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お寺の役割(10月2日)

現在は明治維新以来の改革の時期にあると政府はいう。でも改革を自分自身の問題として意識している一般の人たちや自治体の行政の人たちがどれだけいるのか。改革などめんどうなことはしてほしくないという人たちの方が圧倒的のはず。総論賛成各論反対ということもあるのだろう。それでも経済情勢などの変化により、これまでの仕組みの見直しが必要になっていると感じていることまでは否定できない。
そこで明治維新以来の改革ということであれば、明治維新そのものを見直さなくてはならない。当然教育もその中に含まれる。坂本竜馬をはじめ、明治維新を成し遂げた人たちはどのような教育を受けていたのか。いうまでもなく江戸時代の教育によるものだ。その内容は儒学であり仏教であった。しかし明治維新を達成すると、それが文明開化と共に自ら受けた教育をほとんど完全にといってよいほど否定してしまった。その結果が太平洋戦争になったという人もいる。戦後の教育も、その骨格は明治の教育を明治政府の官僚がアメリカの意向を踏まえてモデルチェンジをした程度のものではないのか。
その是非はともかく、儒学と仏教を封建時代の遺物として見るのではなく、東アジア文化の共通の基盤として見直す時期に来ているともいえそうだ。経済大国、軍事大国となった中国との対話に中国共産党がかつて否定した儒教をもちだすことができるのかどうかは知らないが、日本文化の根底にある中国の思想を理解しておくことの意義は少なくない。
仏教も中国から伝来したものであるが、禅を世界に伝えているのが日本人僧侶であるように、日本の仏教界の世界への貢献には少なからぬものがあるようだ。
その仏教界も日常生活では葬式仏教といわれるように、葬式の時に僧侶がお経を読み話をするという程度でしか多くの人には接点がない。そのお経の意味も理解できない人がほとんどのようでもある。
そんな中、渋谷では日蓮宗の乗泉寺で誰もが参詣し聴聞することができる。「ゲゲゲの女房」で人気の出た深大寺でも、僧侶の法話をいつでも気軽に聞くことができる。仏教も日常の生活の中で見直さなくてはならない日本の伝統文化なのではないか。
かつては寺子屋が学校の役割を果たしていた。その役割も見直していきたいものである。

法話の聞ける深大寺の大師堂
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