日本!起死回生 (19-5-14)

今から30年後の2049年、日本の人口は9900万人になっている、という時代にあって、65歳の女性主人公が過去を回想しながら、日本の少子化に歯止めをかけるべく将来に向けての行動をしているという内容の小説である。

 「中絶見直し党」が2020年に結党され、党首は1975年生まれの女性。彼女には多くの講演録のある中で、2022年のものが最も有名だとする。

 そこには人口減少を食い止める具体案として提示したものがあるので紹介する。

 1.人工授精等、出産のために懸命に努力している女性に出産支援金を差し上げるべく、新しく作る基金に寄付していただく。

 2.日本民族の絶滅危機を一時も忘れず、意識を高めていくための「『まま滅』ひと声かけ運動」をする。『まま滅』とは、「このままでは、絶滅してしまうけど・・・」という枕詞の短縮形。「まま滅だけど賛成」「まま滅だから反対」というふうに使う。

 3.セクハラ考えすぎだよキャンペーン

 4.幸せ大家族表彰運動と社会学的哲学的分析の強化

 主人公が50歳になったときというから2034年ごろか、「おこし玉運動」をはじめた。乳児をかかえた母親にあったときに、その場で5千円とか1万円を寄付するというものである。

 その他、AIなどの技術を踏まえたいくつものアイディア盛り込まれている。詳細は本書を手に取っていただきたい。

(このブログからアマゾンの広告に飛べなくなったようなので、得票数11位から20位までの目黒区議会議員一覧の下のアイコンをご利用ください)

http://www.shibuya-west.tokyo/1_giin_2.html  

 

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議員の広報戦略 (19-5-12)

区議会議員によるインターネットでの広報活動を見るようになって17年になる。現在でもそうしたものに接する機会のない有権者は少なくないようだ。それでもさすがに、若い世代はインターネットの利用が常識になってきた。

今回の選挙での電話での投票依頼もつながりにくかったとか。高齢者の特殊詐欺対策で、留守電にすることが推奨されていることもあるだろう。

いずれにしても、議員の広報戦略は変更を迫られている。地上戦から空中戦へ、とでもいえるだろうか。

 そこで今回の目黒区議選での当選者で上位の10名の方々のホームページを並べてみた。

http://www.shibuya-west.tokyo/1_giin.html

 議員からすれば、ライバルの動きが手に取るように分かって気が気ではないかも知れない。しかし、選挙民であれば、判断の基準になることも少なくあるまい。

インターネット発信は票にならない、という時代は過去のこと。4年後の選挙ではガラケーがなくなり、WEBの影響力が一層強まる。

地域密着といっても直接話すことのできる相手は限られる。ネット経由での地域配信により、少しでも多くの有権者にファンになってもらうことが不可欠になるだろう。

 有権者の立場からすると、議員は一定数入れ替わった方がよいということから、新人議員に投票し、実績のある現職議員が落選するということもある。

選挙区でない国会議員に関心をもつ以上に、地元区議会議員の動きをWEB上で比較しながら見ていくことは、よりよい生活につながるのではないだろうか。

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令和 駒場風土記 (19-5-1)

令和になった。新しい時代の到来を契機に、歴史というものを考えさせられる。まず身近な郷土史はどうなのだろう。『目黒区史』(1970年刊)、『目黒区50年史』(1985年刊)という立派なものがある。『郷土目黒』は1955年から2011年までほぼ毎年刊行されていた。その後の資料は断片的なものになってしまう。

 紙媒体では発行に経費がかかるだろうし、その時点で完成されたものではならないだろうから、なかなか難しいのだろう。目黒区としての事業であればそれなりの体制をつくらなくてはならない。一方、それがネット媒体であれば経費はかからないし、電子書籍としなければ、修正も容易なので気軽に発信できる。地域の組織体制を背景とする必要もなく、まったく個人の資格で可能なことなのである。

 いずれにしても、目黒区というくくりでは大きすぎる。人口が28万人の目黒区全域に関心は持ちにくい。駒場地区だと徒歩ないしはバスで行く最寄りの駅が渋谷駅だからなおさらなのである。

 一方で、現在この地域にどんな店があるのか、どんな活動があるのかを知りたい、というニーズに対して答える情報源がない。

 いずれにしても、この地域がどういう地域なのかを知っている方がよいだろう。地域の情報が得られる方がそうでないよりはよいはずだ。

 そこで駒場・大橋2丁目・青葉台4丁目という目黒区の北端部、国道246号の北側の人口13千人の地域の情報サイトを風土記として開設した。駒場としたのは、駒場を学校やキャンパスの名前としているからであり、令和をつけたのは、最新情報であることをアピールしたいからというもの。令和の初日からスタートし、完成することのないものである。

 この地域で生まれ育った人たちはそれぞれ多くの記憶をもっている。それらを合わせるだけでも素晴らしいものになるはず。そのためのささやかなきっかけになればと、浅学菲才を顧みず「令和駒場風土記」を公開することにしたということでお許し願いたい。

http://www.shibuya-west.tokyo/

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