大橋と氷川台(7月9日)
元菅刈生さんから7月6日にこんなコメントをいただいた。
「昔、住んでいた母子寮はどうなっているんだろう?そう思ってググっていたらたどり着きました。(菅刈卒業生さんのコメントでHITしました。) 氷川神社の近くに合った歩道橋や、歩道橋近くの駄菓子屋、そして丸正スーパー.....どうなっているんだろう?この記事を読んだら訪れてみたくなりました。」
昨年11月18日の「大橋1丁目再開発」というこのブログのエントリーに対して、菅刈卒業生さんによる次のコメントが見つかったことがきっかけらしい。
「12歳で故郷を離れて27年。故郷の今を知る管理人さんのブログが私には貴重な存在になっています。氷川神社の裏手にあった目黒区の母子家庭の寮に友が住んでいました。
神社の境内で語り、横の保育園の校庭に忍び込みキャッチボールをしたりしていました。
みかん箱のダンボールを机に宿題をしていた少年も、グランドピアノのある御曹司も同じクラスでした。牧歌的な昭和な時でした。再開発で様変わりする「大橋」。
そんな中で昭和、平成と歴史をつなぐ「氷川神社」の存在価値は高いと思われます。」
子供の頃住んでいたところが今どうなっているだろう、ということは誰もが気になることだろう。その一方で、変わってしまった故郷を見るのは忍びない、そっと記憶の中にしまっておきたい、ということもありそうだ。しかし子供時代の思い出を共有する者同士が集う場所は、その思い出の地とすることがベストだ。そこで、思い出を共有する人たちが集まるきっかけになればと、写真を並べてみた。氷川台から大橋にかけての様子は、この10年ですっかり変わってしまったが、その中で少しでも思い出のある景色が見つかればよいが。
大橋病院、駒場高校の入り口

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大橋商店街

スーパー・マルショー

氷川神社前歩道橋

氷川神社階段の上から

氷川台児童公園

旧都営氷川台住宅横の廃屋

今月中になくなる昭和の家

氷川神社裏の路地

双葉の園保育園

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コメント
管理人様
大橋の近況写真を有り難う御座いました。
遠い記憶の中に、大橋の交差点(246と山手通り)に木造の建物群(本屋、パン屋等)にあったと記憶していますが、ジャンクションになったようですね。私と同じく、故郷の今を知りたい方々にも管理人さんブログが活かされたようですね。今後も更新の程宜しくお願い致します。
投稿: 菅刈卒業生 | 2010年7月11日 (日) 08時10分
菅刈卒業生様
コメントありがとうございます。
大橋地区の再開発には多くの人たちの思いが詰まっています。
ある時代の記憶を共有し、次の世代に伝えていけるよう、これからもよろしくお願いいたします。
投稿: 管理人 | 2010年7月11日 (日) 09時45分
管理人様
実は私も大橋の母子寮に住んでおり、双葉の園保育園(幼稚園だったような...)に通っておりました。
ちなみに「ゆき組」→「1組」です。
昭和45年生まれなのですが、ひょっとしてお知り合いかもしれませんね。
母子寮の思い出としては、当時アフロの手品師だったマギー司朗さんが慰問に来て下さったことが一番楽しかったです。
あと、双葉の園に警察の交通機動隊の騎馬隊がやって来て馬に乗せて下さったことでしょうか。 NHKからセサミストリートもやって来たと思います。
思えば、楽しいことばかりでした。
投稿: Toshiya | 2011年7月15日 (金) 04時37分