大橋1丁目再開発(11月18日)
大橋ジャンクションの開通まであと4ヶ月。平成25年度に高層の再開発ビルの完成と品川線の開通まで工事は続く。用地買収が始まってから既に10年前後経過していることになるが、その間にこの一帯の光景は日々変化している。7年前あたりから少しずつ行われてきた建物の取り壊しもほぼ終わり、新しい高層の再開発ビルの基礎工事がはじまったようだ。街の形が変わることで、このエリアのシンボルだった氷川神社の存在など忘れられてしまいそうでもある。神社といえども歴史の流れには逆らえない。宗教法人ということで行政は広報面でもサポートできないからその存在や行事も伝わりにくい。
2008年6月に撮影した山手通りの大橋バス停からの光景の記憶も、もうすぐ失われてしまうのだろう。渋谷駅周辺の現在の景色も数年後には失われてしまう計画になっている。
改正された教育基本法にある「伝統と文化を尊重し、それらをはぐくんできた我が国と郷土を愛する」にある郷土とは何のことなのか。大橋ジャンクションの屋上で近所の小学生を対象に絵を書くイベントが先週行われた。郷土の様子を絵にするということか。同じ場所で育っても子供の郷土と親の郷土では違うものになっている。郷土が全く変わってしまっては愛することは難しい。だからといって歴史のある氷川神社を愛しましょうと学校で教えられないとすると、郷土を愛することについてどう教えているのだろうか。
伝統と文化を景観面で尊重する努力もされてほしい。

この写真の建物が解体されて大橋ジャンクションの構造物が道路から見える。
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コメント
管理人様
12歳で故郷を離れて27年。故郷の今を知る
管理人さんのブログが私には貴重な存在になっています。
氷川神社の裏手にあった目黒区の母子家庭の寮に友が住んでいました。
神社の境内で語り、横の保育園の校庭に忍び込みキャッチボールをしたりしていました。
みかん箱のダンボールを机に宿題をしていた少年も、グランドピアノのある御曹司も同じクラスでした。牧歌的な昭和な時でした。
再開発で様変わりする「大橋」
そんな中で昭和、平成と歴史をつなぐ「氷川神社」の存在価値は高いと思われます。
投稿: 菅刈卒業生 | 2009年12月30日 (水) 13時09分
菅刈卒業生さん
コメントありがとうございます。
氷川神社の裏の氷川台住宅が建て替えられます。写真を撮影して新年のブログで紹介することにします。
これからもこの氷川神社を見守っていただけると関係者も喜ぶでしょう。
投稿: 管理人 | 2009年12月30日 (水) 15時18分
管理人様
管理人様のお心遣いに感謝申し上げます。
「大橋」の開発が地元の住民、商工業者等に恩恵をもたらすものであって欲しいと願っています。
投稿: 菅刈卒業生 | 2010年1月 3日 (日) 07時50分
昔、住んでいた母子寮はどうなっているんだろう?
そう思ってググっていたらたどり着きました。
(菅刈卒業生さんのコメントでHITしました。)
氷川神社の近くに合った歩道橋や、歩道橋近くの駄菓子屋、
そして丸正スーパー.....どうなっているんだろう?
この記事を読んだら訪れてみたくなりました。
投稿: 元菅刈生 | 2010年7月 6日 (火) 21時00分
コメントありがとうございます。
大橋再開発で変わったところとそうでないところがあります。
早速写真を撮りに行ってブログに書きます。
投稿: 管理人 | 2010年7月 6日 (火) 22時10分