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もう一つの8月15日

8月15日は終戦の日というのが常識かと思うとそうでもないらしい。朝日新聞の今日の社説によると、終戦の日がいつかを正しく答えられた学生は昨年の長崎総合科学大学の調査で33.2%だったとか。半分も知らないということだ。それは問題だといえば「頭の中が昭和だね」とからかわれかねない。しかし「痛恨の歴史を語り継ぐ努力を続けなければ、戦争の記憶は確実に風化していく」(日経社説)わけだから、終戦の日の行事は続けられる。
それはともかくとして、その昔、8月15日といえば中秋の名月であった。旧暦では月齢による暦となっていたからだ。今日習った源氏物語夕顔の巻にも「八月十五日夜、隈なき月影、隙多かる板屋残りなく漏り来て、見ならひたまはぬ住まいのさまもめずらしきに、暁近くなりにけるなるべし・・・」という名文がある。「この世をばわが世とぞ思ふ望月の 欠けたることもなしと思へば」という藤原道長の歌も8月15日の観月会のものだったのだろう。「名月や 池をめぐりて 夜もすがら」という芭蕉の句もある。
今はいうまでもなく太陽暦だから、年により中秋の名月の日は変わる。だから旧暦の8月15日は忘れられてしまうのだが、日本文化の歴史の中で、旧暦とはいえ、8月15日は忘れてはならない日といってよいだろう。
8月15日に戦争が終わったということが忘れられ、日本文学で中秋の名月は8月15日だったという記憶が残るとすると平和ボケということになるのだろうか。戦争より月見ということで8月15日を訴えるのもありかもしれない。
ちなみに今年の中秋の名月は10月3日なのだそうだ。

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