« 江戸時代の良かったこと(3月8日) | トップページ | 江戸と駒場の歴史(3月10日) »

目黒区大観(3月9日)

図書館で『目黒区大観』という書物を見つけた。昭和10年(1935年)の刊行だから今から75年前のもの。その当時10歳だった人が現在は85歳、20歳だった人が95歳で、中にはずっと目黒に住み続けてきたという人もあるだろう。また、1935年の時点から75年を遡ると1865年になり、高杉晋作や坂本竜馬が活躍していた時代だ。『目黒区大観』刊行会の会長で目黒町長を務めた宗田哲夫が当時の上目黒村に生まれたのもちょうどその頃の1866年という歴史の位置づけとなる。
目黒区が誕生したのは昭和7年10月。井の頭線開通の1年前で、陸軍の施設が上目黒一帯に広がっていた時代だ。目黒町と碑衾町が合併してできた目黒区の歴史がその3年後に市郡併合記念事業としてまとめられたことになる。「至難なる大事業ではあった」とその序文に書かれているとおり、目黒区の歴史を書くことは大変だったろうが、歴史を振り返る原点といってもよいのだろう。
『目黒区大観』から35年後の1970年にも『目黒区史』が出版されているが、それ以降の歴史は書かれていない。目黒区全域を生活圏とする人はまずいないから、そんな歴史はもはや不用なのかもしれない。
「15万区民は往古より現代に至る本区の沿革動態を知り、区に対する正しい認識と理解を深め、所謂郷土愛の心情に燃え、新旧両者相融合し以って今後の施設改善に全力を注がれるならば、本区の隆盛は国運と共に無窮に伸展するであろう。是が私の切なる希望であり、本書刊行の最大も目的である。」と序文は結ぶ。
その10年後には目黒区が空襲受けた。空襲から更に20年後の姿など想像すらできなかったことだろう。
現在から過去30年を振り返るとき、『目黒区大観』から『目黒区史』の間の35年とは比較にならないほど変化の乏しい歴史に見える。高層ビルができて、やっぱりまずかったから高度規制をして、商店街がさびれてコンビニになって、子供が減って高齢者が増えてと、なんともさえない時代だったように見えるのではないか。だからなおさら区史など書けないのかもしれない。

|
|

« 江戸時代の良かったこと(3月8日) | トップページ | 江戸と駒場の歴史(3月10日) »

地域社会」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 江戸時代の良かったこと(3月8日) | トップページ | 江戸と駒場の歴史(3月10日) »