大橋病院の移転(2018-6-18)

東邦大学医療センター大橋病院が6月20日から新病院棟での診療を開始する。旧病院棟での診療は6月15日に終了し、救急外来の対応も20日からの新病院棟でということになる。入院患者は16日に移動していて、面会は午後3時から、移動した新病室を訪ねることができる。

病床数は319床となり、これまでより70%程度減らされている反面、個室の数は希望が多いとのことで増えている。入院日数を減らしていることや、在宅医療の推進ということもあろうが、医師や看護師が足りないという事情があるのかもしれない。

少子高齢社会というのは、患者が増えて、医療職が減るということをも意味する。医療職が増えることを考えるのは現実的ではないだろうから、まず患者が増えないように医療関係者は努力しているようである。禁煙の推奨もそのひとつ。

病院が立派になってよかった、是非世話になりたい、といっても、救急車だと病院を選べないことは知っておきたいことである。

いずれにせよ、行かずに済むことが最善なのであろうが。

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駒場の重要文化財-4(2018-6-5)

文化財は観光の対象ともなるが、その文化的価値を伝えることができてこそ、文化財としての意味がある。一方で、観光の対象としての評価が乏しいと、文化的価値に目をつけてもらえない。重要文化財旧前田家本邸は、東京大学の2つのキャンパスに囲まれた閑静な住宅地の中にあり、駅からも離れているので気づかれにくいということもあるだろう。

そして、旧前田家本邸ということで、何かの意味を感じてもらえるのか。たとえば、吉良上野介屋敷跡というと、いかにも観光資源といえるのであろうが、旧前田家本邸が加賀百万石の殿様の子孫の邸宅、ということだけで訪れてみたいと思うものだろうか。

使用人の数が136人もあったという昭和初期の侯爵家の邸宅であること。それを構想した前田利為侯爵の人物像と、現在にその技を残した建築家や職人たちの作品を見ることに価値があるといえるのだろう。
特に、前田利為侯爵の昭和史における位置づけを知ることで、戦時における政府首脳の意思決定の過程が見えてくるようでもあり、そこに他にはない魅力を感ずる。

目黒区立の公園にある国の重要文化財は、これまで忌避していたかもしれない時代の空気に改めて触れ、そして深く考える場になってほしい。

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駒場の重要文化財-3(2018-5-29)

前田家16代当主前田利為が駒場に旧前田家本邸を完成させたのは、明治の版籍奉還から約70年後。当主の居住期間はそれからわずか12年で、1945年から1957年の12年間は、米軍の空軍司令官・最高司令官の官邸として利用されることになった。その間地元の子供たちは、お祭りの時にチョコレートをもらったりもしたそうである。

その後、接収解除されてから6年後の1963年に駒場公園建設が決定。1967年に洋館を東京都近代日本文学博物館として一般公開し、庭園も都立駒場公園として遊具、パーゴラ等を整備し公開した。この年、公園の北側にある日本近代文学館も東京都近代日本文学博物館と同時開館している。

それから8年後の1975年に公園敷地と和館が目黒区に移管され、1976年にソメイヨシノ等の植樹があるなど、1999年までに和館と公園部分の整備が行われた。現在のような桜の名所になったのはそう古いことではない。

1991年には洋館が東京都有形文化財として指定され、3年後の2002年に洋館にあった東京都近代日本文学博物館が閉館となり、旧前田侯爵邸洋館として公開されていた。その後2013年に国の重要文化財に指定され、2015年10月から新築当時の姿への洋館の復元工事に入った。現在は洋館の公開が中止されている状態で、今年の10月にリニューアル公開される予定となっている。名称は現在も公開中の和館と合わせ「旧前田家本邸」である。

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