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西郷山公園の桜(4月1日)

西郷山公園のルーツは豊後の国、竹田城主であった中川氏の抱え屋敷にある。抱え屋敷とは上屋敷・中屋敷・下屋敷に次ぐ大名の屋敷で、百姓地などを購入して囲い込んだ土地なのだそうだ。ちなみに、上屋敷は藩主やその家族が住む公邸、中屋敷は隠居した藩主やお世継ぎが住む予備の邸宅、下屋敷は庭園を配した休息用の別邸を指すらしい。
明治維新になり、征韓論に敗れ1873年に下野した兄の西郷隆盛ために、この2万坪の屋敷を西郷従道が手に入れた。大名屋敷が下級武士出身で30歳だった政府高官の手に渡る経緯はどうだったのだろう。なお、西郷従道が別邸として利用するようになったのは隆盛が自刃した1877年以降とされる。屋敷は1941年に西郷家から国鉄の手に渡り、1945年5月の山手空襲で和館などが消失した後、国鉄スワローズの練習場にもなったりしていたが、丘陵の上の部分を目黒区が買い取り、1981年に西郷山公園として開園した。屋敷のあったところは20年後の2001年に菅刈公園として公開された。
公園になる前は遠く富士・秩父の山並みを望む景観が素晴らしかったのだろうが、世田谷に陸軍の施設があった頃は、土ぼこりで空が曇っていたそうだ。現在は山手通り沿いの建物を見るばかり。それでも桜の木が植えられて、空が広がる公園の眺めは気持ちよく、花見をするグループは多い。目黒川から坂道を上って西郷山公園から旧山手通りに出る花見コースを歩く人もあるだろう。朝のラジオ体操の会場にもなっている。今朝の桜は7分咲きだった。

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