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2010年5月

セックス・アンド・ザ・シティ(5月31日)

「エンタテイメントシティしぶや」とあって、「SEX and the CITY」の文字を背景に女性の写真が掲載された街路広告が道玄坂から文化村通りにかけて出ている。その下には平和・国際都市渋谷、渋谷道玄坂商店街振興組合とある。ホームページアドレスは渋谷道玄坂公式サイトのものだ。
すぐ横が英語によるインターネット日本ガイドではLove Hotel Hillとして紹介されている地域だけに、何のことかと調べてみたら映画の広告。6月4日から全国ロードショーなのだそうだ。でもそんなことは「SEX and the CITY」が映画のタイトルであることを知らないと分からない。そこが狙いなのかとかんぐったりもする。
Love Hotel Hillが観光資源になっているのかはともかく、「アブナイニッポン」とでも訳せる英語のサイトによると東京のラブホテルは関西と較べると大人しいものの、渋谷のLove Hotel Hillは日本で最も有名とある。「エンタテイメントシティしぶや」に「SEX and the CITY」。それが道玄坂と文化村通りを結ぶ渋谷道玄坂商店街振興組合の広告になっているのはユーモアのセンスがあるともいそうだが単なる偶然か。

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渋谷109の周り(5月30日)

渋谷109は渋谷のシンボルであり、その入り口に設置される特設ステージは、さまざまなイベントの会場ともなっている。ハチ公前広場からのテレビ映像に使われるスクランブル交差点ほどの規模ではないにせよ、三叉路を渡る交差点も渋谷が世界に発信するイメージそのものだ。渋谷の中心については、渋谷公園通商店街振興組合、渋谷センター街商店街振興組合、渋谷道玄坂商店街振興組合でそれぞれの立場で主張があるだろう。その中でも渋谷109を含む渋谷道玄坂商店街振興組合は歴史的には渋谷の老舗街なのだ。渋谷道玄坂商店街振興組合はBunkamuraから渋谷109前で道玄坂を登り、旧山手通り近くまでカバーする渋谷の中心だったのに公園通りやセンター街の地域振興策により相対的に目立たなくなっているともいえる。そのうえ、渋谷109、LABI、ユニクロなどの大型店舗が目につきやすいので、西村、くじら屋、玉久、松川などの老舗に気づく人は、古くからの渋谷を知る50代以上の人たちだけなのだろう。老舗とはいえ、銀座や日本橋のイメージからは程遠いから取り上げられることもない。
てじたる渋谷NEWS BLOG」では「今日の渋谷109前交差点」で写真を毎日掲載している。渋谷109はそれだけで一つの世界なのだろうけれど、その周辺も冷静に見ると興味がつきない。センター街や公園通りは別世界と割り切り、渋谷WESTへと連なる渋谷のイメージを渋谷WESTのサイトで作ってみよう。
2年後に完成する渋谷ヒカリエによって渋谷の中心が東に行ってしまうことも懸念されるため、それを見据えた街づくりが渋谷109周辺で求められているはずである。

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元祖くじら屋(5月28日)

文化村通りの渋谷109とヤマダ電機LABIの間にある元祖くじら屋は、60年前の1950年の創業。調査捕鯨で捕獲されたミンク鯨をまるごと一頭使っているとホームページにある。くじら料理を食べる場所としては東京一の店といってよいのだろう。
捕鯨についての批判は国際問題にもなっているが、捕鯨禁止を主張する人にとっては許しがたい店となるのか。一方で、鯨を食べることに理解を得るため、ここで食べる機会をもってもらうという外交戦術もありそうだ。グルナビには英語はもちろん、簡体と繁体の2種の中国語にハングルで店の紹介をしている。
なんでこんな所に鯨を食べさせる店があるという違和感もありそうだが、創業当時と周辺が変わってしまったというだけのことなのだ。店の横には「恋文横丁此処にありき」と書かれた碑がある。恋文横丁がなんのことかの説明があったとしても、知らない人には、何故そんな碑があるのか理解に苦しむのではないか。
鯨の肉を牛肉や豚肉の代わりに食べていた時代には、恋文横丁が渋谷の名所のような場所であったといえば分かりやすいかもしれない。

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氷川台の埋蔵文化財(5月27日)

国道246号線と山手通りが交差する大坂橋付近は、首都高が橋の上を通り、立体的な眺めを形成している。氷川台と呼ばれる台地が246の上にあるわけだが、徳川時代にはそこに幕府の薬草園があり、明治に入ってからは陸軍の輜重兵と騎兵の用地として使われて、いわば政府用地という性格の土地であった。陸軍がなくなった後も、その跡地の多くは駒場高校、目黒一中、機動隊、公務員住宅、都営住宅といった公有地となっている。
台地の先端には氷川神社が祀られていて、この地域一帯の鎮守となっている。氷川神社があるから氷川台なのだろう。400年前に祀られたとされるが、それ以前も目黒川流域を見下ろすこの土地は、旧石器遺跡、縄文遺跡、弥生遺跡が発見されているので、古くからここは生活の場であったようだ。
今年に入ってから氷川台の都営住宅が建て替え工事が始まり、建物を解体した後、4月から埋蔵文化財調査が始まった。これまでに弥生時代の住居跡や、陸軍時代の馬小屋の後が発見され掲示されている。調査は9月30日まで続くようで、それまでにどのような発見があるのか、楽しみなことだ。

大坂橋から見た氷川台
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駒場東大前駅東口(5月26日)

駒場東大前という駅名は、駒場の東大の前にあるからだと思われがちだ。1965年に駒場駅と東大前駅が一緒になったので駒場東大前駅になった、ということなど無用の知識ではあろう。しかし、東大の職員や学生には関心がないこととしても、京王電鉄の職員ならは駅名の由来を教える研修があってもおかしくない。
東大の梅林門から東大前商店街に出る踏み切りの中に改札口のあった東大前駅がなくなって45年になる。その駅ができたのは今から77年前の1933年で、開設当初は東駒場駅と名づけられた。1935年に旧制第一高等学校が文京区の向丘から引っ越してくると、駅名を一高前とし、1951年に一高が東大になるとそれを受けて東大前と改称された。当初は電車の編成も路面電車並の1~2両だったから駒場駅との短い間隔も妥当とされたのだろうか。
2つの駅が統合されて駒場東大前駅になるまでの32年の間、つまり1933年から1965年に至るまでの都市環境や生活の変化は大きかった。それを思うと、駒場東大前駅になってからの45年間は比較的平穏であったといえそうだ。駅周辺の景観、特に東口に関しては、現在の場所に駅ができてからの変化は静かだったともいえる。東大前商店街では数多くの商店が消え、住宅地のようになってきた。東大の駒場寮もなくなり、東大前の駅があった踏み切りに刻まれている77年の歴史の中で、そこを通る人の数は現在が一番少なくなっていたとしてもおかしくない。
ちなみに東大前の駅名は駒場に来た第一高等学校が当初あった文京区の向丘に地下鉄南北線の駅として1996年に復活した。45年前にその駅名が駒場にあったことを1964年以前に東大に入学した人たちならば記憶しているだろうか。今では63歳以上の人たちという計算になる。

この踏み切りに昔東大前の駅があった
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線路沿いに商店街に出る不思議な通路
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東大の反対側の東口入り口
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かつての東大前駅から正門までの道はバラの小径に
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東大専用の階段
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全国的に知られた駒場Ⅰキャンパス正門
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松涛の喫茶店(5月25日)

21日にも紹介した松涛美術館側の喫茶店「パブリック松涛」に行ってきた。今月15日に開店したばかりなので、表の看板すらまだという状態だ。食べ物のメニューは普通の喫茶店とは違うので、食べたいものがないというリスクはあるかもしれない。
ヨーロッパから輸入したオーガニック商品で構成するメニューには、サンドイッチの具にも、国内産の生野菜など使っていないのだそうだ。食事メニューは、オーガニック・ブレックファースト、ルーベン・サンドイッチ、クロックムッシュ・サンドイッチ、ピッツア・マルゲリータ、ピッツア・ゴルゴンゾーラ、オーガニックパテ3種とオーガニック・クラッカーという内容。シェ松尾などでの仕入れを通じてつきあいのできたイタリア、フランスなどの生産者が来日したときには、彼らを囲んでのパーティを行なうことにもなっている。ワインはフランス、イタリア、スペイン、チリ、アルゼンチン産のスパークリング、赤、白を楽しむことはできるが、ビールは今のところ置いていない。ウイスキー、ブランデーも種類はないが飲むことはできるそうだ。
高級感のある雰囲気で、メニューもしゃれているのだが、値段的には割安感がある。コーヒー一杯400円で、おかわりのコーヒーだと200円というサービスもあるほど。サイドイッチやピザなどの食事メニューはすべて1000円。値段で味を判断してしまうこともあるけれど、これが21世紀型プライシングといえるのだろうか。入り口にメニューが出ているが、レストランと見間違うかもしれないので、看板ができるまで入りにくそうではある。

レストランのようなメニュー
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カウンター席のイメージ
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ワインがこんな風に
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食材はヨーロッパ直輸入
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渋谷の情報源(5月24日)

渋谷を訪れる観光客はどんなガイドブックの情報で渋谷を知ろうとしているのだろう。ホームページではこれが渋谷を代表するというものはない。東急が運営する「渋谷文化プロジェクト」や「Bunkamura」は文化的な渋谷のイメージを作るのに貢献はしているが、店の情報というのは「グルナビ」や「食べログ」検索サイトで検索するようになっている。物販店となると東急百貨店、渋谷西武、丸井、東急ハンズ、ロフトなど大型店がそれぞれ集客をする。渋谷全体で集客をするような仕組みはないのだ。だから渋谷ガイドができにくいし、それを出すビジネスも成り立たないようだ。
また、商店街ごとにホームページを運営しているので、道玄坂、公園通り、センター街、百軒店商店街が独立した街になっている。そんな渋谷の情報源をリンク集にしているのは「渋谷WEST」だけ、と自慢してみる。
http://www.shibuya-west.com/2_link.html
おそらく検索エンジンの発達が街の情報を売れなくしてしまったのだろう。それでも街の情報にニーズがないはずはない。109前の交差点から文化村通りと道玄坂に挟まれたエリアから渋谷WESTが始まるようにして、検索エンジンではできない訪問客の導線をつくることにしよう。

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ゲゲゲのまちおこし(5月23日)

ツイッターに「水木御大のお言葉」という水木しげるさんの言葉を毎日ツイートするものがあり、いつの言葉かは分からないがこんなものが出てきた。

境港の鬼太郎による「まちおこし」が成功したもんだから、毎日のように役人が事務所に来るんです。来るなと言っても来る。なぐりたいほどのあほうが来ます。でもガマンするんです。しかしこれからはバットを用意せんといかんですな。(水木しげる)

マンガのキャラクターを使った街として、世田谷には桜新町のサザエさん通りがあるが、その効果がどれほどなのかは知らない。まちおこしに使って成功したのが、水木しげるさんの出身地、人口3万8千人の境港市で、平成5年に水木しげるロードがオープンして以来、平成17年には85万5千人もの客が来たとのこと。水木しげる記念館もでき、境港市は「さかなと鬼太郎のまち」とホームページでアピールしている。
それにあやかろうというのが水木しげるさんの住み続けているまち調布市。「ゲゲゲの女房」の舞台は調布市です、とホームページに掲げ、ゲゲゲの鬼太郎特別住民票の発効や、調布限定ゲゲゲの鬼太郎ポストカードを発売するなどの活動を紹介している。郷土学習展「60年代・変貌する生活スタイル」でも「漫画家の水木しげる夫妻が新婚時代を過ごした街・調布を紹介します」といった具合だ。
http://www.city.chofu.tokyo.jp/www/contents/1263445052439/index.html

渋谷区のハチ公や目黒区のサンマより鬼太郎には新鮮なイメージがある。深大寺の鬼太郎茶屋の売り上げも増えていることだろう。しかし、妖怪は全国を徘徊させるより、境港と調布に閉じ込めておいたほうがよさそうだ。

調布市ホームページのトップ画面バナー
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パブリック松涛(5月21日)

5月15日に栄通りから松涛美術館に入る所に新しい店が誕生した。外観も内装も一見したところダイニング・バーのようなのだが、実は喫茶店とか。「世界各地の良質な食材を楽しむことで満たされるお店」というのをコンセプトにしている。
オーナーの中村さんは食材の仕入れを有名レストランでされてきた経験と人脈を活かし、お客さんに喜んでもらえるものを提供したいという。本格的な食事のサービスをする店ではなく、カフェとして、またワインバーとして楽しむというスタイルなのだろう。カウンター席と応接セットというインテリアの中で、お客さんが自由に楽しめるスペースにしたいということだ。日曜日の夕方からは貸し切りで持ち込みのパーティをするようにしているが、午後3時までは通常の営業なので、このあたりでは昼食の場として重宝されそうだ。昼食メニューもライ麦パンのサンドイッチといった具合に個性的。
入り口はちょっと入りにくい雰囲気ではあるが、なじみの客にはかえってそれが居心地を良くしそうだ。営業時間が午前11時から午後11時までというのもカフェならば当然としても、このあたりでは珍しい。
若いオーナーだけにこれからの店の進化が楽しみだ。
http://ameblo.jp/larcobaleno/

壁のメニュー
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これでコーヒーは400円
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カウンターの中
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入り口でオーナーの中村さん
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東京特別州(5月20日)

道州制の検討がさまざまなレベルで行なわれている。夢があってよいのかも知れないが実現しようとの意欲がどこまであるのかわからない。経済同友会が5月19日に発表した「道州制移行における課題-財政面から見た東京問題と長期債務負担問題-」と題する提言には東京の区部を特別州にしようということもある。その部分は以下のとおりだ。
「23 区を1つの州とする東京特別州を創設し、市町村については、他の道州に組み入れるような姿を提案する。行政面では、地域のことは地域で決めるような地域主権型社会の確立を目指すときに、今日まで採られてきた都区制度のような一体的に管理・調整する仕組みについては、基礎自治体と道州の役割に応じた体制とすべきである。その際、東京特別州内の基礎自治体は、現在の23 区を前提とせず、行政事務の役割に応じて再編する。」
東京23区が成立したのは1947年。63年もその体制で来て区庁舎をはじめ、さまざまな公共施設が区ごとに整備されている。これを再編するメリットはわからない。もちろん、駒場は渋谷区になった方が区役所や税務署が近くなって便利だろうな、とは思う。しかし、そんなたぐいのことは、再編するために費やされる関係省庁のエネルギーやコストを正当化できるものではないだろう。それでも、議論をすることで問題点をあぶりだすということには意味があるかもしれない。渋谷区と目黒区のホームページを見ると区によっていろいろと違いのあることもわかる。
一方で、23区を特別州として市町村を別にするのは合理性がある。八王子も千葉も東京通勤圏ということで同じでなくてはならないし、小笠原諸島や硫黄島が東京圏である必然性はない。海洋州なんかがあってもよい。
いずれにせよ、道州制は議論を10年ぐらいやってからということになるのではないか。そのころの日本がどうなっているのか、誰も想像できないとはいえ、身近な変化は感じ取るようにしたい。23区を仮に再編するとするとどんな案があるのか、議論は大いにすべきだろう。
http://www.doyukai.or.jp/policyproposals/articles/2010/100519a.html

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石垣と板塀(5月19日)

大坂橋周辺の山手通りは1960年代の初めに新しく切り開かれた。今から50年も前のことだ。当時は切り通しを石垣にする職人が多かったのだろうか、城の石垣と同じように石が組まれていることに感心する。城の石垣には石の大きさを競うようなところがあるが、このあたりでは石の大きさはおよそ30~50センチ四方でほぼ均一となっている。こうした石垣はある時点で歴史的建造物になってしまったのかもしれない。
城石垣はWikipediaによると16世紀中葉からということなのだが、その工法は20世紀中葉で表舞台から去ってしまったようだ。緻密な石垣をつくる石工が無形文化財のようになってもおかしくない。歴史には始まりがあれば終わりもある。これまで何気なく景観を構成してものの中には消えていくものも少なくないが、それは止むを得ないことと割り切るしかなさそうだ。住宅を囲う板塀もその一つだろう。

山手通りの石垣
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氷川神社は石垣の上に
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大橋図書館の上の石垣は80年以上昔のものか
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21世紀型の石垣?
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消えゆく板塀
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渋谷の未来イメージ(5月18日)

ハチ公前広場の玉電内やマークシティ内にある渋谷区の展示スペースで紹介されている渋谷は40年以上前のものばかり。当時をなつかしいと思う人たちが企画しているのだろうが、未来への夢はない。コンビニとファーストフードの店が街を形づくる傾向に変化はあるまい。経済成長の時代の雰囲気を知らない世代が既に20代に入っていて、これから日本人の購買力が拡大するとの予測は知らない。
だから、オシャレな店が営業的に成り立つことは厳しくなっているはずだ。最近まで表参道や自由が丘が誇っていた好感度イメージがこれからも維持できるかどうかもわからない。消費の主役はケイタイ経由になりつつあるともいえるのだ。かつて消費を呼び起こしたのは街だったのが、これからはケイタイが街の役割を果たすことにもなりそうだ。
極端にいえば、渋谷はオシャレなコンビニやオシャレなファーストフード店、立ち呑み居酒屋だけの街になってしまうとの予測はそう不自然とも思われない。ケイタイとコンビニへの支出以上の自由な消費能力のある人は限られるし、そういう人たちの消費する街も限られてくるようになるのだろう。渋谷でそういう余裕ある人たちの消費の場を提供する場所が、現在東急文化会館跡地に建設中の「ヒカリエ」に集中することも考えられる。
しかし、渋谷全体としては、大きな購買力を期待せずに成り立つ営業形態が求められよう。お金がなくても楽しめる街ということか。渋谷の未来も国の財政状態を離れては成り立たないことも意識しておこう。

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渋谷109周辺から(5月17日)

渋谷109は渋谷のシンボルともいえるのだが、男性やある年齢以上の女性には無縁の場所といってもよい。また、シンボルといっても渋谷センター街や公園通り方向とは違う世界でもあるのだ。商店街組織は別で、渋谷といっても違う街のようなものだということはなかなか理解しづらいものがある。
渋谷WESTは渋谷109周辺の中心ははずしていたのだが、8年たってようやく街の様子がわかるようになってきた。渋谷109を正面にして、両サイドの道玄坂と文化村通りの観察をすることにする。渋谷WESTの先端を渋谷109とすることで、新しい地域のイメージを作ってみることにしよう。渋谷109から東大の先端科学技術センターまでの地域が一つのまとまりを持って見えてくるのだ。
百軒店から円山町にかけての街づくりに夢をもっている人たちがいる。渋谷駅前再開発の計画が進んでいる中、渋谷周辺の地域を考える人たちが自由に交流する場ができるようにならないだろうか。難しいことは実証されているともいえるのだが。

12月の109
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駒場の先端科学技術センター
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江戸入府祭り?(5月16日)

1590年、名古屋城も作った三河の徳川家康が江戸城に入った。1868年には、薩摩藩を中心とする官軍が江戸城に入った。名古屋と鹿児島は江戸の征服者といえないこともない。偶然だろうが、その両県による名古屋開府400年祭と、渋谷・鹿児島おはら祭りが同じ日に開催された。東急百貨店の売り上げに貢献する名古屋市の方はともかくとして、鹿児島市が渋谷という舞台で地域振興をするのに対し、渋谷区や地域の商店街としての収支はどうなのだろう。通行止めにされたりして住民には不満はないのだろうか。渋谷の商店街の売り上げ増に貢献しているのだろうかという疑問があったとしても、結局は渋谷は全国からのお客さんを迎える街なのでそう地域エゴで考えるわけにはいかないのかもしれない。
いずれにしても東京は全国の県人会があり、そのお祭りの舞台となることが多いわけだが、PR効果も含め、その収支勘定についてなどで、区議会や地域の納得の度合いがちょっと気になるところだ。

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渋谷の祭り

15日と16日は公園通りの先にあたる代々木公園イベント広場とけやき並木で「タイ・フェスティバル」、道玄坂と文化村通りでは「渋谷・鹿児島おはら祭り」と、それぞれかなり大規模なお祭りが開催されている。タイと鹿児島が渋谷にやって来るわけだが、昨日と今日は名古屋も来ていた。それで街の集客効果がどれだけあるのかはともかくとして、盛大なお祭りができるのは渋谷ならではというところか。9月には「ねぶた祭り」や「スリランカフェスティバル」もある。他にも、代々木公園では記憶しているものだけでもインドのお祭りが開催されたりして、年中何かをやっている。それでも世界各地のお祭りが渋谷であるということはそれほど知られてはいない。渋谷でのお祭りは集客効果がそれほどないということもあってか、PRも少なくニュースにもなりにくいようだ。それぞれのお祭りは相互に全く関連なしに開催されているのだが、単に渋谷というお祭りの場所を提供するのではなく、そこに渋谷カラーが出せるようなものになると、より価値が高まることにならないだろうか。観光客を集めることが国の重要政策になっていることもあるし、渋谷のプロモーション活動が多面的に実施されることが望まれよう。

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富士そばなう(5月14日)

ファーストフードの中でも、立ち食いそばほど短時間で空腹を満たせるものはない。駅構内の立ち食いそばはその典型で、移動する途中に食べてしまいたいという忙しい人たちのニーズに応えている。食欲のない時などもこれにまさる食事はないかもしれないが、食事をするというよりエネルギーの補給をする場所といってもよさそうだ。ちなみに立ち食いのお茶漬け屋とかお粥屋なんかもあってよさそうだができないのは不思議でもある。
文化村通りのソフトバンクの隣にある富士そばも、そこに立ち食いそば屋があることくらいしか知らなかった。ツイッターで発信していることを知り、関心をもって調べてみると、1966年に現社長の丹道夫氏が文化村通りでスタートした立ち食いそばチェーンで、東京23区内を中心に82店舗を展開している。現在Twitter キャンペーンというのをやっていて、プレゼントは抽選で3名に一杯の富士そばが当たるというもの。笑えるアイディアだ。「富士そばなう」などとツイッターでつぶやいてほしいということだ。
そんな富士そばの味はどんなものかと初めて入ってみた。驚いたのはその狭さ。7人も入れば満員になってしまう。その割に厨房は広くて2人のスタッフがいるのだ。きつねそばを食べたのだが東京風醤油味のスープで油揚げ2枚にねぎとワカメがのっていて、立ち食いソバの評価をする能力はものの、満足はできた。なにしろエネルギー補給が目的の立ち食いそばの味に関心をもったことがないのだから。
それにしても文化村通りの真ん中にいささか場違いな飾り気のない店舗を発祥の地故に残しているのだが、富士そばが東京の立ち食いそばでは有力なチェーンだということは頭に入れておこう。

http://fujisobar.wordpress.com/

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すぐ傍の109の前では「名古屋おもてなし武将隊」のパフォーマンスをやっていた
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文化村通りのインド料理店(5月13日)

松涛郵便局の交差点から文化村通りに入ると、東急本店の向かい側のビルには数多くの飲食店が入っている。その一つ、ドンキホーテ横のフレッシュネス・バーガーとスターバック・コーヒーに挟まれたビルの4階にあるインド料理店サイタージに入ってみた。エレベーターを使わず階段を上がってみたのだが、入り口からして入るのをためらわせるような雰囲気がある。インテリアも日本にいることを忘れさせるといってよいのかもしれない。クチコミサイトに出ていたコメントではスタッフはネパール人だそうで、東京のインド料理店の多くはネパール人によるのだとか。500円のランチで出てくる料理はナンが大きく、スープ状の料理もあっさりして食べやすい。しかし、この店のクチコミ情報での評価は総じて低いのだ。
一口にインドといっても、パンジャブ、ベンガル、南インドでは、日本人とインドネシア人位の違いがあるといってよさそうだし、当然食事も違う。食事の基本はベジタリアンかそうでないかということがあるのだが、日本のインド料理でそんな本場の味を知ることはできないのだろう。そもそも本場が地方によって違うのだから標準的なインドの味などありえない。ネパールもインド文化圏ということで、そのバリエーションに入るといってよいのだろうが、ここはネパール料理というわけではない。
いずれにしても、世界の大衆的なインド料理店はこんなような店ではないのか。東京の飲食店はどこも洗練されているので、それに飽きたらこんな店も楽しくなるはずだ。ユーロスペースで『クロッシング』のようなシリアスな映画を見た後だと、こうした国際的な雰囲気のある店で余韻を味わうのもいいだろう。異文化が好きな人にはお奨めといえる。

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渋谷駅再開発の設計(5月12日)

『メトロポリス』という英語の無料タウン誌を見つけた。週刊で3万部を出しているとのこと。
手にした4月30日号にはこんなことが書いてある。
「安藤忠雄の渋谷駅再開発設計が世界中の建築ファンから熱く待望されている中、再開発事業の第一号となる高層ビルはそれほど知られていない。渋谷ヒカリエは2012年春にオープンの予定で、34階建てのショッピング、飲食、オフィス、文化施設があり・・」と。渋谷ヒカリエの紹介なのだが、重要なことは、安藤忠雄氏が計画中の渋谷駅のredesignをしているのかということだ。それも世界中の建築ファンには東急文化会館跡地で現在建設中の渋谷ヒカリエ以上に知られていることなのだろうか。建築界では知られていることでも発表前だから記者発表でもしない限り伝わらないだけのことかも知れない。事実とすれば素晴らしいことで、世界中の建築ファンより渋谷の住民の方が気がかりのはず。
このタウン誌は、渋目陸橋の下、山手通りの坂を上がったところで営業している中東のファーストフード「ファラフェル」を出す店に置いてある。店の名前は「KUUMBA DU FALAFEL」なのだが外には看板がない。とてもユニークな飲食スペースだ。

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渋谷区の英語広報紙(5月11日)

神泉駅で英語版の渋谷区広報紙May 1, 2010 を手にした。Bimonthlyということなので、区役所に聞いたら隔月で奇数月の1日に発行とのこと。英語の辞書を引くとBimonthlyは2ヶ月に1回という意味と、月2回という意味があるので、あんまりではないかと思うのだが、時代とか地域での違いからなのだろうか。
英語版広報紙は全4ページで内容はシンプル。1面は原宿の中央図書館が5月22日に開館すること、2面が子供手当て、3面が区役所の日曜開庁時間と水曜の時間延長について、4面が松涛美術館や旧朝倉家住宅の行事紹介といった内容で、日本人にも便利だ。
東京が日本中のどこよりも違うことは、さまざまな出身地の人が集まってきて住んでいること。かつては日本全国からだったが、今では全世界からだ。20時間かければ世界中の主要都市から来ることができる。竜馬の時代には土佐から江戸まで何日かかったことか。
英語が嫌いな人にとってはうっとうしいことかもしれないが、江戸の時代から言葉や習慣の違う人たちが移り住んできた街の伝統を尊重したいものだ。だからこの英語版広報紙は渋谷区の高校の英語教材として使われているとよい。身近な話題を英語で読めば頭に入りやすいだろう。日本に海外から優秀な人材が来ないといわれるのは英語が日常的に使えないからとか。日本語を世界で使ってもらうことはできないし、日本では韓国よりも英語が通用しないといわれるのだから、せめて渋谷は英語で暮らせる場所となってもよいのではないか。
渋谷区の日本人住民は195,980人、外国人が10,289人なので、渋谷区住民の5%が外国人ということになっている。

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カルガモ親子(5月10日)

目黒川緑道で今、カルガモの親子を見ることができる。空を飛べば首都高をくぐって246を越えることもできるだろうから、目黒川を泳いでいるカルガモと同じ一族なのだろう。目黒川は246の大橋から上流は暗渠になっていて目黒川緑道と呼ばれる遊歩道となり、途中で分離して北沢川緑道、烏山川緑道となって延々と続いている。せせらぎの水は新宿区の落合処理場で再生された下水を使っているとか。
目黒川緑道は世田谷区の管理の部分が700メートル、目黒区管理の部分が100メートルといった見当で短い。せせらぎの横にはさまざまな植物が目を楽しませてくれるのだが、ちょうどカルガモのヒナがかえったところで、今は親子が泳いでいるところを見ることができる。ケイタイのカメラで撮影する人が多い。カラスや鳩よりかわいく思えるのは水面に浮かんでいるからだろう。カモを見て鴨南蛮とか鴨鍋をイメージする世代と、そんなことは想像もできない世代の意識の差がある。カルガモも食べられるそうだが、そんなことをいうと鯨を食べることを非難する人と同じように非難する人が多そうだ。これを取って食べようとする人がいないということは、それだけ社会が豊かだということなのだろうか。

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手前は世田谷区でツツジのあるところから目黒区
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246からの入り口
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渋谷WESTの範囲(5月9日)

渋谷区の円山町、神泉町、松涛から区界を越えて目黒区駒場、大橋、青葉台に至る地域を「渋谷WEST」と名づけ、このブログではその地域の最新情報を紹介するという趣旨ではじめた。サイトを開設してから8年近くになり、ブログもはじめてからそろそろ6年になる。
それだけの期間この地域の街の様子を観察してきても話題はつきないのだが、当初は情報量が多すぎてフォローできないと思っていた渋谷駅周辺にも目が届くようになってきた。代官山や中目黒方面も生活圏としての連続性があり、しかも新しい建物や店が出来るので246の向こうとはいえはずせない。
一方、下北沢方面となると地域の連続性が世田谷区との区界で完全に断ち切れる。山手通りも東大裏交差点の向こうは圏外だが、コスモス通りの三角橋までの駒場側は駒場町会ということもありフォローの対象としている。246沿いの池尻大橋方面は、世田谷区との区界となる池尻大橋駅の真ん中あたりではなく、目黒川から先を圏外としていることに変わりはない。
この地域外の話題はこのブログでは旅行記の扱いということになる。それでも渋谷WESTの地域情報に参考にならないことは原則として書かないことにしている。7日の少年野球の話題は試写会を観て公開が近いので紹介したのだが、駒場の少年野球チームの方からコメントをいただき、地域性ができたことは嬉しい。8日の大市民日記は地域に密着した生活のパターンとして紹介したものだ。
「東大駒場キャンパスの街から」と題するこのブログは「渋谷WEST」という地域情報を共有できるようにすると共に、この地域がより魅力的な街になっていくことを目指している。さまざまな地域組織間の情報共有も進めたいし、そのためのインターネットなのである。

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コミック『大市民日記』(5月8日)

漫画家柳沢きみおの作品『大市民日記』は、90年代に刊行された『大市民』、2002年からからの『THE大市民』に続いて刊行されたマンガで、そのシリーズ最終となる第6巻が今月発行された。大市民シリーズは作家山形鐘一郎を主人公とする、食事の場面を中心として人生のうんちくを繰り返すというもの。世田谷区砧の安アパートを仕事場として一人で生活をしながら、単身者ばかりのアパート住人とのふれあいが描かれる。和服で下駄を履き、パソコンと携帯電話を否定して使わない保守的な生活スタイルを美学とするため、IT長者を徹底的に嫌い名誉毀損になりかねない表現で攻撃したりもする。
どの巻でもビールに手作り料理、そして外食はエキソバと鮨が好みというパターンの中で説法を吠えるというのも特徴。「美味し」といって食べたり飲んだりするので、そこで紹介された料理を集めたものも刊行されている。手作り料理の中で頻出するのは白菜鍋。豚バラと白菜を重ねて煮るという簡単な料理だ。一人暮らしの男性の生活のヒントとして人気があるのかも知れない。
その時代の経済状況と、砧という東京の住宅地での生活感を反映させているため、フィクションとはいえ近所の日常のような身近さがある。
「健康で仕事もあった。これはとても幸せなことなんだ」「美味し- 来年も頑張るぞ!」でこのシリーズは終わる。その時2009年、主人公山形鐘一郎61歳という設定だ。最後には山形が56歳、57歳の時点で語った「大市民の美学」が付録のようにして掲載されている。料理書としても、また簡単な食事を楽しむヒントにもなるシリーズだ。
ちなみに、作者の柳沢きみお氏は『週刊新潮』で連載エッセイ「なんだかなァ人生」をスタートした。

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少年野球が映画に(5月7日)

1週間後の5月15日(土)から、渋谷駅東口側のクロスタワー2階に移った渋谷東急など、全国の映画館で『僕たちのプレイボール』が上映される。少年野球チームに所属するメンバーの家族には必見としても、野球観戦を楽しんでいる人たちならば誰もが親しみを感じる作品だ。
プロデューサーは今の小学生はもう知らないかもしれない、あの新庄剛志氏。詳細は以下の予告編でご覧いただける。野球の面白さを伝える映画作品として幅広い層に受け入れられるはず。優れた家庭ドラマでもあり、あらゆる年代の人たちが安心して見ることのできる映画として、映画館まで足を運ぶ価値があるだろう。


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西野流呼吸法の教室(5月6日)

山手通りの渋目陸橋下、デンソーのビルの並びに1年ほど空きビルだった物件が西野ビルとなった。それに伴い、5月1日から西野流呼吸法の本部兼東京教室として渋谷区内から移転オープンした。渋目陸橋を通る車からの目線を意識してか、ビルの屋上に西野皓三氏の稽古着姿の看板が出ている。
西野流呼吸法というのは気功の一種といえるのだろうが、腹式呼吸をすることで、体内の気を活性化させるというもの。呼吸法の基本をした後、対気という応用動作を行なうのが特徴。この対気と呼ばれる気エネルギーの交流は、現象的には先生が手をかざしただけで、人間がひっくりかえってしまうというものである。気エネルギー(生命エネルギー)による、ヒト肝臓ガンの培養細胞の増殖阻害・ガン細胞に対する気の効果の科学実証研究も行なわれている。
多くの人が教室に通うことになるだろうから、神泉駅周辺の飲食店は期待できるかも知れない。

http://www.nishinojuku.com/index.html

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ラテンの季節(5月5日)

風薫る5月。急に気温があがってきた。松見坂のグリーンベルトのツツジが満開ですがすがしい眺望が開ける。松見坂は渋谷からだと西郷山公園そばの旧山手通りに面したモンスーンカフェあたりと同じ程度の距離。人気になりそうでいてなかなか難しい。夜遊びする元気のある年齢層がいまどきは遊んでいられないという事情があるのかも知れない。
そんな環境の中にあって、インターネットで確実にお客に店の印象をアピールする必要が出てきている。店の情報ソースが雑誌媒体からネット媒体に移りつつあることは間違いない。インターネット上にどれだけ店の情報が適切な形であるかが極めて重要になりつつあるといってよいだろう。検索エンジンで調べて魅力のある情報のある店に客は集まるはず。そして何よりもスタッフの接客がリピーター獲得の鍵といわれる。
松見坂にあるラテンレストランのコスタラティーナは一般受けする店とは言いがたいのかもしれない。食事が目的の場合メニューの品数は多いものの、初めて来た人だと、食べたことのあるものはパスタかピザということがほとんどだろう。それならば、その専門店に行けばよいということになってしまう。旧山手通りのピオッピーノなんかがいい。
お酒を飲みに来た人にはおつまみがない。だから居酒屋に慣れた人には向かないし、ナッツなどの乾き物すらない。ツマミなしで飲むのがラテン式なのかも知れないが、慣れるとかえってその方がよくなってしまう。
おまけにお客も日本語をしゃべらない人がよく来る。スタッフ間の会話もスペイン語だったりするし、店内には海外のサッカーの映像がいつも流れているから、そんな雰囲気では落ち着かないという人の方が多数派となりそうだ。一方で普通の店では飽き足らないという人も少なからずいるはず。ラテンムードに浸れる静かな場所ということでは特異な存在といえるだろう。店の正面が広々しているところなど、東京ではめずらしいのではないか。
屋上からの眺めを楽しみながらビールを飲むというのも夏のコスタラティーナならではの楽しみ方だ。そんな店をどうインターネットでアピールするか、提案する約束をした。もちろんボランティアで。

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ラブホテルの街(5月4日)

渋谷の表通り道玄坂と文化村通りの裏手に当たる丘の上は、道が狭くラブホテルがならんでいるため歩きにくい場所になっている。しかも知らずに入ると方向感覚を失ってしまうだろう。だからこの周辺の地域に生まれ育った人でも、このエリアにはほとんど足を踏み入れたことのないとの話をよく聞く。ラブホテルは不健全な施設との意識から、その前を通ることに抵抗感を持つ人も少なくない。いくら街歩き、路地裏探索とはいえ、ラブホテルを見て歩くというのは悪趣味との謗りを免れない。だから街歩きの対象としてこの地域が一般に紹介されることはほとんどないようだ。渋谷区の観光対象としても無視されているはず。
それでも独特の景観なのだから秘境探検のような気分を味わえるともいえるのだ。方向感覚を失う楽しさを求めるなら、うってつけともいえる。
そこにどんなホテルがあるのかは、東京都渋谷ホテル旅館組合の公式ホームページで知ることができる。円山町が住所となっているホテルが28軒、百軒店周辺の道玄坂2丁目が22軒ある。非加盟や非掲載のものあるようなので全部で60軒ほどになるのか。それぞれの個性あふれる工夫をこらした外観をギャラリーのように眺められないこともない。他に例のないような街並みともいえるのだが、温泉マーク(サカサクラゲ)の時代の後、多分この30年の間にできた街の景観なのだろうが、将来どうなるのかは誰も予測しない。ラブホテルの街ということに偏見をもたない外国人が住むようになる可能性もある。SAKURA HOUSEという外国人向け賃貸物件があるのはその兆しなのかも知れない。

道玄坂上からの入り口
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円山町
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栄通りからの入り口
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文化村通りの奥
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神泉仲通横
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SAKURA HOUSE
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休日の渋谷(5月3日)

休日の渋谷を歩くことはまずない。土日は郊外にいるからなのだが、近辺の住民には渋谷駅周辺はすこぶる評判が悪いということがある。渋谷で仕事をしている人も休日出勤でもない限り渋谷に遊びにくることなどないだろう。人が多すぎて歩きにくい上、若い人のファッションに興味がなければ、関心を引くようなものはない。今日はたまたまある本が欲しくなったので、駅前のブック・ファーストに出かけたところ、道玄坂の途中あたりから平日とは違う人の流れに驚かされた。圧倒的に若い人が多い。109前のスクランブル交差点での人の多さは、それを楽しみに来る人たちで埋め尽くされているといった感じだ。文化村通りに面した小さなアイスクリーム店前の長蛇の列は、行列を楽しんでいるといってよいのだろう。ちなみにブック・ファーストの店内は平日よりも空いていた。
文化村通りもドンキホーテあたりまで来ると歩きやすくなってくる。そして坂道に入ると、人の流れが消える。ラブホテル街をただ通行するために歩く人はめずらしいからだ。坂を上りきるといつものように閑散とした百軒店となる。休日の百軒店で開いている店は名曲喫茶ライオンと最近できたCafe MELT。歴史のあるライオンを目指して来る人は少なくないが、インターネット・カフェのCafe MELTを知る人はまずいない。渋谷の表通りからちょっと裏道に入る好奇心のある人が少ないのは残念だ。百軒店は始めて訪れる人にはちょっとした冒険気分が味わえるのではないだろうか。

109前交差点
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アイスクリームの行列
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秘密の道(前方左右がラブホテル)
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Cafe MELT
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360円のコーヒー
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目黒区の地域対抗イベント(5月1日)

目黒区内での地域対抗行事、小中学生のコンクールなどはあり得るとしても、大人が参加できるのは「小型消防ポンプ操法演技発表会」だけなのではないか。
その目的は「目黒区が震災対策の一環として防災区民組織に配布した、小型消防ポンプの安全で効率的な基本操法を多くの区民が体得することにより、自主防災の確立、防災区民組織の活性化及び、防災区民意識の高揚を図ること」とされている。
小型消防ポンプ操法についての理解は乏しく、また、様式化した形式主義に堕しており、実際の火災現場において役立つことは皆無との批判的な意見もある。小型消防ポンプが通常の火災時に役に立たないことは、火災発生からポンプの保管場所にたどり着くまでの間に消防署による消火活動は終わっているだろうから議論の余地もない。震災時に消防車が来ないからとの対策の一環といっても、火災現場に近いところに水槽がなければポンプは使えない。だからこそ「自主防災の確立、防災区民組織の活性化及び、防災区民意識の高揚を図る」ための行事となるのだ。
小型消防ポンプ操法演技ということでは消防団の大会もあるのだが、消防団と防災区民組織との違いも理解している人はまれだ。
いずれにせよ、自主防災の考え方を共有できないところに、地域主権も新しい公共もないのではないか。6月6日(日)に八雲の目黒区立第十中学校で開催される第25回目黒区小型消防ポンプ操法演技発表は、目黒区唯一の地域対抗行事ということで駒場チームへの応援を期待したい。

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