲荷の隣に昨年12月に開店した百軒店・魚THEユニバース。 
百軒店商店会が学生を巻き込んでのまちおこしをはじめて3年以上になる。まちに変化があるわけではないが、ファンが少しづつ増えていることはあるのだろう。カフェMELTが商店街の真ん中にでき、ヤキニクホルモンどうげんが人気だとか、表通りに賑わいとは無縁のような百軒店も客の代替わりの時期に来ているはずだ。
こんなおもしろい街はない、というのが、そこで生活をしている人たちや常連客なのだろうが、そのことが見えないのが特徴である。いや、見えないどころか、街に入りにくいという現実のあることも認めなくてはならないのだ。百軒店を知らない人たちに、その魅力をどう伝えるか、ツイッターやUstreamなしに考えることができるのだろうか。

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百軒店の顔役たち(10-12-10)

渋谷マークシティ内のクリエーションスクエアしぶやで百軒店のまちの今昔を紹介する写真を展示している。12日までの展示なのだが、なかでも百軒店の街のキーパースンを一人一人紹介している写真がすばらしい。
百軒店といって分かる人は比較的高齢の人たちで、カレーのムルギーのあった街という記憶はあるものの、現在の街に関心があるわけでもない。若い人たちには百軒店という名前すら意識にない。道玄坂からの入り口は「無料案内所」が正面に見えるし、予備知識なしに坂道を登る気になるかどうか。行ってはいけない街との伝説が古くからの近隣の住民の中にあることも否定できない。なにしろラブホテルが周辺を囲んでいる街なのだ。そんな百軒店の顔役というとどんな人たちなのか、その答えが今マークシティで展示されているわけだ。
百軒店は渋谷が渋谷区になる前にできた街で、かつては円山町に含まれていた。現在のラブホテル街は100年も前からあった花街のなごりともいえる。戦後は映画館が3館あり、渋谷駅からバスも出ていたほど、渋谷駅周辺とは別の歓楽街だったのだ。渋谷の旧市街というわけではないのだろうが、ハチ公で有名になり、東急百貨店を中心に発展した渋谷駅周辺以上に、歴史のある街であったといってよい。30年ほど前まではジャズ喫茶に集まる人たちも多かったようだが、最近は昼間は名曲喫茶ライオンにファンが通うのが目立つほど。渋谷の賑わいからは取り残されている。
そんな百軒店のまちおこしのための企画「SCAPE WORKS百軒店2010」がこの週末で終了する。11日には「まちのはなしを聞く」というイベントがある。場所は千代田稲荷横の「魚THEユニバース」。百軒店の顔役たちに会うことができる機会でもある。

http://www.sensing-winds.jp/hyakkendana/index.html

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報道と地域社会(10-12-9)

個人の家の前にカメラを持った人たちが何時間も座り込んでいたら、当事者はもとより、近所の人も警察に通報するだろう。警察は警察官を派遣する。それでも座り込んでいる人は立ちのかない。警察官は簡単に実力で排除することはできないのかもしれない。にらみ合いが続く。そこに町会の役員が来て、迷惑なんですよ、と声をかけたらどうするのだろう。カメラの前に迷惑な報道活動はやめてくれ、とでも書いたプラカードを掲げても、無視されるに違いない。町会の人たちの数が増えたらどうだろう。またそれが取材の対象になるだけのことか。そのようにしてテレビは出演料を払うことなく視聴者の好奇心を満足させる獲物を追うのだろうか。
もし地域住民が地域を自分たちで守るということであれば、こうした外部のカメラ集団を排除することにもなるはずだ。あらゆる組織は外部のカメラを排除する力をもっている。地域社会にそうした力がないとすれば残念だが、人口密度の低い高級住宅地ではやむを得ないかもしれない。
このケースが近くの住友青葉台タワーの住民だったらどうだろう。大型高級マンションの営業はこの手を使うといい。

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渋谷とハチ公(10-12-8)

渋谷といえばハチ公といわれる程その名は知られている。ハチ公バスというのもあり、渋谷のシンボルとなっている。しかし、そこまで有名になったことには数々の幸運が重なった。渋谷駅が舞台だったこともその一つ。
ハチ公が世に知られるようになったのは昭和7年(1932年)10月14日の東京朝日新聞の記事からだ。日本犬保存会の斎藤弘吉が投稿したものが「いとしや老犬物語-今は世になき主人の帰りを待ち兼ねる7年間」との見出しで掲載された。斎藤弘吉は1928年に日本犬保存会を立ち上げ、その会長となっていたが、調査していた秋田犬のハチが渋谷駅でいじめられているのを見かねて、渋谷駅に亡くなった主人を迎えにいく犬として紹介した。これを機に日ごろから見慣れていた駅員や売店人たちが可愛がるようになったというわけだ。そうしてハチがハチ公と呼ばれるようになった。
おりしも渋谷は10月1日に東京市に編入されて渋谷区になったばかりのとき。それまでは豊玉郡渋谷町で、東京府の郡部にあたっていた。東横百貨店は2年後の11月の開店だからちょうど工事中だったのだろう。テレビのなかった時代、そんな渋谷駅に朝日新聞が取材に来るということだけでも地元では大変なことだったはず。
翌年、東京美術学校出身で斎藤弘吉の友人であった彫塑家の安藤照が銅像を作りたいと申し出、1934年1月から募金活動がはじまり、同年4月21日には完成して除幕式が行われている。美術作品としても価値があるようだ。同じ年の11月には東横百貨店が開店し、その前触れともなったのだろうか。
こうした動きが、東京市のはずれでしかなかった渋谷の知名度アップに貢献したことは確かだろう。また、渋谷区が誕生したばかりで、東横百貨店という話題の店ができたことにも相乗効果があったはずだ。
更に日中戦争のはじまった1937年(昭和12年)には尋常小学校2年の修身の教科書に「恩ヲ忘レルナ」ということで掲載され、日本中の現在72歳から80歳までの人たちの記憶に忠犬ハチ公として残すことになる。
ハチ公物語という映画が1987年に公開され、現在でも子ども向けの本が出ているのは、それだけ純粋に魅力ある物語だからなのだろう。








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渋谷の原点(10-12-7)

渋谷は江戸・東京の歴史とは無関係に突然出現した繁華街だ。1934年に東横百貨店が開店し、1938年に地下鉄が開通してからその存在が認められるようになったのだろう。それまでは、東京の中で関心をもたれたとすれば、花街の円山町と百軒店ではなかったろうか。1934年に忠犬ハチ公像が駅前にできたのも、今でいう町おこしにつながっていたのかもしれない。ハチ公は渋谷の全国的知名度向上に確実に貢献した。
渋谷が東京の繁華街の中で存在感が出てきたのは、戦後の闇市に続いて、1954年に東横西館が日本一の高層ビルとして完成し、1956年に東急文化会館ができてからのことだといってよい。東急文化会館のプラネタリウムと最新式の映画館が鉄道沿線の郊外から渋谷に人をひきつけた。1961年には当時圧倒的に人気のあったプロレスの殿堂、リキスポーツパレスが完成し、多くのプロレスファンを集めたということもある。
そして1973年にはNHK放送センターが完成し、渋谷パルコが出来てファッションの街のイメージが形成されていった。1970年に創刊された『an・an』と1971年創刊の『non・no』により渋谷が若い女性に魅力ある街になって40年後の現在に至っている。
そうしてみると、渋谷の原点ともいえるのは道路の上を走る地下鉄なのではないか。それ以前の渋谷駅周辺は、目黒駅や五反田駅の周辺と同等の、どこにでもあった駅前商店街にすぎなかったのである。

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栄通りの電線地中化工事始まる(10-12-6)

10年以上工事現場のような状態が続いていた栄通りでいよいよ電線の地中化の工事がはじまった。来年度中に栄通りの歩道が整備されることになっているので、あと1年もすると今ではすっかり慣れてしまった雑然とした光景が消えてしまう。電線の地中化工事は3月までとあるが、その時に歩道ができているのかどうかは分からない。工事手順も、いろいろな選択肢の中から決められていくことなのだろう。工事中は一層歩きにくくはなるだろうが、工事の様子が好奇の目で見られることにもなりそうだ。
たとえ工事の最中であっても、Bunakuraと山手通りの東大前を結ぶこの道が、栄通りよりもっとシャレた名前で呼ばれるようになることを楽しみにしている。

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渋谷WESTの周辺(10-12-5)

渋谷WESTはどこだ、という説明よりも、渋谷駅周辺全域から渋谷WESTでない地域を紹介すると分かりやすいかもしれない。まずJRの線路を挟んで渋谷駅の東口一帯。渋谷EASTと呼べる明治通りと宮益坂方面の地域だ。繁華街というよりはオフィス街に飲食店がある街というところ。明治通は原宿、恵比寿とつながり、宮益坂は表参道へと向かう。青山学院大学や国学院大学の学生街の通う街でもある。渋谷ヒカリエや宮下公園の完成で、人の流れが増えることが期待されている。
首都高が道路の上を走る246の南側は渋谷サザンヒルズ。セルリアンタワー周辺の街といってもよい。東急本社や日本たばこ産業のビル、インフォスタワーがあって、鶯谷町、鉢山町、猿楽町から代官山へと連なる。オフィス、高級住宅、飲食店からなるオシャレな街だ。246が大河のように横たわり、渡るには地下歩道や歩道橋を利用しなくてはならない。線路と幹線道路に区切られているため、渋谷の他のエリアとの回遊性には乏しい。
246と渋谷マークシティの間が渋谷中央街。小規模なビルが並び、そこにさまざまなタイプの飲食店が入居している。急な坂道が道玄坂上へと続く。
渋谷駅から山手線沿いに北方向に向かう道が公園通りで、マルイシティ前を直進する道はファイヤー通りと呼ばれる。渋谷西武、マルイ、パルコ、タワーレコードといった大型店がある。
渋谷センター街は、メイン通り、センターこみち、井の頭通り、宇田川通り、スペイン坂といったエリアからなる渋谷でも一番賑わう場所である。
渋谷WESTはこれらのエリアではない渋谷であり、渋谷で店を探す場合はこうした区分を理解した方がよいだろう。これらの5つのエリアはそれぞれに商店会などの組織があり、それぞれのホームページで紹介をしている。
渋谷WESTの地域でも、道玄坂商店街振興組合、百軒店商店会、円山町会がホームページを持っている。商店街組織の範囲のことなど来訪者にはどうでもよいことではあるが、街を理解する上では参考になる。何よりも、渋谷が一つの街ではないことをもっと知ってもらった方がよいのではないか。渋谷に多彩な顔のあることは、地域を区切ることで理解を得られるはずである。

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テレビのローカル化(10-12-4)

11月25日にNHKで「鷹狩りで目黒・浜離宮をブラタモリ」が放送された。そのためなのか遠江橋が検索されたようで、それから数日間このブログの3月12日「遠江橋と松見坂地蔵」が突然読まれることになった。1月2日と3日の午前11時からハヤブサを電通ビルの屋上から浜離宮に飛ばす放鷹術の実演とあわせて駒場の鷹狩を紹介したらしい。東大駒場キャンパス内の駒場池も紹介されたようで、タモリさんがロケ中に駒場池でザリガニの撮影をし、その写真がホームページで紹介されている。ただそこで、駒場池が一二郎池とNHKのサイトで表記されているのは、いささか気になるところ。せっかく2年前に命名した駒場池が長年の通称であった一二郎池になっていることは、大学当局としては遺憾だったのではないか。
http://www.nhk.or.jp/buratamori/broadcast/vol008.html
いずれにしてもテレビの影響力というのは大きいものだ。この「ブラタモリ」という番組はNHKの人気番組「小さな旅」の対象を東京に絞りこんだもののようでもある。ともすれば人口の割りには東京の地域情報が相対的に少なかったテレビ番組の中で、東京の各地についての関心を惹く内容の番組が放送されていることは意義深い。さまざまな視点から東京を散策するための情報が提供されることで、身近な地域に興味がわき、歩いてみる気になるとよい。旅行会社や地方の観光業者の営業活動に目を奪われて、東京の多彩な魅力を知らずにいることは余りにももったいないことだ。テレビはもっとローカルになった方がよいのかも知れない。
「鷹狩りで目黒・浜離宮をブラタモリ」再放送の情報は以下にある。
http://www.nhk.or.jp/buratamori/schedule.html

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東大駒場キャンパスの街(10-12-3)

かつて東大前商店街は駒場寮の学生を中心に、東大駒場キャンパスの街として機能していた。授業に出なくてもマージャン屋に通う学生は少なくなかったのだ。駒場寮がなくなり、東大前商店街の商店も数えるほどになった今、駒場は学生が立ち寄る魅力に乏しい街といわざるを得ない。一方で渋谷は、学生街としては巨大すぎるし、いくつもの大学の学生が利用する街でもある。そんな中で渋谷WESTなら、東大駒場キャンパスの街となってもおかしくないのだ。
今月18日には「東大史上最大の忘年会」と称する企画が実現する。「東京大学大忘年会2010」というものだ。場所は道玄坂の新大宗ビル内をメイン会場とする渋谷WESTエリア。駒場キャンパスだけでなく、本郷キャンパスの3年生、4年生も参加するという大規模なものとなっている。キャンパス内の施設ではなく、渋谷という街で開催する忘年会は、渋谷WESTを東大駒場キャンパスの街として公認することにもなるだろう。
世界に開かれた東大の街として、また大学とベンチャー企業やアーティストが出会う街として、
渋谷WESTの将来につながる第一歩になってほしい。

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渋谷マークシティの将来(10-12-2)

東京に長く住んでいても渋谷マークシティを知らない人の方が多いことはいうまでもない。渋谷駅への通路として利用することでもなければ、渋谷に来ても立ち寄る場所ではないようだ。
5階に長距離バスの乗り場のあることも利用者でなければ知らないだろう。若者の街渋谷のイメージが強い中での「オトナ発信地」。渋谷に来なくてはいけないオトナたちが、仕方なしに利用する場所、といえなくもないような。
渋谷マークシティは道玄坂と246の間を遮る城郭のようでもあり、その入り口も目立たない。中に入るには勇気がいるようでもあるのだ。デザイン的に洗練されていることも一因かもしれない。
開業して10年になるが、中には地下鉄の車庫があって、1階が歩いているうちに4階になる不思議な構造のビルは、世界でも珍しい魅力あふれる建築物ではないのか。人さえもっと集まれば、その可能性は無限といってもよいのだろう。この10年の変化の中で魅力は少しずつではあるが増している。
渋谷ヒカリエが完成すると「オトナ発信地」の座を独占できなくなるわけだが、その2012年春に大きなリニューアルがあるのだろうか。

道玄坂上からの入り口
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JR渋谷駅からマークシティへのエスカレーター
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渋谷駅通路下の入り口
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道玄坂と246を結ぶ道路に面した入り口
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渋谷ヒカリエで変わる景色(10-12-1)

渋谷ヒカリエは渋谷駅の東口で工事中だが、西口からの景色もイメージできるようになってきた。109前とハチ公前広場前のスクランブル交差点から渋谷駅と東急東横店東館の向こう側に見える高さに達し、完成したらどのように見えるかが分かるようになったのだ。
NHKの映像で、これまでの渋谷駅前スクランブル交差点の向こうに見える東急東横店西館に替わって、より高く聳える渋谷ヒカリエが渋谷の映像として、全国、全世界に発信されるようになるだろう。建物のデザインも11階から16階が目立つようになっていて、道玄坂下やハチ公前広場からの眺めを意識しているようだ。
2012年春には東京スカイツリーが新しい東京の顔になるのだろうが、同じ時期の完成する渋谷ヒカリエも渋谷の顔となる。高さ500メートル突破など、メディアへの露出度は今のところ圧倒的にスカイツリーの方が大きいが、完成すると渋谷ヒカリエも相当な人気を呼ぶはずだ。
いずれにしても長い間親しまれていた渋谷の顔が東急東横店から渋谷ヒカリエに変わることは間違いない。

鉄骨を出したヒカリエは将来の渋谷の顔に
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これまでの渋谷の顔
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