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2009年3月

高齢者人口(3月31日)

65歳以上の高齢者の人口比率を、目黒区の統計資料からひろってみた。駒場・青葉台・大橋で、大橋1丁目は再開発で人口が少ないので省略した。その結果は以下の通りだ。
駒場1丁目:19.9%、駒場2丁目:16.1%、駒場3丁目:21.9%、駒場4丁目:14.8%、青葉台1丁目:17.0%、青葉台2丁目:18.0%、青葉台3丁目:14.2%、青葉台4丁目:14.1%、大橋2丁目:17.9%。
全国だと22.4%となる。(いずれもH21年3月1日現在の数値)
どこも全国平均と較べると高齢者比率は低いのだが、駒場4丁目とか青葉台3丁目といった高級住宅地で特に高齢者比率が低いことが興味深い。少ないところで14%、多いところだと22%になるが、全国平均よりどこも下回る。
1985年の全国の高齢者人口比率は10.3%。1990年で12.1%だったのが、2025年にはこの数字が28.7%になるというから大変で、年金や医療保険、介護保険などの問題に跳ね返る。雇用情勢が悪化している中で高齢者を支えることも大変だ。
高齢者が元気に活動する場が必要とはいえ、自治体ベースでの高齢者に対するサービスに税金がどう投入されているかは、若い世代がもっと関心をもつ必要もあるだろう。
15年後には1985年と比較して3倍近くになる高齢者人口比率を考えるとき、高齢者一人当たりのサービス内容は落とさざるを得ないとはいえ、自治体に対する発言力が高齢者の方が圧倒的に多いとすれば問題である。さらに議員の支援者には高齢者が多いようなので、働く若い人たちが割を食うことにもなりそうだ。
なお、渋谷区の統計データは町丁別のデータは古く、また加工しづらいので、残念だがあきらめた。

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花見のタイミング(3月30日)

宴会好きにとって、忘年会新年会に続くのがお花見会。さまざまなグループによるお花見会が行われるのだが、そのタイミングを計るのは難しい。
今年の桜は開花してからの足取りが重く満開はこの週末あたりのようだ。あちこちで行われる桜祭りにちょうど重なってよいのかも知れない。目黒川の桜はまだ見ごろとはいえない状況。西郷山公園の桜は目黒川より開花が遅い。それでも今朝の西郷山公園には昨日の日曜日に行われた宴の名残が目に付いた。今週の前半は静観としよう。


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目黒川ライトアップ(3月29日)

4月1日(水)から10日(金)の午後6時から10時まで、目黒川の中目黒駅近くの東横線ガードをはさみ、上流の天神橋から駒沢通り手前の宝来橋の間でライトアップがされる。寒さがぶり返して当初の予想より満開の時期が少し遅れたが、例年4月1日から10日間がライトアップの時期のようだ。目黒川の桜の見ごろということなのだろう。その魅力は川の上を覆いつくした花を見下ろすところにある。4月10日には葉桜になってしまいそうだが、これからの1週間がお楽しみの時期だ。
西郷山公園もお花見の場所として知られる。朝の6時半からはお花見ラジオ体操ということにもなる。
桜の季節は一瞬のうちに終わってしまうところが日本人の感性に合うのかも知れない。この一週間は東京が一年で一番輝いていてうきうきした気分になるときなのではないだろうか。
http://www.city.meguro.tokyo.jp/event/sakura/index.html

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南平台町会(3月28日)

渋谷区の神泉町から見て246の向こう側は、首都高が視界を遮っていて遠い世界のようだ。そこが南平台町で桜ヶ丘町、鉢山町と隣接する。
戦前の町内会は1947年に日本国憲法の施行をもって解散をさせられ、1952年のサンフランシスコ条約発効の半年後に再組織化された。南平台町会もその一つとして復活したのだが、その初代町会長は岸信介さんだったそうだ。
http://www.shibuyabunka.com/area.php?id=12&num=1
東條内閣の閣僚であったことからA級戦犯容疑者として巣鴨拘置所に収監されたが、1948年12月に公職追放で釈放されてから南平台町に邸宅をもったのだろうか。サンフランシスコ条約発効の1952年には公職追放解除となって、その10月に町会が復活し、岸さんが南平台町会長になったことになる。
岸さんは翌1953年には衆議院議員に当選、1954年に日本民主党の幹事長に鳩山一郎氏と共に就任。1955年には自由民主党の初代幹事長となった。そして1957年には総理大臣となる。町会長就任から5年後に総理大臣に就任ということになったのだ。
南平台町在住だった三木武夫さんも1974年に総理大臣になっている。住民数1500人ばかりの一町会から、二人も総理大臣を出した南平台町会はすごいというべきか。

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渋谷の歴史と未来(3月27日)

郷土史というのは100年以上も昔のことを対象にすることが一般的のようだ。目黒だと将軍の鷹狩とその周辺に関心がもたれる。
東京の街の歴史も江戸時代の地図が売られたりして、江戸の街並みに関心がもたれている。その中では渋谷は対象外とならざるを得ない。渋谷区が東京市の区となったのは昭和7年(1932年)のことなのだから、江戸・東京の歴史の中で渋谷を扱うことはできないのだ。
大正12年(1923年)の関東大震災の後に下町で被災した人たちが転居するようになり、昭和8年に井の頭線、昭和9年に東横百貨店が開業、昭和13年に地下鉄が開通といった具合に渋谷の都市基盤が作られた。そして昭和20年にはそれらを残して焼け野原になってしまった。
だから、現在の渋谷は空襲から始まる。大げさにいえばそんな歴史認識にたって渋谷の歴史を書き始めた。いろいろな人の話を聞き、これまでに書かれたものを集めながら、特に平成の渋谷を調べてみたい。そこから渋谷の未来がどうつながっていくかを考えるヒントが見つかればと考えている。
書き始めたばかりで公開できるのがインターネットの便利なところ。ただし、渋谷といっても線路の東側は対象外としているのは渋谷WESTというサイトの限界として了承願いたい。
http://www.shibuya-west.com/shibuya_1.html

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聖なるエロス(3月26日)

Bunkamuraギャラリーで山本六三展「聖なるエロス」を3月31日まで開催している。
劇画タッチともいえる作品は渋谷の雰囲気に似合うようだが、値段はどれも500万円に近い。東急本店の8階美術画廊で展示されていた二人の作家の作品と較べるとほぼ20倍の値段だった。美術品の価格決定の仕組みは知らないが、本来カネで評価するものではないはずだ。自分なりの評価基準をもって絵を見なくてはいけないのだろうけれど、値札が気になるのは困ったものだ。
結局は好きか嫌いかで、どのような傾向のものが好みなのかということでよいのだろう。値段が高いというのはそれだけ人気があるというより、個性が強くてそのタイプを好む人が少なくても、同様の作品が少なければ需給バランスにより高い価格になるということなのか。
それにしても、山本六三展で展示されている作品を購入した場合、どういう場所に飾るのがその作品に最もふさわしいのかを考えてしまう。公共スペースには刺激が強すぎるようだが。

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街の遺伝子(3月25日)

22日に百軒店商店会で行われたまちづくり座談会での話しから、大型工事を伴うまちづくりが必ずしも有効ではないことを改めて理解した。新宿ゴールデン街も浅草も高層ビルを建てることなく、従来の景観や建物を活かしながら賑わいを取り戻しているからだ。
計画されたまちづくりというと湾岸地区がその典型といえそうだが、歴史のあるまちを作り直して成功した事例はあるのだろうか。大型再開発は完成図を見れば魅力的だが、それまでの数年間は犠牲になる。道路事情による制約も無視できない。
渋谷もゴールデン街や浅草のように、建物や景色を変えることなく、その中で中味を更新していくのがよいのではないか。東京駅前の中央郵便局の建て替えについての議論もあることだ。ヨーロッパが従来の街並みの維持にこだわることは知られている。
まちづくりの提案は専門家である建設業者にまかされることになり、そこでは新しい土木技術、建築技術を駆使した提案がでてくる。それが仕事なのだから当然だ。
その背景には、日本の建物は何十年ごとに建て替えるのが伝統のようになっていることもあるかもしれない。また、現在の景観は醜いから作り直した方がよい、という日本人全般の意識もありそうだ。そして何よりも、容積率を活かした地権者の財産価値の最大化という誘惑がある。
一方で街の使い勝手は歴史的な背景を無視できない。街の遺伝子を活かしてこそ、地権者にとっても利益があるのではないだろうか。少子高齢化社会を迎え、高層ビルのゴーストタウン化が予測できることを目黒川沿いのバーで説いていた都市計画コンサルタントを思い出す。

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お花見がはじまる(3月24日)

ソメイヨシノの開花が始まった。ちらほらといったところで、お花見にはまだ早い。今年の東京でのお花見は28日(土)と29日(日)がピークになりそう。3月1日(水)の午後1時からは駒場野公園で駒場住区住民会議のお花見が催される。地域の人が集まる機会が多ければどこかで都合がつくからよいはずだ。お花見はにぎやかなのがよい。
その前の27日(金)には貸し切りバスを利用しての目黒区の防災センター見学会が行われる。防災知識の普及活動で、お花見ではないのだが、バスから桜が見えるかもしれない。これは1時から4時まで。固いことは抜きで、駒場町会の皆さんの交流の場としても活用できるのではないか。
渋谷WEST商店会のお花見は来年の課題だ。


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まちづくり座談会(3月23日)

千代田稲荷神社社務所の2階で第4回ひゃっけんだな祭りの最後をしめくくる座談会が行われた。浅草おかみさん会理事長の富永照子さん(手打ちそば十和田女将)、新宿ゴールデン街商業組合組合長の外波山文明さん(クラクラ)がそれぞれのまちづくり活動の経緯を紹介し、神奈川大学講師の久田邦明さんが関連したコメントを担当。百軒店商店会長の野田嘉一郎さんが全体の司会進行とまとめをするというもの。社務所なので座布団にすわっての姿勢で午後4時から7時までの3時間、質問による意見交換も行われた。商店会の人たちや学生グループなど40名ほどの参加者があり、9日間にわたる祭りの最後にふさわしいイベントとなった。
浅草もゴールデン街もゴーストタウンから復活した点が共通している。それもグランドデザインをもった再開発ではなく、街の遺伝子を引き継ぐ個人が主体になっていることが特徴だ。何年もさまざまな企画を積み重ね、新しい客が訪れるようになって活気を取り戻してきた。特に浅草はつくばエクスプレスの駅が2005年8月にできて以来、賑わいがかつてなかったほどになっているようだ。この不況の中でも売上げが増えているとか。
街の遺伝子を残すこと。多少のアブナサもあった方がよい。安心・安全だと街は活気づかない、官公庁主導の街はさびれる。百軒店も個性的な音楽の店が復活する兆しが見え始めた。そんなことが座談会の結論だったか。
ただ、渋谷について考えるとき、当然浅草や新宿ゴールデン街と同じでいいはずはないし、同じことができるわけでもない。渋谷はアブナサのある街から安心・安全の街までさまざまなエリアがからみあい、子供から高齢者までの年齢層の人たちがそれぞれ楽しめる場所のある街が目標だろう。そんな中で百軒店商店街は新宿ゴールデン街が参考になりそうだ。
浅草が下町情緒をベースにしているなら、渋谷は山手型ということにし、若者の街を挟んで、シニアが楽しめる青山と渋谷WESTがあるというエリア構成が理想なのかもしれない。
渋谷WEST商店会はそんなことを実現しようということなのだが、活動する人が最初は3人いればいいという富永さんの言葉は心強い。外波山さんのいっていたイベントのできる飲食店ということなら大坂上のハニーズカフェでも始まっている。
毎週火曜日午後3時からやっているハニーズカフェでの寄合にいろいろな人が顔を出してくれるようにがんばろう。


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町会防災部と地震の学習館見学会(3月22日)

3月27日(金)午後1時に淡島通りの駒場高校前に集合して、貸切バスにのり、学芸大学駅に近い目黒区の「地震の学習館」を見学する。帰りは午後4時。駒場の町会掲示板や回覧板で案内しているが、追加募集ということで。駒場町会のご家族の方は無料で参加できる。
http://www.shibuya-west.com/bousai/bosai090310.pdf

昨夜その見学会を主催する駒場町会防災部の会議があった。町会防災部はどこの町会にでもあるのだが、消防団と混同して理解されていることもある。消防団は応募して任命を受け、火災などが発生した場合は消防署を通じて呼び出される。准公務員ともいわれ、定員や年齢制限もある。これに対し防災部は町会の中の組織で、町会に所属する人なら誰でも参加できる。その役割はとりあえずは防災についての啓蒙活動といえるだろう。防災勉強会と考えると気軽に参加できる。「防災部員募集」といわれると、部員は何をするのか、などと心配になるかもしれないが、町会とは何かということをつきつめると、地域の防災活動であり、それに参加するための組織が防災部だといえないだろうか。

町会は町内会と呼ばれ、戦時中の大政翼賛会の末端組織として機能した。その内部に隣組があった。そのため1947年5月3日の日本国憲法の施行により解散させられ、また結成の禁止がされたが、サンフランシスコ講和条約締結の半年後、1952年10月25日にその禁が解かれることになった。しかし、新しい町会の担い手が出征兵士を送り出した人たちと同じであり、戦時のいやな思い出につながるとして、また、戦後民主主義に逆行するものとの見方から、敬遠されたこともあった。消火訓練は戦時中の訓練を連想させるものだったかもしれない。
町会は日常生活に密着したものであり、あらゆる政治・宗教の立場や価値観を乗り越えなくてはならない。とはいえ、戦時中の慣行を切り離すことは、その時代を生きた人たちが中心である限り避けがたかっただろう。
しかし現在70歳の人が小学校に入った時には、戦争は終わっていた。現在も戦時体制の慣行を引き継いでいるとの見方があるかも知れないが、時代は変わり、改めて社会への住民参加が求められている。住民参加などめんどうなことのない社会がよい、という議論は多分成り立たないはずだ。
いずれにしても、現在はインターネットで情報共有ができるようになっている。それを気持ちの悪いことと考える人も少なくないようだ。情報を組織連絡網で上意下達的に伝達することを当然と考えてきた人にとっては異文化との接触となるからだ。
インターネットで情報の共有をしている人たちと、その世界に参加できない町会で活動している高齢の人たちとの意識の格差は存在する。インターネットで情報発信している区議会議員は少数派だし、行政はインターネットを利用できない人たちに配慮せざるを得ないのも現状だ。それでも社会はインターネットを活用した自治体での住民参加を必要とする。インターネットの利用は情報伝達コストを大幅に引き下げるし、住民参加による行政コストの見直しは不可欠なのだから。

その中でも科学的に予測されている震災への対応が緊急の課題だ。行政ではさまざまな想定のもとに対策を立てているのだが、住民一人一人が自分の身を守ることが大切。全国一律で放送するテレビで勉強するのではなく、地域の事情に合わせた対策が必要だ。町会防災部はそのためにあるといっても過言ではないだろう。

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駒場に牛丼店はできないか(3月21日)

駒場には牛丼店がない。牛丼店は人通りの多いところでないとできないようだ。デニーズやスカイラークといったファミリーレストランが店舗数を減らしている中、牛丼チェーンは拡大の傾向はとまらない。食事を楽しむというより、短時間で必要な食事をすませるというニーズに対しては、牛丼店が一番適しているようでもある。
まず牛丼店が牛丼を食べる店だという理解は正しくない。近所で一番店数の多い松屋のメニューはこんな感じ。
http://www.matsuyafoods.co.jp/menu/lineup.html
味噌てりチキン定食(580円)、豚テキ定食(680円)、牛めし(380円)、豚めし(350円)、カレーライス(350円)、牛焼肉定食(630円)、デミたまハンバーグ定食(580円)、豚焼肉定食(550円)など。朝定食は焼魚定食(490円)、ソーセージエッグ定食(390円)、納豆定食(350円)。
すき屋だと、牛丼(350円)、豚丼(300円)、カレー(380円)、五目あんかけ丼(430円)、まぐろたたき丼(480円)、とりそぼろ丼(380円)、麻婆茄子丼(380円)、豚とろ角煮丼(450円)など。
朝定食も、とん汁朝食セット(340円)など組み合わせでさまざまなメニューがある。
http://www.zensho.com/menu/
吉野家は、牛丼(380円)、豚丼(330円)、鰻丼(530円)、親子丼(480円)、プレーンカレー(290円)、牛焼肉定食(580円)、豚生姜焼定食(500円)、牛すき鍋定食(530円)など。
朝定食は、焼魚定食(400円)、納豆定食(370円)などだ。
http://www.yoshinoya.com/shop/menu/index.html
牛丼店というより、普段の和食の店といった方がよいのか。牛丼店をよく利用するか、全然知らないかということは、階層差というよりも世代差のようでもあるが、メニューは牛丼以外は保守的だ。
こんな店が東大前商店街にでもできたら人出が増えるだろうか。ビール(400円)に冷奴(100円)で一杯という人もいるだろうから、居酒屋にも影響があるかもしれない。
でも、出店場所については慎重に検討しているようだし、他の出店地を見ると駒場は対象外と見るのだが。

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串焼きの千羽(3月20日)

その昔、蕎麦屋、寿司屋(刺身)、おでん屋、焼鳥屋は互いの領域を侵すようなものは出さなかった。しかし今ではそれぞれのメニューをすべて揃える居酒屋が多い。居酒屋では串にさして輸入した冷凍ものを、解凍して焼き、焼鳥として出すのが普通なのだろうが、焼鳥は店主が肉を串に刺す小さな専門店にこだわりたいもの。
千羽は年配のご夫婦が営む本格的な焼鳥屋さん。神泉仲通りでずっと営業していたのだが3、4年前に神泉駅のトンネルの上に引っ越してきた。踏み切り横から階段を上がり、2メートルほどの道にそったラブホテルの向かいにある狭い入り口の奥にある店だ。下には井の頭線のトンネルがある。神泉駅のすぐそばなのにまさに隠れ家。以前に店のあった場所はまだそのままになっていて、その入り口に引越し先が張り出されている。それを見て電話してくる古いお客もいるほど固定客を相手にしている店だ。20代の人たちには周囲の刺激が強すぎて、店の前の道を通ることも難しいかも知れない。看板を見ても予備知識なしに入る客はいないだろう。
その看板には串焼きとある。焼鳥といった方が馴染みやすいのだが、鳥肉ではなく豚肉を使うものもあるのでその方が正確だからか。焼鳥屋の多くは豚肉を使っているという。
焼鳥屋とはいえ、客の要求に応えるには焼鳥だけのメニューというわけにはいかない。カレー煮込み、味噌焼きといったユニークなものもある。それでも焼鳥屋いや、串焼き屋としての自負は強い。中でも自慢なのが千羽焼。つくねの一種で野菜を練りこんだこの店にしかないもののようだ。
ミシュランの星に価値を見出す人も多い一方、できるだけ手頃な価格の店で集まろうという傾向も出てきている。先日は神泉仲通りの喫茶店を夜の時間借り切って、企業の懇親会らしきことをしている光景を見た。同じ日の夜、百軒店の店でも大企業の支店一行らしき人たちがちょっとフォーマルな感じのする会をやっていた。ひところのように気取った会場を使わなくてもいい、そんな会場はもう飽きた。古い感じの店の方がかえって新鮮だ。安ければそれだけで魅力がある。といったことか。時代の空気もそうさせるのかもしれない。
でも千羽は味でも立派に勝負している。一人で焼鳥が食べたくなったらこのちょっと怪しげな場所の焼鳥屋さんをのぞいてみるのもよいだろう。若い客が騒ぐ店ではない。オトナの店としての味わいがある。実は目立たないけれど百軒店・円山町はそんな店ばかり。
千羽は夜中の2時までやっていているので、歩いて帰れない人はそのまま向かいのホテルに泊まることもできる。雨が降っても傘はいらない。


以前の店の跡
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店の前の通り
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神泉駅踏み切り横の階段
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渋駒を歩こう!(3月19日)

東大駒場キャンパスのキャンパスマガジン『恒河沙』は1978年に創立された東大の学生サークル『時代錯誤社』により、隔月程の頻度で刊行されている。この近所で唯一の書店でもある東大駒場生協書籍部で331円という価格で購入できるのだが、当然ながら学生向きの内容だ。それでも渋谷から駒場にかけての学生の視点でのタウンガイドとして貴重な資料でもある。そのタウンガイドとしての内容は毎年更新されるというより、視点がいつも違うのがおもしろいところ。最近のタウンガイドは昨年11月に刊行された147号での特集「渋駒を歩こう!」。駒場から渋谷へということではあるが、渋谷WESTよりも渋谷の中心エリアにある学生向きの店情報が多い。逆に言えば、渋谷WESTは学生向きではないということにもなる。
その特集で取り上げられているのは、1.アートに触れる、2.書店・古書店、3.オタクスポット、4.麻生邸訪問、5.ラーメン屋、6.渋谷で暮らす。
ラーメン屋は16軒紹介されていて、最もおすすめなのは栄通りのBunkamura手前にある風来居としている。センター街の天下一品ラーメンも最高得点だ。キャンパスから近い砦や山手、神泉駅前の轍の名前は紹介されていない。近すぎるからなのか。
渋谷で暮らすというのは、一週間1万5千円の予算でかつ身奇麗にして講義に出席することを条件として宿泊するというものだ。1日目と2日目はネットカフェ。8時間1080円、12時間2500円の店を紹介している。3日目は個室ビデオ。4泊目は百軒店横のラブホテル6800円と最高の価格。5泊目はカラオケ店で11時を過ぎると泊まれるらしい。6泊目は野宿、7泊目はマクドナルドの店内で100円で一夜を過ごしたそうだ。
もうすぐ入学する東大の新入生が読み物として『恒河沙』楽しむことだろう。渋駒もよいが、渋谷WESTもよろしく。

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旅河童の獅子舞(3月18日)

2年間の世界一周公演から帰ってきたばかりという旅回り芸人のおいかどいちろうさんが、ひゃっけんだな祭りで9日間の公演をしている。河童が獅子舞をやるというもの。通常は千代田稲荷神社の境内が会場なのだそうだが、今日の昼間の公演は商店街のメインストリートにあるインフォメーションセンター前で。聴衆の数は交通のじゃまにならないほどだ。ホームページで紹介されている先週のタイでの公演が大観衆だったのと較べると何ともさびしい。渋谷の真ん中の商店街なのだから、さぞや観衆も多いだろうと期待していたのではないか。渋谷と百軒店は違うのだということは旅芸人では分からないだろう。
http://www5a.biglobe.ne.jp/~o-ichiro/hyousi-sub.html
三味線の演奏は武田唱玄さんで、ひゃっけんだな祭り運営グループの一員でもある。http://ameblo.jp/syogen/

こんな人出のない祭りがあるものなのか、というある意味では奇跡的なことが行われている。この十数年の百軒店は人通りが少ないのがあたりまえかもしれないのだが。だから、それを変えていこうという努力がこのひゃっけんだな祭り。テアトル渋谷、テアトルハイツ、テアトルSSという3つの映画館があってにぎわっていたのは40年以上も昔の話になる。今回展示会場の一つとなったパブスナック『グリーン』のレトロなインテリアは当時の雰囲気を残しているかのようだ。
百軒店はラブホテルの街、という先入観の壁はそれ以外の目的でそこに新たに入ることを阻んでいる。その壁がこれを機会に少しずつ崩れていくことを期待しよう。

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百軒のミセ(3月17日)

ひゃっけんだな祭りにはインフォメーションセンターがある。ただし祭り全体の案内所なのではなく『百軒のミセ』という劇作家の岸井大輔氏による企画の案内所だ。といっても想像できるようなものではなくて、工事中のスペースといった感じ。そこにアパートの一室のような空間もできている。火鉢があって炭火でお湯を沸かしてお茶を飲ませてもらえる。このスペース自体が作品なのだろう。22日の最終日まで変化し続けるのだそうだ。
パフォーマンスは夜の飲食店でも行われる。案内はインターネットを使って行っているようで、祭りだというのに人出があるわけではないのが風変わりだ。
http://100mise.seesaa.net/
猫用ののぞき穴というものも百軒店の4箇所に設置してあり、それを探すことがパフォーマンスなのか。穴の数はこれからも増やすそうだ。子供なら間違いなく喜ぶだろう。でも子供づれで来るような場所ではない。
http://zokky.jp/news.html
40年もの昔に新宿の花園神社境内で行われたことが、今渋谷の千代田稲荷神社で蘇ったとすれば素晴らしいことだろう。花園神社から数多くの有名アーティストが世に出たように、千代田稲荷神社がそんな場になれば、とも思うのだが、これからの世の中、40年前とは成功の意味が違っていると考えるべきなのかも知れない。
周囲には大きな看板の無料案内所がたくさんあるのだが、ひゃっけんだな祭りの案内所ではないことを念のため書いておこう。


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今日もひゃっけんだな祭り(3月16日)

ひゃっけんだな祭りは展示とパフォーマンスにより構成されている。
写真展は小料理sin榧(かや)とパブ七面鳥で。sin榧の会場では「泉麻人の東京今昔アルバム渋谷編」のDVDを見ることもできる。百軒店に3つの映画館は1953年にはあり68年にその一つだったテアトルハイツがなくなっている。いずれも戦後にできたものだから、映画館が3館あってにぎわった期間は20年足らずだったのだろう。1970年代、80年代の百軒店は飲食街として賑わったが、その時代の写真は道玄坂付近も含め、展示されることが少ない。雑誌などに数多くの写真があるにしても、史料として使われてはいない。渋谷の歴史は1970年で止まっているとはいえないだろか。
百軒店は不思議な街だ。人通りが極端に少ない。その周辺は道玄坂、文化村通り、道玄坂小路、ランブリングストリートで、にぎやかなのだが、その中心が空洞になっているかのようなのだ。そんなスペースを活用してひゃっけんだな祭りのさまざまなイベントが行われる。その一つ、『まちあるきおどり』を見た。舞踊家の木村陽一さんによるもので、30分500円での公演だ。百軒店を30分かけて静かに踊りながら一周する。その間に出会う人たちもエキストラのようなものかも知れない。どんな人に出会うのかも楽しみとなるのだろう。
http://blog.goo.ne.jp/kimuro_yoichi/d/20090313
この祭りを楽しむには、まずインフォメーションセンターに立ち寄るのがよい。

ちょっと怪しげな展示会場入り口
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これが『まちあるきおどり』
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ひゃっけんだな祭りが始まった(3月15日)

渋谷百軒店の第4回ひゃっけんだな祭りが始まっている。初日の昨日は渋谷区長の挨拶もあったそうだ。
今日は千代田稲荷神社境内で、渋谷江戸木遣り保存会による「聲楓會」の木遣り、平安楽舎による平安朝雅楽、「舞スタジオ」による山伏神楽といったユニークな公演が行われた。
千代田稲荷神社の場所は案外知られていない。道玄坂の中ほどで百軒店商店街のアーチをくぐり、そこからまっすぐ歩いて突き当たるところの右側。渋谷の繁華街のすぐ裏なのに、ラブホテルが壁のように周囲を囲んでいる上、数ある飲食店の中で昼間営業している店は、神社の手前にある名曲喫茶ライオンだけという環境だから知る人が少ないのも無理はない。「渋谷百軒店かくれまちプロジェクト」という学生グループが企画しているように、世界から離れた「かくれまち」の祭りなのだ。だからということか、狭い境内ではあったが、ゆっくりと公演を楽しむことができた。雨上がりの晴天に恵まれ、早春の空気を感じながらの2時間半にわたって渋谷で聞く日本の伝統芸能というのはクールではないか。同じ渋谷でも代々木公園とは一味違う場所だ。
ひゃっけんだな祭りは22日まで。商店街の各所でさまざまな劇団によるパフォーマンスも予定されている。明日から詳細に報告していくことにしよう。
http://www.hyakkendana.jp/event_f04_5.html


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松見坂交差点(3月14日)

繰り返しになるが、松見坂交差点付近の山手通りについて。
渋目陸橋から大坂橋をくぐるまでの下り坂を運転するのが恐いという人がいる。陸橋から降りてくる車と側道からの車が高速で交差点を渡ると狭くなって合流するのだから、歩行者としても見ているだけでもはらはらする。歩道は狭く、そこを自転車が下るとスピードもでるので危険だ。交通事故がよくあるとは11日にも書いた。
中央環状新宿線の工事が始まる前の山手通りは記憶にない。工事が始まったのは平成14年のようだ。いつのまにか道路の真ん中に構築物ができた。平成16年ごろには19年度に工事が終わるものとみんな思っていた。それが21年度に新宿線は完成しても、今度は品川線との接続工事ということで工事の状態は25年度まで続くという。当初の説明から我慢の期間が6年延びたことになる。10年以上の期間、道路が異常な状態にあるわけだ。
Bunkamuraから山手通りまでの栄通りも用地買収の遅れで、中途半端な状態がもう10年も続いている。道路工事とは日本中そんなものといった常識のようなものができているようだが、異常なものは異常だとする感覚も必要なのだろう。
マスメディアの取り上げない身近な課題を見つめながら、それをグローバルメディアが報道する世界の動きとの関連で見ることができれば、などと訳の分からないことを考えるのだ。


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八百屋さんの芋けんぴ(3月13日)

お菓子の情報は雑誌やテレビなどの格好のネタだ。さまざまなお菓子のブランドを知っていることは女性の常識の一つのようでもある。食欲なのか知識欲なのか良く分からない。時間をかけて手にいれるお菓子は入手するプロセスを楽しんでいるともいえるし、値段が高ければそれだけで高級品を消費しているという満足感があるのだろう。
そうしたこだわりを否定するわけではない。お菓子は食べるだけのものではなく、見て楽しみ、包装を楽しみ、売り場の雰囲気すら楽しみとするものだ。一つ200円の言問い団子や長命寺の桜餅を買うために、行列につくことを喜びとする人もあるだろう。
しかし、そんなたぐいのお菓子とは全く違うのが「八百屋さんの芋けんぴ」。東大前商店街のはずれ、枝光会駒場幼稚園横の坂道を下ったところにある盛岡屋で見つけた。小さな八百屋なのだが、パンやお菓子、調味料なんかも売っている店だ。何十年も前にどこかの田舎にあったような食料品店で、それがかえって新鮮なのではと思ったりもする。店の主人にお金を払って物を買うということが今ではめずらしいことなのではないか。
で、その「八百屋さんの芋けんぴ」なのだが、細く切ってあって食べやすい。袋には生産者代表の写真を載せてあり、保存できるようチャック付になっている。各種芋けんぴの比較をしているデータもあるが、細いものは八百屋さんの芋けんぴだけだった。
http://www.geocities.jp/karintofan/imokenpi.htm
義理チョコのお返しに「八百屋さんの芋けんぴ」というのも笑いが取れてよさそう。昔の女性は芋が好きだったから、イモねえちゃんという言葉もあった。スイーツからイモへ。最近の世相にもぴったりだ。

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すき屋の移転と蕎麦屋(3月12日)

3月18日に道玄坂上にすき屋がオープンする。246沿いの以前は床屋があったスペースだ。このあたりにない24時間営業の店になる。栄通りにあった店は2月に閉店しているので、渋谷WESTのエリアには牛丼店が相変わらず1軒ということで数の増減はない。


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栄通りの旧店舗
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牛丼店といえば吉野家というイメージは過去の話。関東では松屋が約300店あって、約200店の吉野家を大きく引き離し、全国の店舗数ではすき屋が1102店舗で1085店舗の吉野家を抜いた。http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/pickup/20081031/1020544/?P=2
2007年度の売上高(牛丼関連)は、吉野家1010億円、すき家737億円、松屋617億円、なか卯222億円。すき家となか卯は同じゼンショーグループだから、合算すると売り上げでも吉野家に迫ることになる。
一方で蕎麦屋は手作りのぜいたくな食べ物になっていく傾向にある。かつての大衆向け外食店としての蕎麦屋の役割を牛丼店が肩代わりしているともいえるのだ。
また新規に開店する蕎麦屋は、焼き海苔、焼き味噌、板わさ、だし巻き玉子で熱燗をやり、最後に蕎麦を食べるというタイプの店が多い。伝統的な蕎麦屋のスタイルなのだろうが、若い人たちにも人気があるようだ。親子丼、カツ丼といった昭和風の蕎麦屋の人気メニューは高齢者向きということにもなりかねない。
山手通りに近い目黒川沿いにできた「蕎麦土山人」は、もり、かけ、共に890円、海老天せいろ1890円という典型的な新しいタイプの蕎麦屋。うどんも丼物もない。9月に近所に完成する超高層ビルに入居予定のSBIホールディングスの社員と、そこへの来訪者を見込み客として想定しているのかと考えると、駅から遠い立地にも納得できる。
http://www.geocities.jp/tokyodosanjin/
牛丼屋が人通りの多いところにしかできないのに対し、蕎麦屋はそうでもない。安いものが売れるようになっている時代の傾向の中、牛丼店の客数は増えそうだが、客単価は減るともいえる。すき家の売上げ、客数、客単価の対前年比は日本の消費経済指標の一つとして使われているかも知れない。
http://www.zensho.co.jp/jp/ir/results/monthly.html

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首都高・大橋地区本線接続工事説明会(3月11日)

2週間前に、松見坂から大坂橋にかけての山手通りの工事が平成21年度で終わらないことをこのブログに書いた。
http://shibuya-west.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-a82b.html
その内容について昨夜、住民説明会があったので聞きにいってきた。現在の中央環状新宿線の工事は平成21年度に終わるが、新たに中央環状品川線の工事が始まるということについて住民に説明するというもの。
首都高側の説明は中央環状線の意義と新規の工事概要についてのこと。でも問題はこれまでの工事による騒音、振動、交通事故、道路構造基準からかけ離れた状況が長期にわたり継続していて、それが更に5年続くということにある。それは新宿線の問題であり、今日は品川線、といったわけではないのだが、立場上はそうなるのだろう。

工事の沿道には高層マンションが並んでいるから関係する住民の数は多い。工事による騒音・振動は眠れないほどなのだそうだ。松見坂交差点も工事による道路構造から交通事故を誘発しているとのこと。歩行者にとっても危険な状態がこれからも続くということに対する不満は多い。警備員の配置をお願いして、一時期いたのがいなくなってしまったなどという声もあった。
住民の最大の関心事は、本当に平成25年度に終わるのですね、ということ。説明会の議事録の要求もあった。どうも信頼されていないらしい。

新宿線も品川線も住民からしたら関係がない。中央環状線の意義など何年も前から聞かされていることだろう。完成後の地上のイメージ図がいつ実現するかについて、誤解をまねくような説明を過去にしてこなかったか、ということが住民にとっては不満なのではないか。平成18年度に完成の予定が平成21年度になり、それが今度は25年度になるというものだから。

ただ、今回のスケジュールについては、これまでとは違う点がある。大橋ジャンクションの工事とか、品川線の工事着手の決定時期といった不確定要因がないはずだから。だから、これまで遅れてきた理由について誠意をもって説明すると共に、平成25年度には植栽のある歩道ができるというというスケジュールは信用してほしいといえないものなのだろうか。

マスメディアが報道の対象としないこうした地域の問題について、インターネットで情報共有ができるようになっていることを理解している人がまだ少ないようなのは残念なことでもある。

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東大駒場キャンパスの街(3月10日)

今日は東大の合格発表の日。この街に全国から新たにやってくる3千人の若者の顔ぶれが決まる。その多くが1990年の生まれだから、バブル崩壊の後、金融機関の数が減り名前が変わってしまったことの他、携帯電話のデザインよりも大きな変化を何に感じているのか興味がもたれる世代だ。生まれてからの最大の事件といえば幼稚園時代の阪神の震災と地下鉄サリン事件だろう。知っている総理大臣の名は橋本、小渕、森、小泉、安部、福田、麻生といった具合。昨年秋からの世界経済の突然の暗転が心に強く刻まれているかも知れない。
彼らの生まれ育った時代のファッションも音楽もテレビ番組も街並みも、90年代以前と較べると大して変わっていない。そこにどんな微妙な変化を感じているのか。生活文化や周りの景観は、それまでの100年と較べるとはるかに安定していたのだ。小学校に入った時にはインターネットがあり、携帯電話は中学生の時から使っていた。インターネットを使わずに生活することなど考えられないだろう。少子高齢化社会に向かうといわれる中、不安だらけの将来に彼らはどんな夢をもっているのだろうか。
そんな3千人の若者を受け入れる東大駒場キャンパスの街の一つともいえる渋谷百軒店商店街では、今週14日から22日まで、東大などの学生ボランティアが企画制作をしている「ひゃっけんだな祭り」が開催される。新入生歓迎の場として渋谷百軒店はふさわしいのか、との意識が特に近隣住民にあることは否定できないが、だからこそおもしろいといえないだろうか。伝統ある名曲喫茶ライオンは今も健在だし「かくれまち」として魅力ある場所なのだ。
http://www.hyakkendana.jp/event.html
東大駒場キャンパスの街は東大前商店街だけではない。渋谷の西側の広いエリアには、キャンパス内だけでは得られない数多くの教材が見つかるはずだ。新入生の皆さんには授業が始まる前にウェブサイトで周辺の環境の勉強をしておくことをお勧めする。
http://www.shibuya-west.com/

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増えない議員のブログ(3月9日)

議員がブログで意見の発表するようになってから5年以上になる。政治家が考えを伝えるのにブログを使えば金は一切かからない。政見ビデオをYouTubeで配信することもできる。だからそういう手段を使う議員が増えるはずと思っていたが、文章での表現が苦手な議員の方が多いのか、一向に増えない。映像で配信している例として石原知事の定例記者会見がある。これは大したものだと思うものの、これをするほど自信のある政治家は残念ながら少ないようだ。
http://www.metro.tokyo.jp/GOVERNOR/KAIKEN/index.htm

目黒区議会の録画で議員の質問の録画を見ることはできる。ただ質問時間を消化するためではないか、と疑うような余分な言葉の多い質問も少なくない。これを見るだけの時間的余裕のある人は限られそうなので、答弁と再質問だけを聞くのもよい。
http://www.gijiroku.jp/dvl-meguro/2.html
政治に金がいるというのは常識のようだが、その理由はポスターや会合への顔出しを含む広報宣伝費として必要ということか。議員の評価はブログの内容で、ということになれば金はかからないはずだが、それを読む人も限られていることが残念だ。地元議員のブログへのリンク集からリンクされる議員が増えることを願っている。
http://www.shibuya-west.com/2_giin.html

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駒場で事件(3月8日)

3月7日(土)、午後1時10分ころ、目黒区駒場1丁目の路上で、公然わいせつ事件が発生しました。(犯人(男)の特徴については、30歳代、180cm 位、中肉、短髪金色、青色っぽい作業衣、青色っぽい作業ズボン、外国人風) 【問い合わせ先】目黒警察署 03-3710-0110(内線2652)

という連絡が目黒警察からのメールで入っている。「公然わいせつ」というのは具体的にどういうことなのだろうか気になる。具体的に書けば、そのこと自体がわいせつだということによる配慮なのだろう。ただ“わいせつ”の何たるかについては、正面から論じた裁判官は未だにいないのだそうだ。
目黒区全体では、同様の事件は月に1度くらいの頻度で発生していて、子供を相手にしていることから、教育委員会からも警告を発している。幼稚園や保育園にも連絡があるのかもしれないが、そういうことを目撃したら、警察に通報するということか。
検索をすると、「田中参議院議員の元秘書公然わいせつで逮捕」「テレ朝記者公然わいせつで現行犯逮捕」といった事件があり、昨年11月には、近所の道頓堀劇場での公然わいせつで経営者などが逮捕されている。道頓堀劇場の場合、誰に迷惑をかけているのか、という疑問もあるかも知れないが、被害者はイメージを損なう周辺の店舗と考えると理解できる。
いずれにしても、こうした事件が少なくないことは多くの人が知っておいた方がよいのだろう。

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ローソンストア100(3月7日)

去年からローソンが100円ショップの展開をはじめた。ナチュラルローソンで少しこった品揃えをしてみたり、ローソンでも道玄坂2丁目店では喫茶コーナーを併設するといった具合に、コンビニの中でもローソンは新しい取り組みに熱心だ。看板以外は外観も店内もどこのチェーン店も目だった違いはないのだが、品揃えなどチェーンごとに個性があるのだろう。菓子類などで、こだわりのある人もありそうだ。
ローソンの100円ショップ「ローソンストア100」となると、他のコンビニにはない野菜と果物も扱っている。100円均一を基本として、デイリー食品、加工食品、冷凍食品、お菓子・飲料、日用雑貨、お弁当・お惣菜というのが品揃え。世の中の消費が落ち込み、低額商品にシフトしている。大量販売で安くするというアメリカ型のディスカウント店に対して、少量での定額販売というのが人口密度の高い日本市場での価格対応としても適しているようだ。
このあたりに店舗の多いAMPMを傘下においたローソンが、「ローソンストア100」に衣替えするのはどの店だろうか。

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街頭消火器(3月6日)

街頭消火器というものが、概ね60メートルおきにあるのだが、その存在は案外知られていない。しかし、気をつけて見るとあちこちにあることがわかる。これらの消火器は消防署員や消防団員が使うものではないということを、まず誰もが知らなくてはならない。設置はしてあるが使えない、ということではまずい。消防車が来る前に普通の人が消し止めることが必要だからだ。
火を出さないことが大事であることはいうまでもないが、火災の原因の第一は放火なのだから、火がついてからのことも心配しなくてはならない。
昨年末に駒場で小火があり、3本の街頭消火器を使って消防署員が着く前に近所の人たちだけで何とか消し止めた。負傷者が出たものの間一髪のことで被害の拡大を防ぐことができたのは、消火器の使い方をよく知っている人がたまたま近くにいたからなのだ。
街頭消火器が役にたたない方がよいとはいえ、この身近な事例からは、一瞬の時間とちょっとした知識が運命を左右することになるのだと考えさせられる。
気に留めることもないかもしれない街頭消火器の存在にあらためて注目したい。


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伝説のホテル(3月5日)

品川でブロガーを対象とする「伝説のホテル」のプレゼンがあったので出かけてきた。「伝説のホテル」といっても2年後に完成予定のホテル。伝説はこれから作るというものだ。見た目では、世界中で展開されているリンク先のようなホテルを日本にもということになりそうなのだが、業務分掌のないスタッフによるサービスと、チャリティ資金を作る仕組みになっているところに「伝説のホテル」の特色がある。大きなものでは、利益の一部をチャリティに回すというものから、小さなものでは「100個の壷」に1円単位で投じるという仕組みまで、考えられている。
http://www.amanresorts.com/
http://www.sixsenses.com/Find-a-Resort-and-spa.php
チャリティの考え方は行政による福祉と思想的に対立することもありそうで、余裕資金には課税して政府が財団法人等を通じて公正に配分すべきもの、という考え方が日本では主流といえる。たとえば広い土地を相続してそれを近隣の環境保全に活用するということは許されない。だから、赤い羽根も歳末助け合いも「伝説のホテル」が計画している自分の気持ちにあった「100個の壷」に入れるような仕組みにはなっていない。
また、企業が利益を出すことはよくないことなのか、という疑問すら解決されていないのが日本社会だ。
そんなことをチャリティの仕組みということから派生して考えさせられた。

「伝説のホテル」がどんなものなのかは、この映像で理解するのが手っ取り早い。
http://legendhotels.jp/greensheet/L_door.html

景気対策は新事業の創出しかないとの指摘も経済学者からされている。チャリティの思想をもった事業家が登場していることは素晴らしいことだし、地域社会での応用も考えたい。

ちなみに最初の「伝説のホテル」は千葉県の九十九里浜の南端に建設される。成田空港と羽田空港からほとんど同じ距離という立地だ。新しい日本的サービスのあるリゾートホテルということで、世界の人たちから注目されるようになることを期待したい。

創業者の著書も紹介しておこう。






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神泉の歴史を探る(3月4日)

「この谷の全域がかつては火葬場で、人を葬ることを仕事とする人々が、多数住みついていた。神泉の谷は死の領域に接した、古代からの聖地だったので、このあたりには聖と呼ばれた、半僧半俗の宗教者が住みついていた。彼らは泉の水をわかして「弘法湯」という癒しのお湯を、疲れた人々に提供していた。」

2005年に刊行された中沢新一著「アースダイバー」に書かれている神泉についての記述の一部である。以前これを読んだとき、その根拠となる文献が分かればと思っていた。たまたま先日、渋谷の古書店で1991年刊行の古田隆彦他著「超感度都市渋谷」を見つけたので購入したところ参考になる記述が見つかった。

その本にはこんなことが書かれている。

「江戸時代の初期、神泉谷、現在の神泉町は、俗に隠亡谷と呼ばれていた。地獄橋という橋もあったというが、この辺りには川はないので、多分用水にかけた小橋だったのだろう。寛永年間、この辺りに稲荷を開こうとした村人たちが土を掘ってみると、夥しい数の人骨が出てきた。実をいうと、この土地はその昔、火葬場だったのだ。彼らは人骨の供養のため、坂上の三辻に地蔵をたてた。」

この地蔵は現存する道玄坂地蔵ということになろうが、そういう記述は見当たらない。

寛永年間というと1624年から43年まで。仮に火葬場だったとしても、「その昔」とあるから、寛永年間よりはるか昔のことと読める。徳川家康が江戸に入る前の時代ということだ。道玄坂と滝坂道と呼ばれた現在の神泉仲通が当時からあったことは確かなのだが、明治になっても昼なお暗いといわれ、道幅は3メートル程度、歩くところは1メートルもない山道のようなものだったとか。そのはるか250年以上も前、どこからそんなところにわざわざ遺体を持ち込んだのだろうか。1年に何人位の死者が近隣で出たのだろうか。当時は日本でも火葬が主流ではなかったろうから、住む人が少ない武蔵野では土葬が普通だったのではないか。駒場キャンパス内に現在でも墓地があるように、家の傍に埋葬するのがこの近辺の習慣であったと考えるのが自然だ。それにしても夥しい数の人骨が出てきたから火葬場だというのはおかしい。火葬場は埋葬場ではないし火葬しなくてもミイラにしなければ骨になる。

そこで推測なのだが、神泉の谷が隠亡谷と呼ばれた時代があったのは事実なのかも知れない。Wikipediaによると、隠亡は江戸時代までは「寺院や神社において、周辺部の清掃や、墓地の管理、とくに持ち込まれる死体の処理などに従事する下男とされていた」とある。平安時代からあった金王八幡や氷川神社などで働く隠亡と呼ばれた人たちがこの谷に住んでいたといえないこともない。それが明治期になって、隠亡が火葬場で荼毘をする人を指すようになり、そこから神泉が火葬場だったという誤解が生まれたこともあり得るのかもしれない。

「アースダイバー」は読まれている本のようなので、疑問を呈しておく。


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渋谷駅中心地区まちづくりガイドライン(3月3日)

渋谷駅の再開発の方針は渋谷区が平成19年9月に発表した『渋谷駅中心地区まちづくりガイドライン2007』にあり、具体的な計画図は昨年7月に発表されている。

ガイドラインによれば、渋谷駅周辺についての課題は以下のとおりだ。
・乗り場までのアクセス、乗換えがわかりづらく不自由な駅施設
・駅周辺の道路や手狭な駅前広場は非常に混雑
・広域幹線道路が駅中心地区を通過し、交通混雑が激しい
・多数の駐車場出入り口により、歩行者の回遊性や街並みが分断
・路上での荷捌きが常態化、荷捌きスペースの不足

こうした課題を一挙に解決するために、駅前広場を大きく再編成するという案ができたようだ。確かにバリアフリーという見地からすると、渋谷駅は最悪の部類なのだが、地下鉄銀座線については、他のほとんどの駅でもバリアフリー化は難しそうだし、渋谷駅だけで解決できる問題ではない。交通混雑は駅前広場ですべて処理できるものでもないだろう。「多層的な歩行者ネットワーク」を作ることにより「子供からお年寄りまでの多世代が、めぐり歩いて楽しいまちの実現」をするということではあるのだが、高い目標を掲げた構造物の提案は、バブル期の失敗事例を参考にしてみるのもよい。
スクラップ・アンド・ビルドによる街づくりは景気対策にはなるかも知れないし、長期にわたる大規模工事を伴う街づくり計画は建設業者にとって魅力的だ。さまざまな雇用機会が生まれるのかもしれない。しかしその資金はいずれ回収されなくてはならないわけで、その負担についての了解も必要となる。
一方で、大きな工事をしている街に魅力はあるのだろうかということも考えたい。工事が完成するまで待てる人がどれだけいるのか。歴史的景観を捨て去って新しい魅力を作り出せるものなのか。
「今後、社会情勢・開発状況等の変化にあわせ、「まちづくりガイドライン」の内容については広く関係者の叡智を集め、適宜見直しを図っていく予定である」と明記されている。現在社会情勢が大きく変化していることは衆目の一致するところ。「まちづくりガイドライン」にある「“生活文化“の創造・発信拠点の形成」に向けて何ができるのかは、個々の活動主体があってのことだ。ガイドラインを実行するのが誰なのか、ガイドラインに沿って事業をしようとする人が求める環境は何なのか、改めて問われることになるだろう。

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渋谷駅再開発の見通し(3月2日)

<東京中央郵便局高層化 有識者は全員「全面保存」>
こういう見出しで3月2日のサンケイ新聞ニュースは以下の報道している。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090302-00000076-san-pol
JR東京駅前の東京中央郵便局の高層化をめぐり、鳩山邦夫総務相が文化財保護の観点から「重要文化財級の価値を失うのは国家的損失」として、計画中止も視野に塩谷立文科相と協議している問題で、日本郵政が将来計画の検討を委託した「歴史検討委員会」(有識者7人、日本郵政役員2人で構成)の報告書の全容が分かった。日本郵政は高層化計画を「報告書の範囲内で策定した」としているが、その内容は、有識者のうち議事進行役の委員長を除く6人全員が、補足意見を付けるなどして全面保存を求めるものだった。
意匠などの識者が「広かった東京駅前の空の広がりをどう受け継ぐか神経を注ぐべきだ」「近代の建物で世界遺産への登録が検討されるとき、まっさきに候補になる」としたり、「古い建物がない町は記憶がない人間と同じ」という言葉を引用した識者もいた。

中央郵便局は東京駅前の顔ともいえる。しかしそれ以上に東急東横店は渋谷の顔だ。建物の中でJRと地下鉄銀座線の二つの鉄道路線が立体交差するという、多分世界にも例のない構造だろう。
その光景は、1954年に日本一の高層ビルとして誕生して以来、既に半世紀、ハチ公の銅像以上に渋谷のシンボルといえる。NHKテレビでも毎日放映され、日本で一番知られている東京の眺めでもある。
しかし、東横線ホームの地下化に伴い、現在の地上ホーム跡の有効活用ということで、JR東日本と東急電鉄、そして国土交通省が中心になって東急東横店の建物を壊して広場にしてしまうという案がある。当然異論も出ていることも推測できる。
この2つの駅を中に持つ建物がなくなることは、渋谷のアイデンティティを失うことにもなりかねない。空間イメージを変えないで欲しいという立場は、土地を有効活用することにより企業の収益源とすることを最優先課題とする立場とは大きく食い違う。渋谷駅の空間がどうなるかで、周囲の不動産価値も左右されるから関係者の関心も高いはずだ。一方、地権者でない立場の意見は通りにくいということもあるだろう。
経済情勢が大きく揺らいでいる中、東横線ホームが地下に移る2012年以降に工事が始まる渋谷駅再開発計画の今後の展開は予断を許さない。


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花押の作品展(3月1日)

2月に揚洲周延の浮世絵を飾っていた大坂上のハニーズカフェでは、3月2日から4月4日まで、花押による作品を展示する。花押というのは署名を図案化したもので、平安時代から始まり、鎌倉時代から戦国時代まで文書の認証のために盛んに使われたが、江戸時代になると印鑑の使用が増えて、明治時代には正式に印鑑が花押に代わるものとなった。
その一方で、明治以降も政府閣議における閣僚の署名は花押で行うことが慣行となり、現在でも大臣を目指す政治家は自分の花押をもつことが必須なっている。
そのように、花押は選ばれた人のためのものであり、地位の象徴ともいえる側面があるのだが、だからといって一般の人に手の届かない世界のものというわけではない。歴史ある花押文化の継承と発展を目指す鶴川流の花押は鳩居堂を通じて販売するなどで、花押を身近なものにしている。
今回は花押二人展と題して、鶴川流花押の宗主望月鶴川さんと顧問の畑神左さんの作品を大坂上で展示する運びとなった。パンフレットも置いてあるので、花押に関心のある方はハニーズカフェまで。
http://www.kakusenryu.jp/ivent/hanyscofen.htm


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