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2010年8月

渋谷区の防災訓練(8月31日)

9月1日は防災訓練の日。渋谷区の中央会場としての防災訓練が10時から12時の間、代々木公園B地区で行なわれる。
「大地震が発生したとき、適切な行動をとることができますか? 自分を、家族を、わがまちを災害から守るには、冷静な判断と協力し合った行動が決め手となります。
いざというときの的確な行動を身につけるため、総合防災訓練に参加しましょう。」
という文面で渋谷区防災課が参加を呼びかけている。
残念ながら「いざというときは行政が何とかしてくれる」と考えている人もいるらしい。そうはいかないことを徹底するのが防災訓練の目的なのだろうが、行政機関がどのような活動をするかを頭に入れる機会でもある。災害があった時のための知識は紙やモニター画面ではなく、実際に地域の人たちの顔を見ながら気持ちの準備をしておくことが効果的。
9月1日は休日でないから参加しにくいということで、日曜日に開催される地域も多い。行政の協力の度合いも自治体によりさまざまだ。
目黒区の場合は町会の自主性が重んじられている、というか、町会役員の負担が他の自治体と較べて結構大きいのかも知れない。無論その方がのぞましいことではあるが。
駒場町会の防災訓練は10月24日(日)に駒場小学校で行なわれる。例年のことではあるが、住民の運営担当者だけで30名にも達する規模となる。
ちなみに東京都の総合防災訓練は8月29日に文京区で行なわれた。

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8月31日限定ミクカフェ(8月30日)

初音ミクが生誕3周年なのだそうだ。そこでミクの日感謝祭4パッケージ発売記念ということから、ミクカフェが1日限定でオープンする。場所は円山町と百軒店の間のランブリングストリートにある映画館ビル1階のカフェ・プロローグ。時間は11時から22時まだが、メニューはミクソーダ、レンスカッシュ、パリンジュースといった飲み物となっていて、コーヒーなどはないようだ。
初音ミクといってもどこまで広く知られているのかは分からないが、コンピュータで合成された音声で漫画の女の子が歌うというもの。消費者生成メディアによる女性アイドルということになる。
コンピュータソフトが発売されてから3年の間にすっかり定着したらしく、アーケードゲームとしても人気があるらしい。発売元はクリプトン・フューチャー・メディアという1995年に創業したベンチャー企業。初音ミクは3年前にゼロから出発してこれだけ話題になるということは相当の事業規模になっているのだろう。初音ミクソフトの基本となるエンジンであるヴォーカロイドを開発したのはヤマハなのだが、9月1日にはヤマハからキャラクターなしのソフトが発売される。声の範囲も広がるようだ。カラオケの時代から音楽を作る時代になることもありうるのかもしれない。
サンプルとして初音ミクのYouTube映像を貼り付ける。

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渋谷の映像とシブヤ名物(8月29日)

YouTubeには渋谷のスクランブル交差点を撮影したものが数多くアップされている。コメントからも主に海外で閲覧されているようだ。その中でも最近のものにリンクをはってみた。日本国内ではNHKテレビの映像ですっかりおなじみだから、一度は見てみようということになるのかも知れないが、東京近辺の人たちには概ね無関心・不人気のようだ。
とはいえこの交差点の光景は京都や箱根に劣らず、もしかしたらそれ以上に日本の重要な観光資源のはず。渋谷らしい土産物がないのはさびしいし、渋谷駅前ビル1階で売っている「ハチ公サブレ」や「ハチ公ソース」では、渋谷の名産品としてのインパクトに乏しい。和雑貨の渋谷丸荒渡辺渋谷本店に売っているものが外国人観光客の土産物屋になっているようだが、シブヤイメージとは無縁のようでもある。さまざまな商品企画が試された結果であったとしても、世界的な観光地としての新たな土産物開発への挑戦が望まれる。



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大気汚染地図情報(8月28日)

東京都のホームページに大気汚染地図情報というのがある。二酸化窒素、浮遊粒子状物質、光化学オキシダント、二酸化硫黄、一酸化炭素、一酸化窒素、窒素酸化物、メタン、非メタン炭化水素、気温、湿度、風速の12の項目について、1時間ごとに地図上に測定値が表示される。項目ごとの地図情報が1週間前までさかのぼって閲覧することもできるというものだ。それぞれの数値が何を意味するのかは、わかりにくいものもあるが、気温であれば誰もが興味深く見ることができよう。
とはいえ、気温は参考のようなもので、目的は大気汚染の状態を監視することにあるはず。光化学オキシダントの値が120ppb(0.12ppm)を超えると、光化学スモッグ注意報が防災スピーカーで発せられる。こういう地図を眺めながら大気の状態を勉強するのもよいかもしれない。
千葉・埼玉・神奈川を含めた地図だともっとよいのかもしれないが、神奈川県のホームページには数値データだけで、どこでも地図情報としてデータを出しているわけではないようだ。
東京都の大気汚染地図情報は、渋谷WESTの「公共情報」の画面からリンクをはっているので、そこから簡単に閲覧ができる。
http://www.shibuya-west.com/2_public.html

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渋谷のイメージ(8月27日)

渋谷には、子供っぽい、安っぽい、うるさい、臭い、怖い、歩きにくい、といったイメージがあるようだ。その反対のイメージをもつ繁華街が銀座ということになるのか。大人、高級、うるさくない、におわない、安全、歩きやすい、といったキーワードとなる。その究極が六本木ヒルズであり、東京ミドタウンになるといってもよいのかもしれない。
渋谷の同じイメージをポジティブなことばで表現すると、若さがある、経済的、活気がある、スリリングでエキサイティングともなるのだが、それを支持するかどうかは趣向の問題だ。
一方で渋谷駅の東側はそんな渋谷イメージとは反対のまちづくりを目指すようだ。
「渋谷・東地区まちづくり協議会」のホームページでその方向を示唆している。この協議会は渋谷区認定の団体で、青山学院大学 社学連携研究センター(SACRE)と共同でまちづくに関する研究を行っているとある。青山と渋谷の東側を一体化してしまうのもよいだろう。
東は東、西は西ということになるのだが、「渋谷WEST」というのは松涛・南平台・青葉台のイメージがまずあって、そこから多彩なモザイク状の街が形成されているということにしている。「東大駒場キャンパスの街・渋谷WEST」としているのは、東大のイメージと渋谷のイメージがかけはなれているにもかかわらず、渋谷駅から駒場キャンパスまでは徒歩圏にあるからだ。一方で、センター街と公園通りは「渋谷」イメージが強烈すぎるのではずしている。だから「渋谷WEST」が「渋谷・西地区」ということになはならい。
いずれにしても「渋谷WEST」は渋谷区と目黒区にまたがり、地域組織の背景をもたないので、非公式でしかあり得ないというものだ。しかし、渋谷にマイナスのイメージをもっているため、渋谷駅を通過や乗換えだけする人たちが、渋谷ではない「東大駒場キャンパスの街・渋谷WEST」という地域に興味をもってもらえるようになれば大したものなのだが。

渋谷イメージはこんな感じ
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世界のSHIBUYA
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ここから渋谷WESTがはじまる
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渋谷から一番近い東大の門
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「渋谷WEST」での広告の案内(8月26日)

「渋谷WEST」を立ち上げたのは8年前。当時からバナー広告を狙ったサイトは多く、「渋谷WEST」もそれに期待したもののアクセスそのものが伸び悩み、そのため更新を半ば放置していた時期もあった。業界全体を知る立場ではないが、ネット広告は検索連動型ということになっていった時期だったのかもしれない。何よりも、ホームページの利用者がホームページを運営する側が期待するほど増えていないということが、地域サイトの成長を阻んでいる。
とはいえ、20代以下の世代だと、携帯でインターネット情報を得るのは常識ともなっていて、
インターネット広告は他の広告媒体がすべてマイナス成長なのに唯一プラスだ。
地域限定のホームページは広告を見る人数は少ないため、広告媒体としての評価に難しい面があるとしても、世界的な観光地シブヤとオフィスビル群に高級住宅地、そして日本を代表する大学までもが混在する地域である渋谷WESTがおもしろくないはずがない。対象エリアの居住者は2万人ほどでしかないが、渋谷駅で下車する人の数は1日で百万人を越える。
マイナスイメージもある中で、本来もっているまちの魅力を伝え、そこにどんな飲食店があるかが分かるようにすると共に、居住者のために地域社会の様子を伝える方針を貫く。訪問者、勤務者、通学生、居住者のすべての人たちに継続的に利用してもらえるよう、更新頻度を高める。
そんな地域・観光情報サイト「渋谷WEST」の利用者に関心をもっていただけるような広告を集めたい。今回作成した広告案内画面には、広告からリンクさせることもできるフラッシュ・ムービーを含む参考例を作ってみた。
http://www.shibuya-west.com/movie/ad_guide.html

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東京の映像(8月25日)

東京や日本の映像がYouTubeにいくつもアップされていて、そのコメントのほとんどが英語。それを読むと東京は今や世界の若者が憧れる街になっているといってもよさそうだ。
20世紀はパリとニューヨークが都市の魅力を独占していたともいえようが、パリの魅力はミラノやベルリンに分散し、ロサンゼルスやシリコンバレーが新しいアメリカらしさの場を作りつつあるようでもある。
そんな中で、世界の経済成長を牽引するかのようなアジアに位置する東京は、経済的には上海やシンガポールに魅力を奪われているとされるものの、文化の面ではこれから多彩な活動の舞台を提供する場となっていくのではないか。
東京の映像の中でも渋谷駅前の光景が印象的だ。世界に例がない街並みだからともいえないか。新宿は高層ビル群を含め、上海のようでもあり、銀座は過去のパリやニューヨークの雰囲気を目指していた街といってもよいかもしれない。だから、渋谷がもっと面白い街になってこそ日本の未来がある。逆に、渋谷の魅力がなくなるようでは日本の未来はなくなってしまうとまでいえばいいすぎだろうか。そしてその担い手の少なからぬ部分が日本の魅力に惹かれてきた外国人ということにもなるのだろう。相撲ですら外国人力士なしに成り立たなくなっているのだから。
渋谷WESTがこれからさまざまな文化が融合する場になっていく予感がする。

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2010渋谷今昔写真展(8月24日)

渋谷マークシティの中にあってマークシティのホームページに見当たらないのが、「クリエーションスクエアしぶや」での展示。「クリエーションスクエアしぶや」は渋谷区が公共スペースとしてマークシティから譲られた場所らしい。株式会社渋谷サービス公社が運営している。
その「クリエーションスクエアしぶや」で、8月3日から10月3日までの期間開催しているのが「2010渋谷今昔写真展」。その後10月5日から11月14日までは「昭和40年代の渋谷写真展」となっている。写真で見たことのある風景ばかりなのだが、説明には新しい発見がある。
その一つが大和田通りという名称。道玄坂から渋谷マークシティの東と西の間をくぐる道をそう呼んでいたらしい。ところが、渋谷マークシティを挟んで246側の渋谷中央街のホームページによると、マークシティの中で2つに分かれる道路の一つがセルリアンタワー通り、もう一つがプラザ通りとなっている。そうなると、現在は桜丘町になった大和田の名前を道玄坂側で使うわけにはいかないことになる。そんなことでか、大和田通りの名前も消えてしまったようだ。セルリアンタワー通りという名前がつけられたのはいうまでもなく2001年に3月に竣工したセルリアンタワーができてからであろう。大和田通りの名前は246の工事がはじまって通りが大和田に行かなくなり、大和田が桜丘町になるという過程で消えていってしまったようでもある。旧大和田小学校の跡地に11月にオープンする「文化総合センター大和田」に大和田の名前を残したのは地域の記憶を伝えることを意識してのことだろうか。
渋谷今昔写真展がそうした地域の記憶を喚起し、記録として残していく機会になるとよいが。

道玄坂方向を見る
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マークシティ方向を見る
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HMV渋谷店が閉店(8月23日)

昨夜渋谷センター街と井の頭通りにまたがるHMV渋谷店が閉店した。1階から4階までのフロアを持つ大型の音楽店舗で、大きな看板もあって渋谷の中でも存在感のある店だった。渋谷に遊びに来る若い人たちの多くが必ず立ち寄る場所のひとつだったのかもしれない。最終日の昨夜には多くの客が訪れ、外から最後の姿を写真に収めていた。
HMVのすぐ隣にあった家電のさくらや渋谷店が今年の2月28日に閉店し、その後は空き家の状態で、これからHMVの後がどうなるのかも不明。それらがどうなるかで、渋谷という街全体への影響が無視しがたいものもありそうだ。
更に、4ヶ月後の12月26日には道玄坂にあるヤマハミュージック東京の渋谷店も閉店となる。1966年以来44年に渡って首都圏における楽器販売の旗艦店として親しまれてきた店だ。HMVに続くヤマハの閉店で音楽関係の人たちが渋谷に遊びに来る機会が減ることも懸念されないだろうか。大型店舗の経営が難しくなっているということがあるにせよ、別の形でミュージシャンたちが遊びに来れる街になるような新規のビジネスが生まれることを期待しよう。

6月の時点で
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閉店の日の夜
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氷川神社のお祭り(8月22日)

昨日から今日にかけて氷川神社のお祭りだった。境内はもちろん、階段下の246歩道にも屋台が並ぶ。沿道の飲食店も店先でビールなどの販売をしてご利益にあずかることになる。神輿も担ぎ手の問題があって、最後まで担いだのは氷川神社の氏子会を構成するいくつもの地域組織の中で駒場の2基だけとなった。炎天下の午後、駒場町内をいくつもの休憩所を回って最終の氷川神社下まで練り歩く。神輿を出すには担ぎ手だけでなく、周囲でサポートする多くの人たちの協力がいる。それだけの地域の力がなくてはならないものだのだ。日ごろから住民同士の交流ができていないと不可能なことだ。そんな問題を克服しながら神輿を継続することの意義は大きい。
日本中にはさまざまな大きな祭りがあり、それを見物しに行く人も多いのだが、祭りはその土地に密着したものであり、地域社会の中で参加してこそ意義あるものだ。と書いたりすると、手伝いもしないで見物しているだけで適当なことをいってけしからん、やっている方は大変なのだ、とのお叱りを受けそうだし、事実手伝ってないのか!ともいわれた。しかし、全員参加が当然という地域社会も息苦しいものだろうし、手伝わないからと、遠慮して応援もしないということになるのも問題だ。
そんなことで神輿の写真を公開することでお許しをいただくことにする。参加された皆さんには敬意を表するばかりです。お疲れ様でした。

駒場東大前駅西口は午後4時ごろ
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第3機動隊敷地内で休憩
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246で気勢をあげる
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先頭は女神輿
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246の氷川神社階段下がゴール
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拍子木で終わりの合図
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故郷(8月21日)

8月15日のブログで、地域社会の住民のタイプを
(1)少なくとも親の代からそこに住んでいて、地域内の公立小学校出身というタイプ
(2)永住の意思をもってその地域に移り住んできたというタイプ
(3)地域を選んではいるが、仕事の都合などで、いつまで居住するかわからないというタイプ
(4)たまたま寮や家族寮がそこにあるためにその地域に居住しているタイプ
に分類した。
駒場小学校の児童はその中で(4)のタイプが過半なのだそうだ。そういう子どもたちにとっての故郷が駒場、大橋ということであっても帰るところを探すのは難しい。氷川神社の祭礼の時に山車を引いた思い出をもつ子どもたちを暖かく迎える故郷がほしいはずだ。駒場の喫茶イーグルや大橋のCUISINEといった、地元出身の人が経営する店はそんな場所になるのではないか。都合のよいときに立ち寄れば故郷の様子がわかる。インターネットとリアルの店で、そうしたことが渋谷WESTというサイトを通じて実現できるようにしたい。
大向小学校の卒業生は母校が東急本店になってしまっているが、地域の古い店で集まったりしているのだろうか。故郷が東京ということはない。小中学校の通学範囲が故郷と考えるのが妥当である。同時に、東大や駒場に数多くある高校の卒業生の皆様にとっても、駒場から渋谷にかけての街を故郷としていただきたいものだ。

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山手通りの混雑(8月20日)

最近山手通りの松見坂から東大裏にかけて、特に初台方向への渋滞が目立つようになっている。そのため、松涛2丁目の交差点で、一方通行の出口にぶつかる駒場に入ってくる車が多くなったと聞いた。山手通りの渋滞よりも、その結果として駒場に迷い込む車が入ってくることが気になるようだ。
そこで、渋滞の原因について、考えられることを調査してみた。一つは、中央環状新宿線ができたため富ヶ谷出入口に向かう車が増えたということ。そこで、富ヶ谷出入口を見たところ、出てくる中目黒方向の車は列をなしていたが、初台方向に入っていく車は10台に1台もないほど。だからこの仮説はあたらない。
渋滞は松涛2丁目の区間500メートルほどだけ。問題の区間は山手通りと旧山手通りが合流し、コスモス通りが分かれるまでの区間だから、2本の道路が1本になって交通量が多くなるのは当然でもある。しかし以前は今ほどの渋滞はなかった。
東大裏の交差点では、初台方向はこの交差点で東北沢方面から渋谷方面に行く車両と、初台方面から東北沢方面に行く車両と2回の信号待ちをしなくてはならない。しかし、これは以前も同じこと。それが、現在は交差点の真ん中が新宿線のためにスペースをとっているため、交差点内の距離が以前より長くなっている。交差点内の車を通すための時間が長くなったことが、山手通りを初台方向に直進する車を止める時間が長くなり、その結果、東大裏交差点の手前で渋滞するようになったのではないか、との仮説であるが、どうだろうか。
信号の時間調整で解決しそうなのだが、そうするとコスモス通りに渋滞が発生するのだろう。

渋目陸橋下の渋滞
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今日の東大裏交差点
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今年1月工事中の東大裏交差点
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盆踊り第一夜(8月19日)

恒例の東大前商店街の盆踊り第一夜が今年は神宮の花火大会と重なった。そのためではないのだろうが、若干人出が少ないかの印象はあった。特に踊りを踊る人がしばらくの間10人もいないほど。例年は商店街を列なして踊っていたのが、今年は階段下の交差点で輪になってというスタイルとなっていた。それでも7時から始まって8時半をすぎるころには若い人たちも加わって、雰囲気が出てきた。踊りは老人クラブが主体なのだが、駒場の商店街にこんなに子供や若い親たちがいるものか、と感心させられるのも例年のことだ。
準備をする人たちはいつものように大変で、これから日曜日に氷川神社の祭礼が終わるまで、休みなく働かなくてはならない。商店の数が少ない中、その仕事を引き継ぐ人が求められるようだ。焼鳥を焼く仕事などは東大の学生の協力が得られているのだが、交通整理担当などは町会でサポートするなどしている。
途中、目黒区長から雨の予報を覆したとの挨拶があり、お祭り気分を盛り上げる場面となった。
神宮の花火大会のような巨大なイベントではなく、こうしたマスメディアの報道の対象とならない地域社会のこじんまりした行事こそが、住民の絆を生み出すものとして価値があるとの思いを新たにしたのである。

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挨拶中の青木目黒区長と司会する東大前商店会長の市沢区議
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東大前商店街の盆踊り(8月18日)

19日(木)と20日(金)は恒例の駒場東大前商店街盆踊りが開催される。それを知らせる提灯が商店街にかけられた。広場にヤグラを組んでその周りで踊るというスタイルではなく、商店街を練り歩くのがここの特徴である。各店の前には夜店が出て、焼鳥、ソーセージ、綿アメなどが売られる。日ごろは人通りの少ない商店街も、この日ばかりは子供たちとその親たちで信じられないほどにぎわうのだ。町会の掲示板に出るわけでもなく、商店街の張り紙だけで知らされるのだが、子供たちのネットワークが親をまきこんでいることも考えられる。焼鳥だけでも2千本を用意するというから大変なもので、行列を並ばないとありつくことはできない。
電車の駅があるとはいえ、バス通りから離れ、住宅地の真ん中にある商店街というのは珍しいだろう。商店が営業をやめ、住宅に変わっていく傾向がここ10年で進んでいるが、これについてはよくあることかもしれない。
ちなみに駒場東大前商店会というのは、駒場東大前駅西口方面の商店は含まない。


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駒場3丁目に防災倉庫新設(8月17日)

松涛2丁目交差点の先、目黒区と渋谷区の境界には立派な渋谷区松涛の防災倉庫があるものの、駒場町会の防災倉庫がこのエリアになかった。そうしたことから、防災倉庫の設置が懸案となっていたのだが、このたびようやく東大の炊事門前の区道を借りる形で実現した。今日の午後、目黒区の担当職員と駒場町会防災部長の立会いの中で、業者が一人で1時から4時まで猛暑の中3時間をかけて組み立てを終えたのだ。明日には駒場町会防災倉庫の表示ができ、備品の搬入が次の課題となるが、箱がとりあえずは完成したことになる。
東大の構内とまぎらわしい場所であるためか、東大の警備員からこの場所での防災倉庫の設置についての事情を聞かれるという一幕もあった。通行中の人からは東大の警備施設でもできるのかと思ったといわれるほどだから、警備員も構内との疑いをもったのだろう。
また、ご近所の方からは親切に飲み物の差し入れをいただいたが、東大の構内から出入する人たちばかりで、暑いためか、子供たちが見物するということはなかった。このあたり60年前はクワガタを採る場所だったそうだし、東大内の駒場池から空川の支流が流れていたのも東京オリンピックの時にすっかり変わってしまったとか。
防災倉庫はいざというときの地域の拠点ともなる。無論何の役にも立たない方がよいのだが、住民であれば、そこに何があるのかは知っておいた方がよい。地域の絆はこうした場所から生まれる。
今週は木曜日と金曜日が東大前商店会の盆踊り。22日の日曜日は氷川神社の祭礼でお御輿が出る。お御輿は駒場町会から2基出るが、他の町会では担ぎ手がいないとのこと。地域の絆が失われたと嘆く声がマスメディアにはあり、それに気持ちの上では同調する人も、身近な自分の地域がどうなのかを知ることは受身では無理だ。いずれは地域メディアが機能することになるはずなのだが。

(18日に写真を2点追加しました)

工事前の設置場所
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地面にコンクリートで固定
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できました!
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下からの眺め
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18日に名前が入りました
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東大の門との位置関係
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ベジタリアン料理の店(8月16日)

ベジタリアンは日本では菜食主義とか精進料理として理解されるものの、日本人で魚介類を含む肉食をしない人はごくわずかだろう。一緒に食事をするときでも、肉食をさける人がいることを気にすることはない。日本でベジタリアンのためのメニューを用意しているのはインド料理店が多く、そうでない店だと探すのが大変のようだ。海外ではインドで31%、台湾で10%、イギリスで9%というベジタリアンの数字も出ているが、日本で生活しているとその事実にはまず気づかないといってよい。
山手通りの渋目陸橋の下に昨年7月にオープンした中東の野菜だけのファーストフード、ファラフェルの専門店Kuumba du Falafel はすべてベジタリアンメニューとなっている。ファラフェルを食べる店であってベジタリアン料理の店というわけではないようだが、実質はそのようだ。
インターネットの「食べログ」を見るとこの店が人気のあることがわかるが、実際の店を外から見た目ではそれほどでもない。何しろ店の前を歩いていても、そこにファラフェルを食べさせる店があるということを知らないと、よほどめずらしいものに興味のある人でもないとそこに入る可能性は乏しい。ファラフェルを食べよう、という意志のある客のみを受け入れるかのような店の場所であり外観なのだ。
こんな店が渋谷WESTには似合うのかもしれない。
http://vege-navi.jp/?1.298.1.0

飲食店らしくない外観
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8月12から18日まで休むという英語での案内
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店の前の渋目陸橋の向こう側
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店の裏側の景色
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地域社会と住民(8月15日)

「地域主権改革は、地域のことは地域に住む住民が責任を持って決めることのできる活気に満ちた地域社会をつくっていくことを目指しています」と内閣府の地域主権改革は目標を掲げる。しかし「地域に住む住民」というものが地域ごとに大きく異なることがどれだけ意識されているだろうか。
住民といっても職業や家族構成、居住形態などでそのイメージも変わってくる。当然地域社会もさまざまだ。国政レベルではともかく、基礎自治体といわれる市区町村は、住民のその地域でのかかわりのタイプを把握した上で、地域ごとにあり方を考えねばなるまい。
住民のその地域でのかかわりのタイプとは:
(1)少なくとも親の代からそこに住んでいて、地域内の公立小学校出身というタイプ
(2)永住の意思をもってその地域に移り住んできたというタイプ
(3)地域を選んではいるが、仕事の都合などで、いつまで居住するかわからないというタイプ
(4)たまたま寮や家族寮がそこにあるためにその地域に居住しているタイプ
他に例外的かもしれないが、親の代からそこに住んでいても地域外の小学校を選択しているという、松涛や青葉台などには珍しくないタイプもある。
そして、1>2>3>4という具合で地域社会への関心の強さが決まりそうだが、(4)のタイプでも子どもが地域内の幼稚園や保育園、小・中学校に通っていると事情は違うだろう。
(1)のタイプの比率の高さがその地域社会の強さの指標になるといってもよいが、このタイプが増える地域を探すことは難しい。
いずれにしても、地域主権を議論するのであれば、こうした住民のタイプを基礎資料として持っておかなくてはなるまい。たとえば、消防団のなり手というのも基本的には(1)のタイプからであり、そのタイプが減少するのであれば、消防団問題の解決は困難だ。
地域主権改革についての問題点として、特に野党からの質問が建設的となりそうだが、マスメディアが市区町村の個別の事情についての論評をすることを期待するのは無理かもしれない。

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海外からの観光客(8月14日)

木曜日の夕刻にハチ公前広場で待ち合わせをしていたら、外国人の数が多いのに驚いた。訪日外国人の70%近くを占める韓国・台湾・中国・香港・シンガポールの人たちはすぐに外国人とは気づきにくいから、実際にはその3倍の外国人がいたのかもしれない。渋谷のスクランブル交差点は観光客が集まる場所であり、その外国人比率が高い印象もあるのだが、統計によると訪日する外国人の数は意外に少ないことを知った。
日本政府観光局が外国人旅行者に関する統計データを公表しており、それによると、2008年での日本への外国人訪問者数は年間835万人で世界28位。1位フランス7930万人の10分の1程度である。シンガポールが738万人、マカオ1060万人、香港1732万人と較べると、835万人という数字は東京だけの数字としても少ないのではないのかといえる水準だ。今年になって近隣諸国からの訪日が飛躍的に伸びてはいるものの、1-6月で420万人。「日本政府観光局は2010年までに訪日外国人旅行者数1000万人を実現します」との目標の実現には7-12月で580万人の訪日者が必要となる。それでも、買い物やゴルフで韓国から日常的な来訪があるという福岡や、関西、北海道を含めても日本全体でマカオの訪問者数に届くかどうかという水準だ。日本人の海外への訪問者数は訪日者数の倍の数字があり、海外からの訪日者数が現在の倍の数字になってもおかしくない。その分野でのビジネスが成長することは当然見込めることにもなる。
渋谷をそのビジネスの舞台とするか、避けることを選ぶのか。後者を選べば相対的な魅力が落ちるので、日本人観光客も減ることになる。観光地ではない静かな渋谷への道は商業地であることをやめることであり、それは地価の下落をもたらすことを意味するのでありえないことなのだ。

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渋谷WESTの観光名所(8月13日)

渋谷駅のハチ公前広場から見えるいくつものビデオスクリーンは印象的で、そのスクリーンの規模は世界でもトップクラスらしい。その光景は今では東京を代表するイメージ写真となっている。世界中の人が東京の街のとしてまずイメージするのが渋谷駅前といってもよいのではないか。しかし、このハチ公前広場からセンター街、公園通りの方向は、渋谷WESTとは別の街として意識することにする。その方が分かりやすいはずなのだ。
渋谷WESTは渋谷109から奥としているが、観光名所ということでは、駅とのつながりということで、岡本太郎の壁画「明日の神話」のある通路からにした。「明日の神話」が井の頭線やマークシティの利用者に限られることのないよう、観光名所として広く知られて欲しいということもある。
観光の対象として選んだ、渋谷駅と渋谷マークシティとの通路から西側、住宅地である松涛から駒場方面にまでの渋谷WESTベスト10は、さしあたり以下の通りである。
(繁華街)
①壁画「明日の神話」、②渋谷マークシティ、③渋谷109、④道玄坂、⑤Bunkamura、⑥ライブハウス、⑦ラブホテルヒル、⑧音楽喫茶ライオン、⑨千代田稲荷、⑩くじら屋
(住宅街)
①松涛美術館、②松涛公園、③駒場公園、④ケルネル田んぼ、⑤駒場博物館、⑥日本民藝館、⑦氷川神社、⑧大橋ジャンクション、⑨西郷橋、⑩松見坂
こうしたリストアップは観光地ではよくやられていることなのだが、渋谷について最近は見かけない。渋谷が観光地であることは渋谷109の前に立つと良く分かる。観光地の雰囲気が通勤者を含む生活者にそこに対する違和感ないしは嫌悪感を覚えさせるのだろう。
住宅街の方は観光名所ではないとの見方もあるかも知れないが、遠方からの散歩コースとして訪問の価値があるといえるところだ。
それぞれのスポットの見所などについて、今後折りにふれて紹介していくことにしよう。

明日の神話
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渋谷マークシティ
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渋谷109
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道玄坂
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Bunkamura
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渋谷の観光名所(8月12日)

渋谷区のホームページ内に「観光・イベント」のページがあり、その名所・旧跡としてあげられているのは、2.26事件慰霊像、恋文横丁跡、石仏群、金王相撲跡といったもの。渋谷区民ですらいくつ知っているのかという名所・旧跡ばかりだ。そもそも観光の対象といえるのかどうか。いっぽうで、渋谷区の観光名所というと、まず明治神宮が思い浮かぶ。それから表参道、代々木公園、ハチ公前広場、恵比寿ガーデンプレイス、東京オペラシティなどがある。しかし、それらは東京の名所であって、渋谷区としては管理の対象にならないとの立場なのだろうか。
雑誌などでの観光案内の対象となるのは、最近では渋谷駅周辺以上に、原宿・表参道、恵比寿・代官山が人気で、南新宿のサザンテラスも行政区分上では渋谷区になる。目黒区には「めぐろ観光まちづくり協会」が昨年設立されたが、渋谷区でということになるとこうした背景からも難しいのかもしれない。
それでは渋谷駅周辺ということではどうか。名所としては、ハチ公像、渋谷109、センター街、スペイン坂、公園通り、道玄坂などがあげられるだろうが、そのあたりをカバーする最近の地図は知らない。外国人の観光客が見ている、外国人の作った外国語の渋谷案内もあるのだろう。いずれにしても、渋谷駅周辺が世界的な観光スポットであることは間違いない。これからは適切な国際観光サービスが生まれることも必要で、案外外国人がそんなサービスをはじめる可能性もありそうだ。世界中に美しい街並みはいくらでもあるが、東京でも渋谷ほど変化に富んで刺激にあふれた街はないのだから。
渋谷WESTのサイトが、多少なりともその機能の一部を担うことができるよう努めていきたい。

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渋谷と渋谷WEST(8月11日)

渋谷は東京の数ある繁華街の一つ。通勤・通学で渋谷駅を利用しない人にとっては無縁の街であってもおかしくない。渋谷区内でも新宿の方が便利な地域が半分ほどだし、恵比寿・広尾の住民でも渋谷に出てくる機会は限られよう。渋谷区の住民20万人のうち、渋谷駅周辺に月1回でも出かける人は人口の半分の10万人と見てもそう狂いはないはず。人口10万人の都市といえば、近くでは小金井といったところになる。日常の買い物をする住民のための店の数は当然限られる。渋谷は仕事や遊びで来る人たちのための街であり、生活の街ではないのだ。
特にスクランブル交差点を渡った109からセンター街、公園通りにかけては観光客と呼んでよい人たちが多い。渋谷の街を見に日本全国のみならず全世界からやってきている。最近は特に外国人観光客が目立つ。浅草同様の東京観光の代表的な場所といってもよいのだ。
いっぽう、渋谷駅の東口側は仕事で来る人たちが多いようだ。東口は原宿、表参道、青山方面につながる街であり、また明治通りに沿って恵比寿方面にも連なっている。全体として落ち着きがある一方、街としてのめずらしさにはやや欠けるのがあるかもしれない。また、マークシティの南側、渋谷駅南口のバス乗り場方面も観光の対象にはならない。
渋谷WESTはその観光の対象となる地域の3分の1と、その奥の仕事や勉強、文化活動に来る人たちの地域からなっている。観光地であれば観光案内所があればよいのだが、そのようなものはなく、その代わりに無料案内所という大きな看板が道玄坂には見られる。
本来渋谷WESTは地域情報サイトとして観光地渋谷ははずしていたのだが、巨大な観光地の一部を加えることでこのサイトをより魅力的にすることにしたのだ。
観光情報サイトは日本全国どこにでもあるのだが、渋谷は商店街ごとになっていて、渋谷観光情報とはいいがたい状態だ。そういう意味からも、渋谷WESTが観光情報サイトとして機能するようにしてみたい。
写真は渋谷WESTの範囲の外の観光地渋谷である。

マークシティと地下鉄銀座線駅を結ぶ通路から
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公園通り
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スペイン坂の上
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センター街の奥
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栄通りの拡幅工事がはじまる(8月10日)

Bunkamuraと山手通りを結ぶ栄通りの拡幅工事が、いよいよ始まる様子となった。工事開始に必要だった立ち退きの最後の1軒で解体工事が今日から始まったのだ。解体後には7階建てのマンションが来年末の完成予定で建設される。7月から走り始めたハチ公バスのルートで、Bunkamuraのすぐ先なのだから、道路工事と並行して沿道の不動産取引が活発化しそうでもある。これまでの静けさを奪うようなことにはなってほしくないのだが、どのようなことになるのか。街の景観も大きく変わるわけだが、松涛イメージの文化的な街並みが形成されることを願わずにはいられない。

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氷川台の埋蔵文化財調査期間が延長(8月9日)

5月27日に紹介していた都営氷川台アパートの建て替え工事にともなう埋蔵文化財調査が、当初9月30日までだったのが2ヶ月延長されることになっている。竪穴住居の屋根の骨組みが発見されたとあるのだが、それがどのような意味を持つかはこれからの調査を待つことになる。
弥生時代から明治時代の間の埋蔵文化財はないものか、と素人考えをするのだが、竪穴住居は平安時代までは作られていたようだ。正確な時代の測定が現在の科学の力でどこまで可能なのかは分からないが、竪穴住居だから弥生時代のものというわけではないらしい。ただ、この現場は住民の他は保育園に送り迎えする保護者でもないと通行することがない場所だ。しかし、そういう発見のあることは知っておきたいし、中目黒の先にある「めぐろ歴史資料館」まで出かけなくても、地域の歴史資料が公開されるようになることを期待したい。もちろん、渋谷WESTのサイトでも歴史資料の蓄積をしていきたい。

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高齢者の生存確認について地元議員から(8月8日)

8月4日に高齢者の生存確認について書き、区議会議員の方々の対応を期待したが、それが通じたかのように、地元の目黒区と渋谷区の区議会議員の方々からその見解がネット上で出されている。
http://www.shibuya-west.com/2_giin.html
以下に順不同で紹介させていただく。

(目黒区)
小野瀬康裕区議(38歳自民)
まず9月の敬老記念品贈呈は、80歳は5千円(傘寿)・90歳1万円(卒寿)贈呈。百歳訪問誕生日月に特別記念品料として3万円贈呈。目黒区の100歳対応はまさにマンパワー。生存確認は毎月誕生月に高齢福祉課の職員が直接訪問、本人に直接祝い金を手渡し。本人に会えない場合は有料老人ホーム入所などの場合が多く、職員は状況をお聞きする。マンパワーの上に性善説で安心。

森美彦区議(59歳共産)
目黒区でも、民生委員が65歳以上のお年寄りを年1回敬老の日に訪問して敬老金を手渡す制度がありました。一人ひとりと面接して渡すので安否確認や状況を知る上でもってこいの制度でした。
敬老金が廃止されようとした時に、私は、当時の区長に対して、安否の確認をする機会を減らすとともに、生活費にあてている人も多いと主張しました。青木現区長になっても、福祉電話代助成をカットするなど、高齢者の安否確認のための予算は削減されてきました。

土屋克彦区議(40歳民主)
「失踪したら行方不明で警察に届ける」とか「死んだら死亡届を出す」とか、常識と良識の領域。届け出ない人を罰する法でもつくった方が早くないかとか思ってしまう。ルールを守らない一部の人のせいでルールを守る大多数の人が迷惑をこうむる好例だ。目黒区は1人暮らしの高齢者が多いこともあり、民生委員がけっこうしっかりまわって確認しているから大丈夫の模様。詳細は現在確認中なのでそのうち分かったら記事にしよう。

二宮啓吉区議(72歳自民)
問題点として、安否確認の徹底に個人情報法の壁。個人情報の医療保険や介護保険の利用実績を確認することについては目的外使用との指摘は有るが、安否確認に必要。目黒区の個人情報審議会はとても目的外使用に厳しく本来の必要の施策が進まないこともしばしば。私も昨年度なんでこんな事がと、不正使用にならなければ良しとせねば、なかなか手厚い施策は進まない。超高齢化社会において地縁・血縁のなさ、核家族とともに家族の希薄化、また近所付き合い、地域社会の機能欠除だ。取り戻そう地域社会の温もりを。

(渋谷区)
浜田浩樹区議(32歳民主)
渋谷区100歳以上84名の方の所在すべて確認済みとのこと。渋谷は75歳以上に敬老祝で現金を1万円を民生委員が手渡ししたり、見守りサポート委員制度があったり、災害時要援護者リストの整備を進めたりということもあり、他よりはそういうことが起こらない素地があると思う。

鈴木建邦区議(36歳民主)
高齢者の生存確認の件で、行政が確認を怠っていたって論調がよくわからない。戸籍の届け出は誰に責任があるのか、という話。独居老人や老老世帯なら福祉的観点で行政の責任が問われると思うが。以前、高齢者に一万円ばらまく敬老祝金事業野廃止を迫ったときの答弁は、「生存確認という意義もある」というもの。なんだかなあと当時は思ったが。高齢者に毎年祝金を贈る事業は事業目的と手段・コスト双方で問題があると思っていたが、行政が生存確認をしなきゃいけないというのなら考えを改めざるを得ない。家族のいる高齢者も行政が安否確認しろ、サポートしろって言うけど自分が高齢者と同居していたら、行政が性悪説に立ってちょくちょく調べにきたら嫌な人が大半では。サポートについては介護保険でも手一杯なのに、さらに何をしろと?
感情はわからないでもないけれども、高齢者の安否確認の件を行政の怠慢に帰していいものかどうか?届け出を怠ったことこそが責められるはずなのに、行政に求められる役割をそんなに増加させていいの?

渋谷区では75歳以上の高齢者に敬老祝で現金を1万円を民生委員が手渡すという安否確認コストをかけている。目黒区も以前は65歳以上にそうしたことをやっていたのを廃止したが、それでもていねいに確認作業をしている。そんな事実がわかる。
高齢者の生存確認で問題になったのは、全国1700を超える市区町村のうちわずか8自治体。100歳以上の生存確認に失敗した自治体で現在判明しているのは全体の0.5%にも満たないわけだ。高齢者の人口が増えればその確認作業がますます大変になり、それが自治体の重要な課題であることはいうまでもない。しかし、東京の目黒区と渋谷区ですら対応が違うのだから、全国ネットで騒ぎ、国でなんとかしろ、という問題になるものなのか。自治体という現場にある議員の意見こそ傾聴するようにしたいものだ。国会やテレビの全国放送で議論されるようでは、地域主権への道のりは遠い。

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渋谷区内の新宿(8月7日)

品川駅が港区にあり、目黒駅が品川区にあるわけだから、めずらしいことではないとはいえ、新宿駅も甲州街道の南側は渋谷区となる。その渋谷区内の新宿では、新宿駅南口地区基盤整備事業というのをやっていて、2000年から工事がはじまり、2015年に完成予定という15年にもわたる大事業となっている。この事業の目玉は高速路線バスのバスターミナル。新宿からの高速バス路線は現在も多いのだがバスを停車させるスペースがないため、その本数にも制約が出てくるのだろう。ここに高速路線バス専用のターミナルができると、新宿駅周辺各所にあるバス乗り場の集約のみならず、現在東京駅が中心となっている高速路線バスのターミナル機能が新宿駅南口に移ることも考えられる。
2014年には中央環状品川線が高速湾岸線とつながるから、現在の東名道、中央道、関越道、東北道、常磐道だけでなく、成田、木更津、横浜への新宿からのバスでのアクセスが便利になる。高速バスの利用による首都圏からの来訪が活発化することが想定できよう。
それにより、新宿の甲州街道の南側から代々木駅にかけての比較的静かな街に変化が起きることは、当然のこととして予測される。新宿の街が渋谷区に進出してくることになるのだ。その受け皿となる地域社会である商店会は、渋谷区にある高島屋新宿店は新宿区商店会連合会に加盟しているが、南新宿商店会は渋谷区商店会連合会のメンバーとなっている。新宿という街と渋谷区に属する地域社会がどういう形で折り合っていくのか、気になるものである。

鉄骨が組み立てられた高速バスターミナルができる建物
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新宿駅南口下の繁華街
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ゲゲゲの出版社(8月6日)

NHKの朝の連続ドラマ『ゲゲゲの女房』は貸本漫画家としてデビューした水木しげるさんの家族の物語。視聴率が伸びて特に中高年に人気が出ているそうだ。これに水木しげるゆかりの調布市や境港市が便乗しているようでもある。それはそれで結構なことではあるが、この機会に、水木しげるの作品だけでなく、少なくともドラマに出てくるアシスタントのモデルとなった人たちの作品には関心がもたれてもよいのではないか。ドラマでの小峰はつげ義春、倉田は池上遼一がモデルと見られるらしい。
ひところよりは改善されたのかもしれないが、学校での漫画の評価は文学と較べると圧倒的に低く、サラリーマンが電車でコミック誌を読んでいることを恥とした風潮もあった。1997年から文化庁が「メディア芸術祭」という格調の高そうな名前のイベントを行い、文部科学大臣賞を漫画家に贈呈するようになっていることなど、『ゲゲゲの女房』からすると夢のようなことだろう。
そんな今でも、デビュー当時の水木しげるのような苦労をしている漫画家の数は多い。そうした漫画家に発表の機会を与えてきた小さな貸本漫画出版社の系統にあたる会社のひとつ、北冬書房が松見坂にある。『万力のある家』という看板を出しているところで、本の小売もしているが、外からはほとんど分からないし、この近辺に住んでいる人でもこの店に気が付いている人を知らない。漫画でも特定の作家のものを扱っていて普通の本屋とはいえないからだ。
『ゲゲゲの女房』を見て、若い漫画家を応援したい気持ちになったら、この店を訪ね多少値は張るが気に入った作品を買うことで、ドラマの世界に参加できるかもしれない。

http://a.sanpal.co.jp/hokutoh/publishing/

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ビアガーデンを独占(8月5日)

2日にもこのブログで紹介した、今年の夏だけ営業するビアガーデン、代官山の旧山手通り沿いのひまわりガーデンに暑気払いにいってきた。大坂上のハニーズカフェでの例会の後の午後5時過ぎからである。まだ夕暮れというほどではなかったが、暑さもおさまり、涼しい風がそよぐ、緑がさわやかなひまわりガーデンは、ひまわり畑といった方が適切かもしれない。その緑の中でのビール。他に客もいない中で、「江戸の良さを見なおす会」の先達さんに小唄の披露までしてもらってお座敷気分を盛り上げるというぜいたくであった。
そばでは7日の土曜日に開催されるイベント会場の準備が行なわれていた。その外壁をペイントアートで描くアーティストのライブペイントもパフォーマンスの一つといえないこともない。
こんな素晴らしいビアガーデンを3人で独占してよいものか、宣伝ができていないのではないのか、などと余計な心配をしながら、ミックスナッツをつまみ、缶ビールを飲み干した。ただ、食事をする場所ではないので、食前ここでビールを飲んでからどこかに食べにいくのがよいだろう。

女性ライブペイントアーティストと制作中の作品
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ビアガーデンの美人スタッフと幸せそうに写真に納まっている人物は筆者ではない。
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小唄のテキストを置いて
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視界にはひまわりが
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高齢者の生存確認(8月4日)

毎日新聞の調査によると、全国で100歳以上の男女計18人の所在が確認できていないとのこと。住民票はそのままで、行方不明になっている人は年齢を問わず、案外多いのかもしれない。これまでも報道されなかった事実はないのだろうか。100歳以上ならともかく、これを80歳以上にでもしたらどんなことになるか分からない。
地域社会での高齢者の状態は民生委員しか知らない。所在が確認できなかったとすれば、一次的には民生委員の責任だろう。町会には知らされないので、万一のときに高齢者を助けられないと、防災関係者は心配している。個人情報保護の立場から高齢者がそこにいることは公開されないのだ。その理由は防犯上の問題からと聞いているが、民生委員だけにまかせておいてよいものか、など今後の議論を呼びそうだ。
区議会議員の方々は役所の担当者に質問するだけでなく、積極的に具体的解決策についての議論をし、その内容を公表していただきたいものだ。

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地上1階地下4階(8月3日)

旧山手通りの西郷橋と第一商業高校にかけての建物の後ろ側にはNTTの研究所があった。現在は取り壊されていて、今年の10月から(仮称)NTTコム鉢山ビル建物の新築工事がはじまる。13499㎡の土地に建築面積7323㎡、高さ10.33メートル、地上1階地下4階の電気通信事業用建物となっている。電気通信事業用建物ということであれば、事務所や研究所とは違い人や車の出入は限られそうで、樹木に囲まれた静かな環境が維持されることが見込まれる。
当初は地上2階地下3階で表示されていた建築計画が地上1階に修正された。高さが10メートルあるとはいえ、地上は1階だけという建物を、1万3千㎡もある土地に渋谷という場所で建設することは画期的ともいえよう。工事の完成は2013年2月上旬とあるが、その前年となる2012年には、渋谷ヒカリエ、南平台町プロジェクト、大橋地区再開発ビルといった超高層ビルがそろって完成している。その直後に姿を現す巨大な1階建ての建築物は、高さを競ってきたようなこれまでの傾向が、建物の高度規制により変わったことを象徴するものになるといえないだろうか。

ここに地上1階建ての建物が
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ひまわりガーデンでビールを(8月2日)

代官山の旧山手通り沿いに今年の夏だけのひまわりガーデンが見ごろとなってきている。曇り空で日差しが弱い午後なら、敷地内でビールを飲むのは最高の気分。東京にいることを忘れさせる。通りを挟んで、カフェミケランジェロのオープンテラス席からひまわりガーデンの緑を遠目に眺めている人の数の方が多いのだが、ひまわりガーデン内の飲食スペースなら緑の中だ。午前11時からラストオーダー午後10時と営業時間もたっぷりあるし、缶ビールが500円、ソフトドリンク350円と、ビアガーデンとしてはお得な値段でもある。
このひまわりガーデンは、TSUTAYAなどを運営するカルチャー・コンビニエンス・クラブ(株)が、代官山坂でひまわりを育てて今年で5年目になる「ひまわりガーデン代官山」と共同で開催している特別イベント。来年初夏には、この約12,000(3,630坪)の敷地を舞台に、「新しい大人文化」や「都心でのライフスタイル」を提案するような緑あふれる街が誕生している。
ひと夏だけのひまわりの眺めを見逃すのは余りにももったいない。
カルチャー・コンビニエンス・クラブ(株)の代官山プロジェクトの情報は以下で。
http://www.ccc.co.jp/daikanyama/index.html

ひまわりガーデンの入り口
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入り口のメニュー
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左がカフェミケランジェロ、右がひまわりガーデン
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銀座から渋谷の時代へ(8月1日)

YouTubeの検索で「渋谷」と入れると歌では「渋谷で5時」が1曲だけ出てくる。そこで「銀座」と入れると「銀座の恋の物語」「銀座カンカン娘」の2曲が見つかる。「渋谷の5時」の発売は1996年。1962年発売の「銀座の恋の物語」と同様にデュエット曲である。「渋谷で5時」を歌う世代と「銀座の恋の物語」を聞きなれた世代では親子以上の差。二つの曲の一番の歌詞は以下のとおりで、時代のちがいは明白だ。ちなみに「銀座カンカン娘」は1949年の曲である。

【銀座の恋の物語】(作詩 大高ひさお)
♪♪心の底まで しびれるような
吐息が切ない ささやきだから
泪が思わず わいてきて
泣きたくなるのさ この俺も
東京で一つ 銀座で一つ
若い二人が 初めて逢った
真実の恋の物語り♪♪

【渋谷で5時】(作詞:朝水彼方)
♪♪ざわめく交差点の 風の中で
僕より先を急ぐ この想いが
10分前 ちらちら見てる腕時計さ
ときめきと云う 坂をのぼれば逢える
今日は 渋谷で5時 ふたりでサボタージュ
ちょうど 渋谷で5時 そう今から恋が始まる♪♪

いずれも若い男女の恋の物語だが、「銀座の恋の物語」を歌った世代には銀座がステータスであり、現在も多くのお金が落ちていることは間違いないとしても、「渋谷で5時」を歌った世代にとって銀座は大人の街として魅力があるのかどうか。さらに銀座が東京を代表する街であったことを歌い上げるものには1936年の「東京ラプソディー」があるのだが、その東京イメージは70年以上も昔のものとなる。
おなじみの歌詞は:
♪♪花咲き花散る宵も
銀座の柳の下で
待つは君ひとり 君ひとり
逢えば行く ティールーム
楽し都 恋の都
夢のパラダイスよ 花の東京♪♪ 
ちなみに、この曲の2番、3番、4番に出てくる地名には、神田、浅草、新宿がある。坂本冬美、氷川きよし、森昌子といった大物歌手がカバーしているのは、今なお人気のある曲だからだろうが、世代により受け止め方はさまざまだろう。

「銀座の恋の物語」の後、地名のYouTube検索で見つかるのは1965年の「赤坂の夜は更けて」から、1967年の「新宿そだち」、69年の「新宿の女」「池袋の夜」、そして84年「六本木心中」86年「六本木純情派」90年「六本木ララバイ」と六本木の名をつけた曲が3曲続く。

曲名に渋谷はつかないが♪♪別れた人に会った 別れた渋谷で会った♪♪でおなじみの「別れても好きな人」は1979年の作品で、六本木の3曲が続く5年前に発売されそれてからかなりの期間、カラオケのデュエット曲として「銀座の恋の物語」と並んで歌われてきた。その曲に出てくる地名は渋谷のほか、原宿、赤坂、高輪、乃木坂、一ツ木通り、であり、その界隈がカップルにとって魅力ある街とイメージされているようだ。

以上、東京の繁華街、銀座、赤坂、新宿、池袋、六本木、渋谷のそれぞれをYouTubeで検索して出てきた結果から発売順に並べて見たわけだが、銀座の時代から渋谷の時代へ、という大きな流れが見えてくると解釈するのは無理だろうか。



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