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昭和3年の渋谷(4月5日)

昭和3年(1928年)の渋谷駅から道玄坂にかけての商店・住宅名が記入された地図のコピーを入手した。山手線、東横線、玉電はあるが、井の頭線と地下鉄線はまだないころだ。道玄坂と百軒店に商店が集中している。渋谷駅の東側には渋谷小学校、東急本店のところに大向小学校、セルリアンタワーのある場所には大和田小学校があり、他と較べて敷地の広さが顕著なことに気づく。小学校が重要な施設とされていたことがうかがえる。
渋谷駅前には広場などなく、商店が密集していることにはいささか驚いた。甘栗太郎が当時から駅前にあったことも分かる。それから昭和13年までのわずか10年の間に、井の頭線、地下鉄線、東横百貨店が完成してしまう。旧山手通りもその間にできたのだろう。ものすごいスピードで街は変わり、そして昭和20年5月には焼け野原になってしまう。それでも、10年の後には日本一の高さとなった東横西館、プラネタリウムが完成して、東京の代表的副都心になってしまうというのもすごい。昭和3年からの30年間の渋谷の変化はめまぐるしいというほかない。
昭和30年代の写真がマークシティのクリエーションスクエアで現在展示中だ。それまでの30年、そしてそれからの30年、つまり昭和63年(1988年)に至る変化を意識して見ることができればよいのだが、当時の記憶のない人、つまり50代にならない人たちにとってどの程度関心をもってもらえるのか。更にそれから30年後は2018年となるが、それまでにはこれまで積み重ねられた渋谷駅の光景をゼロから再出発させることになるのだろうか。
30年ごとの区切りで街の変化をその時代背景を考えながら眺めると興味はつきない。それぞれの場所にある物語を大切にしたい。ハチ公だけが渋谷の物語であってはならない。

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