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大教寺(3月11日)

青葉台4丁目にある大教寺の歴史は、正保2年(1645年)、日蓮宗総本山身延山久遠寺の直末として日達上人が高井戸村に創立したもので、山号を本覚真如山と称えたところから始まる。その後成徳3年(1713年)に下馬引沢村に移転し、徳島の蜂須賀候など諸侯の帰依することも厚く、享保7年(1722年)には梵鐘を鋳造するほどの勢いがあった。文政年間(1818年)以降は寺運が傾き衰徴甚だしかったようだが、明治28年(1895年)に寺運を挽回すべく現在の地に移した。昭和7年(1932年)には本堂新築を着工し、昭和9年に竣工した。境内の敷地が千坪余りで、富士箱根の連山を眺める上目黒の名所となったそうだ。
山手通りの工事がはじまったのは東京オリンピックの開催が決まってからと聞く。1959年5月に開催が決定しているので、それから用地買収となったのか。最近だと20年以上かかりそうなことを5年でやってしまったことになり、そのとき大教寺の敷地にどのような影響があったのかは分からない。いずれにしても現在の山手通りからの入り口は明らかに不自然だ。
その後1995年に住友不動産青葉台ヒルズビル竣工に続いて、現在の大教寺の伽藍が竣工したのだろう。ビルの敷地は大教寺の敷地だったと見られる。山手通り面して山門があるが、大坂旧道の坂上にも入り口があり、そこに大きな表札がかけられ、平成12年1月と記されている。10年前のことだから記憶のある人は多いのだろうが、書かれたものは見つからない。
歴史のある立派な伽藍のお寺なのに、インターネットで検索すると葬儀場としての紹介以上の情報がないことはさびしい。

大坂旧道からの入り口
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山手通りにある立派な石碑
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山門の先は山手通りで、富士箱根の代わりに対岸のマンションの眺望
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これが誰なのかの表示なし
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