氷川神社と氷川台(1月4日)
上目黒の氏神様は氷川神社。元旦の夜中には階段の下、246の歩道にかがり火が焚かれ、
行列ができる。消防団員が安全を確認しながら階段を上らせるので、行列を作って並ばなくてはならない。行列での待ち時間は零時を10分ほど過ぎた時点で20分ほどだったろうか。
階段を上ると3人ずつの列で参拝することになり、今度はスムース。参拝が終わるとお酒と甘酒がふるまわれる。甘酒は蒔を焚いて暖めるというもので、味も本格的。担当は氏子の長老の方々で、深夜にもかかわらず参拝者にサービスされるのだ。
氷川神社は織田信長・豊臣秀吉の時代からあったとされるので400年以上の歴史をもつことになる。祭神は素盞鳴命(すさのおのみこと)、天照大御神(あまてらすおおみかみ)、菅原道真(すがわらみちざね)。日本橋から大山街道を歩いた人たちの休憩地点でもあったのだろう。
氷川神社の裏側は江戸時代には幕府の薬草園で、明治維新後には陸軍の施設となった。氷川台と呼ばれるが、同名の地名は各地にあるのは氷川神社がそれだけ多いからなのか。陸軍がなくなってからは都営住宅が建てられたが、今年から建て替え工事が始まる。全体を2度に分けての工事となり、平成23年11月に第1期が完成させる計画なので、平成25年に第2期の完成になるものと推測できる。現在の5階建てを4階建てにして高度を下げるというのは画期的なことといえないだろうか。
1日の写真
4日の写真
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コメント
管理人様
元旦からの撮影ご苦労様です。
地縁、血縁、職縁等が薄れる都会の「大橋」で
氷川神社が賑わっている様子が良くわかりました。都営団地に昔、友がいました。大橋に住む友人らと菅刈陸橋?大橋陸橋?の下にある「三角公園」と呼んでいた公園がありました。
そこで野球をして夕方5時を知らせるの目黒区のスピーカーの音を聞きながら帰ったものでした。都会子の私たちには貴重な空間でした。
投稿: 菅刈卒業生 | 2010年1月 7日 (木) 16時29分
菅刈卒業生さま
三角公園の現状写真を8日にアップしました。その他、思い出の場所がありましたら、記事にさせていただければ幸いです。
投稿: 管理人 | 2010年1月 8日 (金) 16時15分